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85話 涙と怒り

 ……勝て、た?


 倒れ伏すリバーがピクリとも動かないのを確認して安心したせいか、体の力が抜ける。と、同時に浮かんでいる感覚がなくなって、ゆっくり感じる時間の中で、少しずつリンと地面が近づいていくのが見えた。


 ーーあ、落ちてるの。


 頭ではそれが分かってるけど、行動には移せない。まるで誰かに体を乗っ取られたかのように力が出なかった。


 このまま落ちたら骨折くらいするかもしれない、なんて他人事のように考えていると、


「おっと、……大丈夫ですか?」

「……ありがとう」


 リンが落ちているのに気がついた元メイドさんが助けてくれた。

 まさか飛ぶ力まで抜けるなんて……。少し精霊として恥ずかしい。


「ふふっ。お疲れ様でした。あなたのおかげで助かりました」


 そう言って元メイドさんはニコリと笑う。


「別にリンがいなくても、あなただけでも勝てたと思うの」

「いえ。リン様がいたから、こうして共に擦り傷程度で済んでいるのです。もしどちらかが欠けていれば、お互いに重傷を負っていてもおかしくはなかったでしょう」


 ……それは違うの。

 リン一人ならあいつには勝てなかった。

 元メイドさんの声がなければあの時死んでいたし、リバーの弱点も分からなかった。元メイドさんがいたから、リバーがそっちに気を取られていたのもある。

 だから、きっとリン一人ではリバーを倒せなかった。


 リンが未熟なのはリンがよく知ってる。リンがユートにしてあげられたことなんてほとんどない。

 でも、これでやっとユートの役に立てた。

 一人の力じゃないけど、やっとリンはーー、ッ!?


「……リン様? ッ!?」


 驚く元メイドさんに説明する暇なんてなかった。……ううん。もうすでに遅かったの。

 リンが、元メイドさんが気がついた時にはもう手遅れだった。


「………………く……くははッ」


 死んだはずのリバーが動いていて。しかも何かを口に含んだ後で。

 でもリンは見ちゃった。見えちゃったの。

 リバーが飲んだものには見覚えがあったからすぐに気がついた。


 あれは、


「ーーダンジョンコア」


 あのユートでさえ苦戦した、人型の化け物になる危険なもの。






「………………く……くははッ」


 ゆっくりと立ち上がるリバーを、リンはただ見ていることしかできなかった。その間にも、リバーは徐々に黒い人型の化け物へと変化していく。

 頭では分かってるの。アレを倒さないと危険だ、って。でもリンは動けなかった。

 気が抜けたからっていうのもある。でも、何よりも、ーーリンは目の前の化け物が恐ろしかった。


 徐々になんてものじゃない。倍々に膨れ上がっていくあの禍々しい力を見て、リンは勝てないって分かった。……ううん、分からされたの。

 それに、


「……ぁぁ、あああああああ!!」


 あの時の比じゃない。頭が割れそうなほどに、悪感情が聞こえてくる。


『殺したい、死ね、憎い、憎い憎い憎い憎いにくいにくいニクイニクイニクイニクイッ!!』


  そんな言葉を耳元でずっと叫ばれているような感覚。


「リン様ッ!? しっかりしてください!!」


 元メイドさんが何か言ってる……。でもリンには聞こえないの。


 怖い、怖い怖いこわいこわいッ!!


「…………あっ」


 今までにないような恐怖に支配され、悪感情に意識が飲み込まれそうになった瞬間、突然リンの体が何か温かいものに包まれた。と同時に、さっきまでの悪感情がほとんど聞こえなくなっていたの。


「……このちから」


 感じる。この温かい感覚。

 まるで陽だまりのようにポカポカと包み込むようなこの力は……、きっと天照さまの力。


「リン様! ご無事ですか?」

「……うん、大丈夫」


 助かった。天照さまに守って貰ってなかったら、きっと気を失ってたの。


「あまりご無理はなさらず」

「大丈夫。体も……、もう動くみたいなの」


 手足も何の問題もなく動かせる。試しに飛んでみれば、いつものようにすんなりと飛べたの。

 多分天照さまがかけてくれたこの力のおかげ。ユートの方を見て貰っていたけど、リンのことも心配していてくれたみたい。


「まだ動ける。……でも」


 そうこうしているうちに、リバーは完全に黒い人型の化け物に変わっていた。あの時みたいに体は大きくならず、最初から黒い人型になったみたい。


「これは……、あの時のですか」

「見たことあるの?」

「ええ。ユート様が戦っていらっしゃったところを少し」

「……全然気づかなかった」

「少々潜むのには慣れておりますので」


 ……少々どころじゃないと思う。やっぱりユートの言うようにジャパニーズニンジャじゃないの?


