86話 幽霊もどき
黒い人型の前で倒れ伏す二人を見つける少し前。
街から少し離れた砂漠の地中にある謎の空間で、僕がとある二振りの剣を見つけた時まで話は遡る。
「……剣?」
台座に対して垂直に突き刺さる二振りの剣。まるで物語に出てくる勇者でも待っているかのように、その剣達はそこにあった。
両方とも両刃で形はよく似ているけど、片や刀身が透き通るような純白で、片や刀身が黒曜石のように黒く澄んだ色をしている。僕が一目見て抱いた印象は、黒い方は呪われてそう、だった。……実際黒い剣の方からは嫌な気配が吐き気がするほどに出てるし。
でもそれで済んでいるのは、おそらく隣にある白い剣のおかげだと思う。あの白い剣が黒い剣の効果を打ち消しているから、僕が吐き気を感じる程度で済んでいるんじゃないかな。
……で、そんな二振りの剣がただの剣なはずもなく。というか、こんなに厳重な隠蔽がされていてただの剣なはずがない。
十中八九神剣だ。
まぁ、それを抜きにしても、この二振りの剣から神力を感じるんだから神剣には間違いない。
「間違いはないはずなんだけど……」
どうしてだろうね。僕は確かに噂で、この街には神剣があるって聞いた。
でも、それは一振りだけだ。世界に五本とない神剣のうちの一振りだ。だというのに、僕の目の前には二振り神剣がある。
これは明らかにおかしいよね。噂では一振りなのに、ここには二振り並んで突き刺さってる。
噂になるにしても、二振りじゃないとおかしいはずなんだよ。
ということは、つまり、
「……うん、分からないや」
分からないものを考えても仕方ない。とりあえずは保留かな。
それよりも、こっちの黒い神剣。随分と感じ覚えのある神力なんだよね。
出来ればもう会いたくない、いや、正直もう二度と関わり合いたくないどこぞの邪神と同じ神力を感じる。そもそもこんな吐き気のする気持ちの悪い神力の持ち神、そうそういないと思う。少なくともこんな神力を持ってる神は地球にはいなかった。
対してこっちの白い方は随分と心地のいい神力をしている。天照さんの神力を彷彿とさせる、本当に気持ちのいい神力だ。隣にある毒ガスみたいなのが無ければ、リンを呼んで一緒に昼寝でもしたいくらいなんだけど。
「……いや、早く戻らないとね」
リンの幻術が神にも有効だと言っても、やっぱり心配なものは心配だし。
敵が僕らのすぐそばにいる、って言われてのんびりできるほど、僕の心は強くできてない。しかもそれが僕を騙したムトの仲間であるリバーなんだから尚更だよ。リンに言われなきゃまた騙されてた。
本当ならリンやロンドさんのそばから離れたくはなかった。でも、街に近づくにつれてこの黒い神剣の放つ嫌な感覚が強くなっていったんだから、確かめざるを得なかったんだ。これを放置したら大変なことになりそうだったから。
それこそ、この街だけじゃない。この世界そのものが危ういような、そんな気がした。
でも、僕の勘違いだったみたいだ。いや、この黒い方の神剣は確かにこの世界を壊しかねないほどの力を秘めているから勘違いだとは言い切れないんだけど、今すぐどうこうなることはない。この白い方の神剣が黒い神剣を抑えているからね。
どういう経緯でこうなっているのかは知らないけど、ひとまずは安心してもよさそうだ。
「……よし、じゃあリンのところへーー」
そう思ってこの白い空間から出ようとした踵を返した瞬間、
「そこの少年、少しお待ちなさい」
突然女性の声が聞こえてきた。
思わず振り返ってみてみれば、そこには一人の女性がいた。……いや、正確に言えば、白い神剣の上くらいに浮かんでいた。ーー半透明の姿で。
「……少々、私の話を聞いてくれませんか?」
目の前の半透明になった女性に思わず思考を持ってかれるも、すぐさま防御を固めるために神力を纏おうとして、……やめた。
というのも、目の前の女性からは微塵も敵意が感じれないというのが一つ。そしてもう一つは、
「……もしかして幽霊?」
この世界に来てから全く見なくなってしまった幽霊だと思ったから。
でも、女性は僕の思ってもみなかった言葉を返してきた。
「……えっと、“ゆうれい”ってなんでしょう?」
「幽霊を知らないの? 人が死んだ時に残る残留思念……って言ったらいいのかな」
僕もどういう分類なのかはよく分かってない。ただ、その人が死んだ後も記憶がその場に残って形取ったもの、っていうのが一応僕の考えだ。合っているのかは置いといて。
それを伝えると、
「……なるほど。でしたら、私はそれに近しいものでしょう。ですが、幽霊とはまた別物です」
