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83話 人ならざる者

「……ハッ。羽虫がその程度の力をつけたところで脅威ではない」

「何、強がり?」

「強がり? 何を馬鹿なことを。単なる事実だ」

「……そう」


 嘘を言っているわけではなさそう。感情を読み取っても焦った様子は無い。

 となると、ただの自信家? それとも……。


「シッ!」

「効かないの」


 リバーの刺突を剣で受け流して、代わりにあいつの死角にいくつもの剣や槍を飛ばす。

 ポルターガイストと言っても、ただ物を浮かせる程度の力じゃないの。速さはもちろんのこと、軌道も少しなら変えられる。

 だからまともに当たれば普通の人間なら無事では済まない。


「ハッ! その程度!!」


 死角を狙ったにも関わらず、あっさりとリバーに全ての武器が避けられる。

 ……むぅ。これだけあれば一本くらい当たってもおかしくなかったのに。


「ほら、どうした? もう終わりか? 羽虫」

「リンは羽虫じゃない! リンは精霊なの!!」

「だからそれが羽虫だとーーッ!」


 突然リバーの真横に現れた元メイドさんの一閃を、リバーはギリギリで避ける。


「随分とおしゃべりですね。寂しがりやなのですか?」

「ふんっ。貴様は随分と頭が悪いようだな」

「おやおや? 最初の喋り方はどうされたのですか? リン様に対してだけそのような態度をとるのだと思っておりましたが」

「……ムト様の配下たる者、主の品位を落とすような言動はしてはいけませんからねぇ。ですが、私を……。いや、俺を隠すのも、もう無意味だ。貴様らはここで死ぬ。他の連中もな」

