四、
「ただいま~」
帰宅後一葉は、父母妹との家族団らんの夕食の後にお風呂に入ると、髪にドライヤーを当てるのもそこそこに──この時間がもったいなくて、去年、それまで伸ばしてきた髪をバッサリ切った…──二階の自分の部屋に上がった。
ベッドに腰を落とすと、手にした問題のデジカメと睨めっこをするように向かい合う。
それから深呼吸して電源を入れ、再生ボタンを押した。
液晶画面の中には賀茂川の堤下でポーズを取る女子中生五人組がいて、その背後に、やはり白いワンピの女の子が居た……。
一葉の胸が、とくん……、と、鳴った。
何か訴えるような目が、気になってしようがない。
──あなたは紀平せんぱいに憑りついてるの?
そう心の中で訊いて、少し考えてみる。
このコが紀平せんぱいに憑りついた幽霊なら、せんぱいは乃理子が言ったように呪われているのだろうか?
でも、撮影会のときも、体調が悪いふうには感じなかった。
本当は無理をしてくれてたのかな?
確かめてみたらどうだろう?
このコのことも、何か知ってるかもしれない……。
心の内の冷静な自分が言っている。
と……、ベッドの上でスマホが鳴った。
一葉がスマホを引き寄せると、乃理子からLINEが届いていた。
既読にしてから数通をやり取りして、最後に、心霊写真が気になるならお祓いする?と訊いてきた──乃理子の家は宮司さんだった…──のに『いらへん!』と返して『おやすみ。』で終えた。
帰り道の一葉の様子がおかしかったことを心配してくれたのだろう。乃理子らしかった。
一葉は、LINEを閉じた。
それからまた、紀平正道と幽霊の女の子のことに想いを巡らせる。
やっぱり、せんぱいに確かめてみる……?
彼はスマホを持っておらず、もちろんLINEのIDも持っていなかった。
携帯の番号は知っている。
何回か、写真部の活動で相談の電話を入れたこともあった。日曜の『撮影会』だって、携帯に掛けて参加をお願いしている。
でも、何の用事もないのに男の人に電話をする、っていうのは躊躇われるのだ。
その上、おかしなことを訊いたりしたら……。
結局一葉はヘタレてしまって、スマホをベッドの上に抛った。
それから、オートで落ちていたデジカメの電源を入れ直す。
液晶に写った〝女の子〟の顔の辺りを拡大してみる。 ──可憐、というのだろうか。見れば見るほど整ったその面差しに、羨望の思いをおぼえた。
冷静に努めて、ゆっくりと考えてみた…──。
このコは、はじめ、紀平せんぱいを撮った写真にだけ写っていた。
すると、せんぱいに関係のある──恨みのある? …──女の子ということなのかしら……。
え? すると、このコ、そんなにせんぱいのこと、思いつめている……?
憑りついちゃうほどに恨みを残してる、ってこと?
でもそれじゃ、なんでいまは、せんぱいの写っていない写真の中に居るの?
──あ‼
ひょっとして、あたしが撮った写真だから……ってこと?
このとき、一瞬であたしが思い描いた物語は、次のようなもの…──。
女の子は紀平正道の幼馴染みで、密かに恋心を抱いている。
正道は、そんな彼女の気持ちを知りつつも、持前のストイックな性格からプロの写真家になるという夢を優先して、彼女の想いには応えられないと拒絶する。
絶望した女の子は病気になり、やがて衰弱してこの世を去った。
そして今では正道の守護霊となって彼を護っていたのだけれど、そんな彼を『撮影会』と偽ってデートに誘い出そうという不埒な後輩の存在──これが一葉の〝役回り〟らしい…──を知る。
死んでしまっても恋した幼馴染の夢を護っている女の子の霊は、この不埒な女生徒を取殺してしまおうと、カメラ越しに憑りつきに来たのだ!
──…と、まあ、飛躍の甚だしい筋の話だけど……。
でもこのときのあたしには、それが事実のように感じてた。
そんな妄想から帰ってくると、あたしはデジカメの電源を落とし、ベッドの上で膝を抱えた。
部室で見た最後の画像が頭の中に浮かんでくる…──。
せんぱいの視線を追って、あたしを目を合わせることになった女の子。
……これってやっぱりあたし、〝憑かれて〟しまったのかな?
◆ ◆ ◇
翌日。
すっかり寝不足となって青い顔で登校してきた一葉は、午前中の授業を何とか乗り切ると、部活棟の写真部の部室へと乃理子を連れ込んだ。
一葉は部室内に誰も居ないことを確認すると、乃理子の前で昨日一人でしたように〝あの女の子の写った画像〟をPCとデジカメ本体の液晶とに映してみせた。
女の子はやはりPCには写らず、デジカメの液晶にだけ写っていた。
「これ……」
「ね?」
慎重な面差しになった乃理子に不安を掻き立てられたのか、一葉は昨日の空元気は何処へやら、泣きそうな表情になって乃理子を見返した。
「やっぱし? 憑かれてもうてるん? …うち…──」
だが乃理子は、そんな一葉を一顧だにせず、他の〝女の子の写り込んだ画像〟も再生したりしながら、どうでもいいような感想を正直に漏らした。
「きれいなコぉ……」
──…嗚呼、乃理子さま。
一葉は、目くじらを立てるように乃理子に声を上げる。
「乃理子ぉ!」
それで乃理子は、肩を竦めるようにして一葉の質問に応えた。
「──…う~ん、霊は霊なんちゃうかなー……。 写ったり写らへんかったりって、もう普通ちゃうわけやしね」
「ぇえ……。 ほな、うち……」
「んー、一応、おかんに相談してみるけど……」
一気に絶望の表情になった一葉に、乃理子は実家の神社への相談を請負ってくれたが、すぐ他人事全開といった表情になって、一葉の神経を逆なでるようなことを言う。
「…──このコ、悪いことするコには見えへんけどなー」
「乃理子ぉお……」
世にも情けない顔となった一葉。
乃理子は、ごめんごめんとジェスチャーを返しつつ、それでも半分くらいはおかしそうに笑みが零れそうになるのを堪えながら、宥めるような声音で言った。
「でも、だってほら、このコの顔…──、なんかこう一葉を見込んで頼みごとしてくるコの表情やなーって」
「え……?」
その言葉に、一葉は改めてデジカメの液晶画面を見返した。
そこには、賀茂川の堰を背景に燥ぐ女子中生の後で、何かもの言いたげにも見える女の子が写っている。
結局、乃理子から宮司のお母さんに相談してくれることになって一安心した一葉だったが、乃理子の言う、頼みごとしてくるコの表情を浮かべる女の子が、なんだか気になるようになっていた。




