87話 現実と過去の幻想
「ムトは……、あの子は今どうしているのですか?」
「いや、どうしてる、って聞かれても……」
何とも言えないな。別に僕はムトについて詳しいわけでも親しいわけでもない。むしろこの前殺されかけたくらいだし……。
というか、この神……っていうか幽霊もどきさん、ムトのことをあの子って。もしかしたら親しい仲だったのかもしれない。家族……とか?
「もしかして、リチェルさんはムトの家族なの?」
「家族……、そうですね。繋がりはありませんでしたが、私は実の弟のように思っていました」
……弟、って、
「おとうと!? あのムトが!?」
「……意外ですか?」
……いやいや、意外も何もこんな悪意の微塵も感じられない清らかさを放つ、まるで聖女みたいな神が、あの悪質で残虐で人をゴミみたいに扱う魔王みたいなムトの姉? ……ありえないでしょ。真逆の存在だよ。
あまりにもひねくれ過ぎじゃない? 一体何がどうなったらあんな風になるのやら。
「あの子は昔から少し恥ずかしがり屋さんでしたから、周りの人たちとは上手くいってないかもしれませんね」
……あれを恥ずかしがり屋と称するか、この幽霊もどきさんは。ただの恥ずかしがり屋がどう転べば笑顔で殺しにかかってくるというのかな?
それに、いろんな所にダンジョンと言う名の魔物の蔓延る場所を創ったせいで毎年多くの人が亡くなっているみたいだし……。ますます考えられないよ。
「けど少し、少しだけ人見知りなだけなんです。いつもニコニコしていて、本当に可愛いらしい、根はいい子なんです」
……ダメだ。僕には全く理解ができないや。リチェルさんの放つ言葉のどれもがムトとは真逆だから、僕の想像するムトとは遠くかけ離れてる。
……ああ、もしかして僕の知ってるムトと彼女が言っているムトは違う神なのかも。いや、きっとそうだ。そうに違いない。
「そう! ちょうどあなたくらいの身長で黒い髪に黒い目。……あなたに本当によく似ていますね」
ーー僕の希望が打ち砕かれた。
少なくともこの世界に来てから僕やムトみたいな身体的特徴を持った人や神は見てない。
「……でも、そんな子ならどうして邪神なんて呼ばれてるの?」
そうだ、そうじゃないか。自分で言ったことだけど、よく気がついたと自分を褒めてあげたい。
もしリチェルさんの言っていることが正しいなら、邪神なんて呼ばれるはずがない。むしろ善神っていわれてもおかしくないはず。
「恥ずかしながら、あの子は少しいたずらが好きでして……。昔少々お痛をしたのでそう呼ばれるようになったのです」
……そんなに僕の希望を細かく砕かないでほしいな。
もしかしたら、……もしかしたら違う神なんじゃないかって思ったんだ。でも、あの塔のダンジョンで降ってきた、人を馬鹿にした文章が書かれた鉄球を見た僕としては、どうにもその考えは間違っていると認めざるを得ない。
「リチェルさん、今のムトって知ってーーないんだよね」
「はい。私はあの子が私の国を、世界を滅ぼそうとしてからのあの子は知りません」
「ッ!? 滅ぼそうとした? どうして」
「それは……、言えません。いえ、言いたくないのです。あれは私が悪かったのですから。あの子は悪くない。悪いのはその発端を作ってしまった私のせいです」
……察するに、世界を滅ぼすって言うのは、リチェルさんのそばに突き刺さっている黒い神剣のことかな?
でも、何がどうなってそうなったのかは全く分からないな。エルムスの歴史が書かれた本にはそういった事は書かれてなかったし……。
ゴルタルの図書館ならあるかな? まさかゴルタルに図書館は無い、なんて事はないと思うけど。
「……すみません。私の方から聞いておいて」
「別にいいよ。気になったことに違いないけど、無理に聞き出したいとまでは思ってないから」
「本当にすみません。……あなたはいい子ですね」
「突然どうしたの?」
「いいえ。なんでもありません」
いい子、か。天照さんも昔同じことを言ってたなぁ。
色々と周りに迷惑かけてるし、僕は誰よりも自由気ままに生きてる自信がある。自分がしたいと思った事はするし、したくないと思った事はやらない。自由といえば聞こえはいいかもしれないけど、言い換えれば我儘だ。
そんな我儘を突き通して今僕はここにいる。
できる限りは周りに迷惑をかけないように生きてはいるものの、生きていれば何かしら迷惑はかけてしまう。
それは仕方のない事だけど、自由を突き通すなら、なおさら避けては通れない道だと思う。
まぁ、誰にも迷惑をかけない人間はいないと思うけど。だって、仮に周りに迷惑をかけない人がいたとしても、自分自身に迷惑をかけているんだから。
でもそれは僕にとって耐えられないものだった。僕にの中にある何かが、それは耐えられない、って叫んでいたんだ。
後悔はしてない。あのままでは僕が僕でなくなってしまっていたはずだから。
でも、この我儘をーー自由を突き通すのであれば、全てを受け止めなくちゃいけない。
周囲の僕に対する感情も、行動も、言葉も、評価も、何もかも。
それが僕の生き方。それこそが僕の生きる道なんだ。
でも、そんな気構えで旅をしているからなのかな。……いい子なんて言われると、年甲斐もなく少し嬉しい。
