二十五、
一葉と正道と千歌の三人は、岩倉のあの児童公園で〝その時〟を迎えた──。
西の空の方が、ほんのりと気持ちだけ赤く染まっている。
〝だいもんじ〟の日暮れ刻……。
園内には人影はなく、ジャングルジムに登った一葉と正道は、低い雲ばかり多くてそれほど焼けなかった日没後の空を見ている。
千歌は行ってしまった…──。
目の表情が素敵な、あの愛らしい女の子の姿に戻って、
〝湿っぽいのはきらいなんです!〟とでも言うように、
元気いっぱいな振舞いのまま笑っていて、
そして音もなく天に昇って、行ってしまった。
山の上から下りてきてからの道すがらも、ずっと千歌は笑っていて、一葉の向けたカメラの先で、その液晶画面の中で、最後のとき──西の空から明るさが消えるその時──まで笑顔でいた。
だから一葉も笑顔で送ることができたと思う。
◆ ◆ ◇
日没後の時間帯もずいぶんと過ぎ去ってしまってから、一葉は、隣の正道の横顔を窺った。
正道は、その視線に気付いたのか気付かなかったのか、ただ黙って、日が落ちてしまった西の空を見ている。
一葉は、〝最後の録画〟を再生した。
すると液晶画面の中に千歌の姿が甦り、スピーカーからは千歌の声が転がり出る。
画面の中で千歌の残影は一しきり楽し気におしゃべりをして、そうしたら正道へのお小言を始めた。
──お兄ちゃん、一葉ちゃん歩かせすぎ!
清家さんと歩いてるんじゃないんだよっ
それから会話の振り、一葉ちゃんに任せすぎ!
もっと自分からリードしてよ!
デートだよ? 勉強会じゃないんだよ⁉
……etc.etc.…──
そんな〝笑顔〟が少し続いた。
正道は妹の声の、思いもしなかったその内容に、只々ばつを悪そうに片手で顔を覆っている。
隣で一葉も肩をすぼめ、くすりと笑ってしまった。
そして、最後の言葉…──。
「……お兄ちゃんも一葉ちゃんも、
今日の私を、ずっと憶えていてね……
それじゃ、ね…、バイバイ…──」
◆ ◆ ◇
録画の再生が終わって液晶が消えてから、しばらくして一葉はそっと言った。
「──…バイバイ……」
そうして夏の夜の湿った風を感じたとたん、涙が溢れてくる。
一葉は涙が頬を伝い込み上げてくるのを、押さえることができなくなってしまった。
「新澤……」
一葉は、遠慮がちの正道の声にそちらを向いた。
優しい笑みの正道と目が合った。
一葉は泣けてしまった顔の涙を拭わず、正道に訊いた。
「千歌は、天国に行ったんやろか?」
「うん……。そうだと、思う」
正道はそう言うと、そっと手を伸ばして一葉の手から電源の落ちたカメラを取り上げて、代わりにハンカチを握らせた。
ハンカチを受取った一葉は、泣き笑いの顔を大きくしゃくりあげて、笑顔を作って言った。
「今日は……、泣かへんって決めとったはずやったのに……、千歌の表情曇ってまうね」
正道は曖昧に頷いて返すと、もう一度、日の落ちた西の空の方に顔を向けた。
もう空に赤さは微塵もなく、夏の夜空に星が瞬いている…──。
「だいじょうぶ。笑って行ったよ」
そう言った正道の向いた西の空を、一葉も優しい表情で見上げた。
◆ ◆ ◇
──…この後、正道は一葉を岩倉の駅まで送っていって、それから自室で比叡山で撮った千歌の〝最後の伝言〟を見てその日を終えた。
翌日、一葉は正道に茶山の駅に呼び出されて、千歌の〝最後の伝言〟の入ったカメラを手渡されたのだった。
だから、それが一葉にとっての千歌の〝最後の言葉〟だ──。




