十九、
地下鉄の国際会館駅構内のコンビニの店先に置かれたベンチテーブル──。
改札で落ち合った一葉と乃理子は、そのテーブルの上にコンビニで買ったお菓子と飲み物を広げ向かい合っていた。
幸い、利用客の姿はなかった。
「それで?」
一通り聞き終えた乃理子が最後に確認をするように一葉を向く。
「…………」 一葉はぎゅっと肩をすぼめるようにして、上目遣いに乃理子を見返した。「それだけ……」
こういうときの乃理子は〝聞き上手〟だったから、一葉は千歌が現れてからこれまでのこと全てを、残さずに語ってしまっていた…──。
やはり〝あの女の子〟──千歌は幽霊だったこと。
一葉があのカメラで撮ったときだけ写り込むこと。
千歌は紀平先輩の〝血の繋がらない〟義妹で、三年前に交通事故で死んでしまったこと。
生れたのはあたしたちと同じ年で、同学年だったこと。
そんな千歌は、義兄の紀平先輩にどうしても伝えたいことがあること。
だから〝こちらの側〟の世界に、現在も残っていること。
そんな千歌に頼まれて、一葉はメッセージフォトを作ることで協力していること。
協力したことには、このことで先輩のことをもっと知れて、
心のどこかで、先輩にもっと心を開いてもらえるんじゃないかって、
そう、思っていたこと……。
…──そんなこと全てを隠すことなく語って、最後に、今日〝失敗した〟ことを話した。
乃理子は難しい表情をして聞き終えると、腕を組み白い喉笛が見えるほど上を仰いで言う。
「そぅかぁ…──紀平先輩、怒ってもうたか」
「…………」 〝やっぱり〟といった反応に、一葉がぽつりと訊いた。「無神経やったかな……」
ぶん、と首を縦に振って戻した乃理子は、長い髪──千歌のと違って重たい髪質だ…──を整えてから、再び腕を組んで言った。
「うーん……そら〝ようある話〟ってわけちゃうさかいねー。普通に考えて、いきなりそんなん見せられたら、そうとう悪趣味なイタズラや思われるかもなー」
「……乃理子は、信じてくれるのにね」
小さく口を尖らせた一葉を、苦笑気味の乃理子の顔が覗き込む。
──…なるほど……。
やっぱりこの仕打ちには納得できない、という一葉もいるわけね……。
乃理子は、そんな一葉の複雑な心の内を想いつつ言葉を続けた。
「そらうちは写真、見てるしね。家も家やさかい、わりとこんなん抵抗あらへんさかい」 悪戯っぽく笑ってみせた後、一葉が落ち込むようなことをしれっと言ってみる。「──紀平先輩、理詰めの人間っぽいしなー」
途端、一葉は完全に萎れてしまい、バタリとテーブルに突っ伏した。
乃理子はそのわかりやすい反応に、苦笑を浮かべて確認する。
「そやけど、諦めへんよなあ?」
「うん」 一葉は、突っ伏したまま応えた。「このままじゃ終われへん」
「…………」
──やっぱりそうか……。
乃理子は溜息を一つ吐くと、鼻で笑うような表情になって言った。
「──あんたさ、どうでもええけど、こんなんは〝自分のため〟にやるものやで?」
「…………」
テーブルの上で小さく身じろぐ一葉は、どこまでもわかりやすい。
それを見て乃理子は、敢えてキツめに言う。
「ハッキリ言うて、その千歌ってコのために、って言うのんは鼻につくで?
それに、紀平先輩、そうとうに意固地みたいやさかい、逆効果かも知れへんしな……。
そのコかて、そないなあんたを置いといて、自分のこと語ってもろうて喜ぶかいな?」
一葉の頭が、ぴく、と動いた。
自分でも〝いけず〟やな、と思いながら、そのまま乃理子は言い放った。
「──そのコのためにも、自分の気持ちで、紀平先輩にぶつかってった方がええんちゃう? …知らんけど」
その後、ちょっと間があってから、一葉ががばっと身を起こした。。
いきなりだったので思わず身構えた乃理子に、一葉は真っ直ぐ向いた。
一葉の真剣な目と、乃理子の目が合う。
「……うん。わかってる」 一葉は頷くと、自分で頬を軽く叩いて気合を入れてみせた。「乃理子、ありがとうな…──話、聞いてもらって、楽になった」
そう言った一葉の表情は、自分で言うほどには晴れ晴れとしてはいなかったが、それでもずっと、元の一葉を感じる顔になっていた。
乃理子は、あとは笑って返すことにすると、照れ隠しにを口元に持って行って言った。
「そか。パンケーキ分は仕事したなぁ」
「ん。食べて食べて、ありがとうな」
遠い所をわざわざ来てくれたお礼にと一葉が払いをもったスフレパンケーキのオムレットは、ふんわりとしたホイップクリームがなかなか美味だった。
そんな中学最後の夏休みの時間をふたりは満足して、一葉は乃理子に来てもらってよかったと思った。
◆ ◆ ◇
…──千歌は、一葉とその友人をすぐ傍で見ていた。
羨ましいな、と千歌は思った。
自分のために奔走してくれた一葉がこんなことになってしまっても、千歌は謝ることができない。
この友人のように、駆けつけてそばに居てあげることもできない。
私だって一葉に、自分のためにがんばって、と言ってあげたいと思う。
自分も生きていれば、この友人のように、一葉に接してあげれたろうか……。
そうありたかったな、と思う。
──…そんなふうに思う私は、
『案内人』の〝マチちゃん〟が言う通り、
天に昇って〝生まれ変わる〟べきなんだね……。
いま千歌は、そんなふうに思いつつ、唯々、一葉には申し訳ないと感じている。