「ユート、一つお願いがあるのです」
思わずにやけてしまいそうな顔を無理やり押さえつけていると、不意にそんな言葉が飛んできた。
リチェルさんは真剣な顔をしていて、でもどこか申し訳なさそうな、そんな様子が見て取れた。
「なに?」
「……ここに来たのはあなたが初めてではありません。しかし、今までにここに来た人は皆、私のことは見えていませんでした」
実体はないみたいだからね。僕の知り合いの幽霊達みたいに体が透けてるし、普通の人には見えないんだろう。
「皆この神剣を持って行こうとしていましたが、記憶を消して帰ってもらいました。こちらの剣は本当に危険なので」
「あー……、口外はしないから記憶を消すのはやめてほしいな」
記憶を消された後は覚えていないからなんとも思わないんだろうけど、あなたの記憶を消すと言われていい気持ちをする人はいないと思う。
だって記憶を消すって記憶を弄るってことだからね。リチェルさんは僕の記憶を妙な方向に改ざんするような神ではないことは分かるけど、出来ればやめてほしい。
「いいえ、そうではありません。あなたにはこの黒い神剣を壊してほしいのです」
「壊す? その神剣を?」
「はい。この黒い神剣の効果は【破滅】。今は私の力、その白い神剣の力で抑えてはいますが、効果範囲はこの世界全域まで及びます」
【破滅】か。……それはまた恐ろしい力だね。
確かにこの神剣がこのままの状態であるのは危険だと思う。
リチェルさんがいたから盗まれずに済んだものの、もしこの神剣が盗まれて白い神剣から離れれば、黒い神剣は本来の力を取り戻してその猛威を振うだろう。
それは僕も避けたい。
「話はわかったよ。でもどうやって壊すの? 僕の神力じゃそれを壊すとなると相当苦労しそうなんだけど」
「そこで提案なのですが、私と契約していただけませんか?」
「契約?」
「はい。正確には、私のこの神剣と、です。この神剣であればその神剣は壊せるでしょう。ですが、この神剣の本来の力を使うためには、私のこの神剣と契約しなければならないのです」
「契約の内容を聞いても?」
リチェルさんなら無いとは思うけど、契約はしっかりと聞いてからじゃ無いと危険だからね。
「契約内容はただ一つ。“あなたがこの神剣を使えるようになる”というだけのものです」
「えっ!? ……それだけ?」
「本来であれば色々と制約を付ける場合が多いのですが、あなたなら心配ないでしょう」
「……僕、今日リチェルさんに会ったばかりなんだけど」
「奇遇ですね。私もユートに会ったばかりです」
「お互いほとんど知らない仲だと思うんだけど」
「でも、あなたは私の言うことを信じてくれていますよね」
「…………」
あー……。
そんなこと言われたら断れないじゃん。
僕は別に契約することに問題はないんだ。むしろしたい。
簡単な話、その白い神剣で黒い神剣を壊したら白い神剣は僕にくれるっていうことでしょ? でも、あまりにもこれじゃ僕の方が有利すぎだ。
「本当に他にはないの?」
「そうですね……。では、少々難しいお願いかもしれませんが」
「聞くだけは聞くよ。無理そうなら無理っていうから」
「……あの子に、ムトに会いたいのです」
「会うって、ここに連れてくるってこと?」
「いいえ。私のこの自我は今この神剣に宿っています。ですから、あなたに運んでもらえれば会って会話できますよ」
「…………」
なるほど、確かに難しい話だね。
僕の方から会いに行くのはまず無理だ。だってどこにいるか分からないし。ダンジョンを拠点にしているにしても、どこのダンジョンにいるのかも分からない。今もあの塔にいるとは限らないし……。
「結論から言うと、会いに行くのは無理だね」
「……そうですか」
「でもーー」
「ッ!」
無理だと言った瞬間にあからさまに落ち込んだリチェルさんだったけど、僕が言葉を続けると跳ねるように頭を上げた。
「でも、向こうからなら会いに来ると思う。……僕としてはもう会いたくないんだけど」
「会いたくない、ですか。それはどうしてですか?」
……今までの会話から考えると、たぶんリチェルさんは今のムトを知らない。
昔はもっと優しかったのかもしれない。可愛げがあったのかもしれない。リチェルさんが言うところの“いい子”、だったのかもしれない。
でも今は違う。
何を考えているのか知らないけど、ムトは僕の友達を殺そうとした。もしかしたら、僕も殺す気なのかもしれない。
……リチェルさんには話さない方がいいと思った。きっとリチェルさんは物凄く悲しむだろうから。
でも、僕と行動するのなら必ずムトの噂は耳に入るだろう。……もちろん、あの塔での一件も。流石に隠し切るのは無理がある。
僕がリチェルさんと契約せずに立ち去るっていう方法も考えたけど、それだとリチェルさんは今後もずっとこの真っ白な空間で一人過ごすことになる。それは僕が嫌だ。
こんな“不自由”、僕は見逃せない。
知って現実と向き合い傷つくか、知らずに過去の幻想を見続けるか。
どちらが良いのか僕には分からない。でも、リチェルさんはムトのことが知りたいと言っていた。
もうリチェルさんの知ってるムトじゃないかもしれない。
でも僕は……、伝えた方がいいと思った。
「リチェルさん、今のムトはーー」