「しかし、アレは勝てそうにありませんね。しかも逃げるのも……、難しそうですね」

「アレを倒すには神の力がないと無理。向こうも使ってくるから」

「……そう、ですか」

「しかも神力を使わなくてもかなり身体能力が高いの。普通のパンチでも当たれば……、命は無いの」

「……勝算はいかほどで?」

「……ゼロパーセント、なの」

「……」


 リンは天照さまから神力を借りられない。というより、借りても()()()()()の。

 だって借りた神力は身体能力を上げることしかできない。……認めたくはないけど、リンの身体能力を底上げしてもせいぜいあの憎っくき扉を開けるのが精一杯なの。だったらリンのポルターガイストの方が強い。


「リバーにあのダンジョンコアを使わせる前に倒そうとは思っていたの。でも、まさか

 まだ動けるなんて……」

「申し訳ございません。油断しておりました」

「ううん、あなたはちっとも悪くない。だってリンも見たの。ちゃんとリバーが死ぬところを。……でも、あいつは死んでも動いていたの」

「まさか……、そんな」

「……死んだリバーを操った奴がいたの。それは、たぶん」

「ーー邪神ムト、ですか」


 元メイドさんの言葉に、リンはうなずいて返す。

 どういうわけかリバーは全然動く気配がない。一度死んだからなのか、それともムトが何かしているかは分からない。

 でも、何となく分かるの。


 ーー逃げようとしたら、殺される。


「……いつまでもこの状態では何も始まりませんか」

「ッ! 危険なの! 動いたらきっとーー」

「ええ。向かってくるでしょう。でもいずれは同じこと。こちらから打って出ます」

「……何か方法があるの?」

「いいえ。今まで通りですよ。私にできることしかできません」

「ならーー」

「大丈夫です。私の速さについて来られるものなど、……少ししかおりません」

「……そこはいないって言って欲しかった」

「事実ですから」


 ……仕方ないの。


「リンもやる。あなただけにいい格好させられないの」

「……危険ですよ?」

「そんなの知ってる。この状況でそれが分からないやつなんてただのバカなの」

「……ですね。失礼しました」


 対峙するだけでこの威圧……。よく元メイドさんは平然としていられるの。


「では、私が切り込みますので援護をお願いします」

「分かった」

「……では、行きますッ!ーー」


 元メイドさんの姿がリンの視界から消えて、そしてーー。






「ーーケホッ! ケホッ!」


 ……あ、あう。痛い。いたい?


 背中が、お腹が、足が、手が、頭が、……全身が痛いの。

 一体何がーー、


「ッ!!」


 ぼんやりとした視界の中、徐々に見えてきた光景にリンは思わず息を飲んだ。

 変わらず案山子のように立っているリバーの黒い人型。

 その足元には、


「……もとメイド、さん」


 血濡れの元メイドさんの姿があった。


 何が起きたのかさっぱり分からなかった。

 元メイドさんがアレに斬りかかって、リンは剣を飛ばして援護して、それが当たる直前から後の記憶が全くないの。

 神力なんて感じなかった。いつも天照さまやユートの近くで神力を感じてきたリンだから、神力にはそれなりに敏感なの。だから、あの人型は神力を一切使ってない。


 ……だとしたら何がーー、


「ッ!!」


 そう考えていたら、突然リバーの腕が鞭のようにしなりながら伸び始めた。

 それを見てすぐにリンは理解した。


 ーーああ、アレで弾き飛ばされたの。


 たぶん振り払われただけ。

 虫が嫌いな人が腕を振って追い払うように、リンたちは叩き飛ばされた。


「……ッう」

「メイド、さん」


 まだ生きてる。今すぐに治療すればきっと……、


 でもそんなリンの願いを踏みにじるかのように、リバーはゆっくりと元メイドさんのところに歩いていく。


「……ダ、メ。……やめ、て」


 リンがどれだけ願っても、リンがどれだけ祈っても、リバーは動きを止めない。それどころかリンが苦しんでいるのを喜んでいるかのように、少しずつ歩みが早くなっていく。


「……やめ、て。……助けてッ」


 そして元メイドさんの見おろすと、ゆっくりと足を振り上げて、そして、


「助けてッ! ユートー!!」


 ーーリバーは外に吹き飛んでいった。


「えっ?」

「……よくもリンを泣かせたな」


 その声は一番聞きたかった安心する声で、


「……キミが元々誰なのか、何が起きているのか知らないけど、これだけははっきりしてる」


 その人は世界で一番頼りになる、リンの自慢の人で、


「キミは僕の親友に怪我をさせた。そして泣かせた」


 リンが一番好きな、大好きな親友。


「僕は絶対にキミを許さないッ!!」


 ーーユートだった。

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