「……その自信は一体どこからくるのでしょうか」


 同感。やっぱり言葉を聞いているだけならただの自信家な馬鹿にしか見えないの。


「えい」

「ッ! 不意打ちとは、随分と汚い真似をしてくれるな。羽虫」

「油断してるそっちが悪い」

「……殺す」


 リン知ってる。ユートの友達の妖怪が言ってたの。戦いにおいてヘイト管理は重要だって。

 最初は何を言ってるのか分からなかったけど、確か相手を怒らせたら良かったはず。


「ふんッ!」


 次から次へと武器を飛ばすけど、一つも当たらない。全部受け流されちゃう。

 隙をついた元メイドさんの一撃もあいつの謎の勘のようなもので当たらない。死角をついているのに……。


「弱い、弱いな!! この程度の力でムト様に歯向かおうとは……」


 ……むぅ。二対一なのに攻めきれない。

 できるなら力は温存しておきたかったけど、仕方ない。出し渋ってたら、それこそあいつを倒せない。

 死角がダメなら、


「……ほぅ」


 リバーを覆うドームのように武器を配置する。

 これならリバーの死角もつけるし、それに逃げ場もない。


「これならどうする?」

「……やってみろ、羽虫。羽虫との種族の差を教えてやる」


 そう言ってリバーは手に持った針の杖を腰に構えて目を閉じた。

 ……馬鹿にしすぎ。リンのさっきまでの力が、さっきまでの速さが限界だと思っていたら大間違いなの。

 追加で多い目に力を加えておく。一つでもまともに当たればリンの勝ち。仮に浅かったとしてもあれだけの数があれば致命傷になり得る。


「これで、終わり」


 そう言ってリンは右腕を振り下ろしてーー。







 リンはリバーが避けきれずに倒れ臥すのを疑ってなかった。それだけの力を込めたし、そもそも人間にあれを避けられるとは思ってなかったから。

 だけど、リバーめがけて武器を発射した瞬間。あのニヤリとした気味の悪い笑みを見たリンは、それがリンの願望であって現実じゃないって理解させられた。


「……もう終わりか?」


 一本一本に込める力も増やして速さもあった。

 なのに、まるでそれが見えているかのように、針の杖を巧みに使って全て避けられた。


「ど、どうしてーー」


 思わずそんな声を漏らして、そして固まった。

 だって、リンの視線の先ーーリバーの服の袖の切れた部分から、人間には無い鱗のようなものが顔を出していたから。


「チッ、掠っていたか。……まさか貴様らに俺の正体がバレるとはな」

「……あなた、竜人でしたか」

「ああ、そうだ。流石の貴様でもそこまでは知らなかったようだな」

「あなたの二つ名は有名でした。姿を変え様々な人に化けることのできる、まさに“変幻自在”な人物だと。半ば架空の人物とされていましたし、その名前が世間を騒がせたのも随分と昔の話ですから、今知っている人は限られているでしょうが」

「さすがは裏切り者。よく知っているな」

「……」


 裏切り者。

 そう呼ばれた元メイドさんは表情は変わらずとも、心の中では悲しみの感情が大きくなっていた。

 でも、そんな時間も数秒だけ。……一体どれだけの精神力があればそんなに簡単に感情を抑えられるの?


「リン様、そのお力はどれほど持続できますか」


 元メイドさんが本当に人間なのか疑っていると、疑われているとも知らない当人が口元を隠しながら小声でそう聞いてきた。


「……あと、三十分くらい。使い方によってはもう少し短くなるの」

「そうですか。……では短期決戦といきましょう。長引けばこちらが不利です。それに……、何やら嫌な予感がしますので」


 それはリンも感じてるの。考えてみれば、リバーは()()ムトの手下。だったら、何か得体の知れない力を隠している気がする。


「分かった。リンがあなたを幻術で隠して、この力であいつを引きつけるの。そしたら隙を見てあいつを倒して」

「……それではリン様の負担が大きくはありませんか?」

「大丈夫。同時にあなたの気配を作って注意を逸らすこともできるの」

「流石ですね。……分かりました。ではお願いしますーー」


 話を終えたところでリバーの殺気を感じ、咄嗟にその場から離れる。

 あの針みたいな杖を投げて飛ばしてきたみたい。見れば、リンがいた場所の後ろの壁にはそれが深々と突き刺さってた。


「内緒話は済んだか?」

「ええ。お待ち頂きありがとうございます。お陰であなたを排除する算段がつけられましたので」

「ほう? これだけの実力差を知ってまだ諦めないのか」

「諦めなんてしない。ユートのためなら、リンは諦めない」

「……馬鹿馬鹿しい。どうせ最後に裏切られるのは貴様だ」

「どういうこと?」

「そのままの意味だ。誰かのために、なんて言って尽くしたところで、あいつらは平然と裏切る」

「ユートはそんな人じゃない!!」

「分からないぞ? 生き物というものは脆い。肉体ではなく精神がな。貴様ならそれがよく分かっているだろう?」


 ……リバーの言葉を否定したい。でも、否定できなかった。

 だって、ユートが、リンの一番大切な親友がそうだから。


「他人が何を考えているのかは本人しか知らない。だから誰もが他人を恐れ、危険だと判断すればその危険を取り除こうとする。自分の命の危機には平気で他人を切り捨てたりもする」

「そんなこと、ユートはしないもん」

「なら信じればいい。それが無駄なことだと気がついたときには遅いだろうがな」

「……あなたはどうなの? ムトのこと信じてるんじゃないの?」

「俺はムト様のことを信じてるんじゃない」

「えっ?」

「俺はムト様に恩を返しているだけだ。この命をもってな。信じる信じないの次元ではない」


 恩を返してるって……、


「……なるほど」


 元メイドさんは何か知ってるみたい。

 聞いてみたいけど、リバーが下に落ちている両刃の剣を拾ったことでそんな余裕はなくなった。


「さて、ここらで終わりにするとしよう。これから忙しくなるからな。こんな所で時間を無駄にするわけにはいかん。……ムト様、お願いします」


 リバーがそう呟いた瞬間、リバーの体に天照様やユートとは違う、どこか禍々しいような神力が溢れた。


「さぁ、死ぬ覚悟はいいか?」


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