三、
一葉が、それに初めて気付いたのは昼休みの部室でのことだった。
──…あれ?
日曜日の『撮影会』──参加者はいろいろ手を回して四人だけに絞った…──で撮った画像を確認していた一葉は、ふと、カメラ本体の液晶画面で見る画像と、PCに吸い出して見た同じファイルの画像を見比べて──そのとき何でそんなことをしたのか、今でもわからない…──、違っていることに気付いてしまった。
──うそ……。
一枚に気付いてしまうと、〝それ〟が全部に写っていることに気付くのに、それほど掛かりはしなかった。
──なに? なに?何?……何なの⁉
ちなみに〝全部に〟と言ったのは正しくはない…──。
正しくは、〝紀平正道を撮ったもの全部に〟……だった。
一葉が嵯峨野の風景の中に切り取った紀平せんぱいの画像の中には、見馴れぬ人影が写り込んでいたのだ。
せんぱいを撮った画像にだけ、全部……。
写り込んでいた人影は皆同じ顔をしていて、女の子だった。
綺麗なコだった。
一葉よりも年少…──中一くらいだろうか。ファッション雑誌の表紙を飾るには大人しい、けれど、線の細い純和風の美少女である。
白いワンピースを着ていて、肩まで掛かる艶やかな黒髪には〝天使の輪っか〟が浮かび上がっていた。
そんな〝幽霊映え〟のする美少女が、画像の中で紀平正道に纏わり付くようにしている。
ただそれは、デジカメ本体の液晶画面で見たときだけだ。
同じファイルをPCで見ると、そこには何も写ってはいない……。
何だか……いや、もうハッキリと気味が悪かった。
そこで止めてしまえばよかったのだろう。
……考えるのも、感じるのも。
けれど一葉は、それが出来ない性質だった。
画像の中の女の子の表情があんまりにも一生懸命で、その頑張っている感じに、一葉の心が反応したのかも知れない。
デジカメの先送りボタンを押して、正道の周りに写り込んだ女の子の表情を追っていた。
──…なんだろう、この…胸の奥から、苦しい感じ……。
そんなふうに思いながらデジカメの画像を進める。
液晶画面の中の画像は、ちょうどせんぱいと撮り合いのような形になって、カメラを向けていたあたしに、せんぱいもカメラを向け返す、というような流れが一連の〝組み写真〟のような感じになった所だった。
コマ送りの画像の中の女の子は、めずらしくカメラを下ろして笑ったせんぱいの向けた視線の方を向いて、その視線の先──カメラを向けているあたし──を見る。
視線が、逢った気がした……。
一葉はびくりと肩を震わせると、慌ててカメラの電源を落とした。
何かの気配を感じた気がした……。
◆ ◆ ◇
「……う~ん、心霊写真……? 呪いとか?」
放課後、学校から最寄りのバス停まで四、五人のクラスメートと群れになり賀茂川の堤下を歩く一葉は、そのクラスメートの言葉の不穏な響きに、隣のそのコの横顔を見上げた。
隣を歩く乃理子は、声を潜めさり気なく訊いてみたつもりの一葉の意向は完璧に脇に置いて、何の衒いもなく物騒な言葉を使って訊き返してきたのだった。
乃理子とはそういうコだった。
一葉は、微妙に強張った笑みで乃理子に笑って返したが、口を開く前に、前を歩く別のコから声を掛けられていた。
「──…なになに? 呪い? 一葉もついに心霊写真、撮ってもうたん?」
他人ごとゆえの無邪気な好奇心の浮かんだ瞳が、こちらに向いている。
「撮ってへん……撮ってへんて! ──…そやさかい仮定かて! もし撮ってもうたら、って話!」
一葉が声を上げると、周囲で一斉に黄色い笑いが起きた。そんなクラスメートの洗礼に、しばらく顰め面をしてみせていた一葉だったが、結局は、貰い笑いが込み上げてきてしまって、恰好を崩していた。いつもこんな感じだ。
「まー、気にしいひん方がええで、そーいうコトは。──…一葉には一番そんなん、似合わへんし」
「そーそー、一葉なら幽霊とだって仲良なれてまうで、きっと」
そんなふうに好き放題に言ってくれるクラスメートに、一葉はちょっとこそばゆくなる。
それはさすがに言い過ぎでしょ。
でも、そんな感じに皆から愛されるキャラなのは、15年間の人生で、もう自覚している。
すると、前を歩く蓮ちゃんが、また振り返って後ろ歩きになって言った。
「ね、一葉…──写真、撮ってや。みんなで記念撮影」
そう言って笑う蓮ちゃんは〝気分屋〟だ。
「えー、いま?」
「そ、いま」
「何でよ?」
「せーしゅんの一コマやで。いーやん?」
「──…はぃはい……」
押し切られた。
そんな訳で一葉は、カバンの中から取り出した小さな三脚──正道が使うような大型の重いものではなく…──にデジカメを載せると、レンズの前に一同を並ばせた。
背景は賀茂川の流れの中の堰で泡立つ水の輝きと対岸の木々で、北大路橋をアクセントに収めた。
「いくでー」
最後に列に加わった一葉が合図をして、リモコンでタイマーにセットしたシャッターを切る。
制服姿の皆が思い思いのポーズを取る中、2秒でセットされたシャッターが下りた。
そんなふうにして、結局、同じ構図で四回もシャッターを切っていた。
撮り終わって、その一枚目を液晶画面で確認したとき…──
「うわあ!」
一葉は、ひとり頭の天辺から声を出して後退っていた。
そこに……それぞれがポーズを取った皆の列の先に──白のワンピースを着たあの子が、小さく写っていた。
たちまち皆の視線が集まる。
「どないした? ……一葉?」
「え?」 その声で一葉は我に返ると、場を取り繕って言った。「──な、なんでもあらへん……何でもあらへんよ!」
怪訝なクラスメートには何とか愛想を振りまくように応えてみせながら、一葉は思っていた。
──…これって、本当に除霊とか、考えたほうがいいのかな?