「幽霊じゃないの? 半分透けてるし、僕の知ってる幽霊とよく似ているけど」
「そもそも、この世界においてあなたがいうところの幽霊は存在しません。……いえ、存在できないと言ったほうがいいでしょうか」
「存在できない?」
「ええ。この世界が決めたルールの一つですね。死後、幽霊と呼ばれるものはそのルールに従って分解されます。ですから幽霊は存在しませんし、私は分解されていませんので幽霊ではありません」
「……なるほど。だからこの世界では幽霊を見なかったのか」
この世界に来てからはどういうわけか一人も見なかったけど……、そういうことだったんだ。やっぱり世界が違うと色々違うんだね。
「……もしかして、あなたは別の世界から?」
「うん。……ああ、まだ名乗ってなかったね。僕は唯斗。呼びにくかったらユートでいいよ」
「……ええ。私はリチェルティア。リチェルでいいですよ」
「よろしく、リチェルさん」
「ええ、よろしくお願いします」
少し困惑している様子だったリチェルさんだけど、すぐに笑顔で返してくれた。
「それで、ユート。あなたはどうしてここに?」
「ああ、ここに近づくにつれて嫌な気配がしたから見に来たんだ」
「嫌な気配、ですか」
「うん。そこにある黒い神剣が出してるその神力だよ」
僕がそう言って黒い神剣を指差すと、
「よく神剣だと分かりましたね。普通の人間には感じ取るのは難しいはずですが」
「僕も神力を持ってるからね。普通の人よりかは敏感だよ?」
「神力を……?」
何やら胡散臭そうに僕を見るリチェルさんだったけど、突然その細く閉じられた目が丸く開かれた。
「ッ! どうして……、あなたは神なのですか?」
「違うよ。僕は人間。どういうわけか神力を持って生まれてきたけどね」
「まさか……そんなことが……」
「普通は人間には神力は宿らないらしいね」
「……ええ。そのようなことはまずあり得ません。……しかしそうですか。神力を」
「まぁ、色々と便利だから助かってるんだけどね。魔素よりも効率がいいし」
「そうでしょう。魔素は人間のために、神力は神のために世界が創ったものです。それぞれ使う用途が違いますから」
用途が違う、ね。確か天照さんに聞いた話だと、世界の維持に神力を使うって聞いたけど……。結構神も個人的なことに力を使ってたような気がするけどなぁ。天照さんも部屋の片付けや、掃除をするときは神力を使ってたし。
何でもかんでも神力を使ってる僕が言える立場じゃないんだけどね。
にしてもリチェルさんって神力に詳しいなぁ。
……もしかして、
「リチェルさんって、もしかして神?」
「そう、ですね。……いえ、そうでした」
「そうでした? っていうことは」
「ええ。今は神ではありません。さっきも言ったように幽霊に似た何かと思っていただければ」
幽霊に似た何か、って。神じゃないし、幽霊でもないし、もしかしてあの白い神剣……、付喪神的な何かかな? なら妖怪?
……ああ、もう幽霊もどきでいいや。
「それで、リチェルさんは僕に何か用?」
「……ああ、そうでした。あなたはこの神剣の存在を知りましたが、……これからどうするつもりですか?」
睨みつけるように僕を見るリチェルさん。幽体のようなもんでそこには存在しないはずなのに、かなりの重圧を感じる。
その答えに対して僕はーー、
「何もしないけど?」
「……何も、しないですか?」
もともと決めていた答えを口にすると、リチェルさんの剣呑とした空気が砂上の楼閣のように崩れ去っていく。
あれ? 何か変なこと言った?
「あなたはこの神剣を目の前にして見て見ぬ振りをするというのですか?」
「うん。だって放っておいてもそっちの白い神剣が抑えてくれるでしょ? なら僕は何もしないよ。むしろそれがいい」
「神剣ですよ? 売れば一生遊んで暮らせますし、使えば一躍英雄になれるんですよ? この場所を誰かに教えるだけでもかなりのお金にーー」
「そういうのは興味ないかな」
「……そうですか」
お金なんて違う世界に行ったら使えないし、別に英雄になりたいわけじゃない。むしろどっちも目立って面倒そうだし。
「それに、そっちの黒い神剣。あの邪神ムトのでしょ? もうムトには関わりたくなーー」
「邪神ムトを」
「ッ!?」
……空気が、変わった。
さっきまでの僕を試すような重い空気じゃない。
「邪神ムトを……、知っているのですか?」
それを言葉で表すなら、ーー怒り。
でも、怒りだけじゃない。その中に、怒りと同じくらい悲しみが混じっている。
……そんな気がした。




