82話 リンの力
「邪神ムトだと!?」
「なっ、……精霊様、それは本当ですか?」
「本当だよ。あいつはあの邪神ムトの手下の一人。名前はーー」
「羽虫ごときに私の名前は呼ばれたくないですね。……いいでしょう。私はムト様を信仰する信徒の一人。名をリバーと申します。以後、お見知り置きを。と言ってもあなた方はここで死にますが」
そう言ってリバーはモーリスさんの姿から別の姿へと容姿を変えた。……あれがリバーの本当の姿、なのかな。
スーツのようにピシッとした黒い服装と、少し光沢のあるシルクハット。
まるでマジシャンみたいだけど、片手に持っているのはマジシャンが持つようなスティック……、じゃなくて縫い針を大きくしたような針だった。
地面に深く突き刺さっているのを見るに、かなり鋭い。
「そ、そんな。……では本物のモーリスはーー」
「殺しておきましたよ? ああ、安心してください。魔物の餌にしたので無駄にはなっておりませんので」
そうさらっと人を苛立たせるような言葉を吐くところは、この短期間では変わらなかったみたい。
リンは精霊だから人間よりも人の生死には敏感じゃない。というのも、毎日毎日人の感情を無意識のうちに読み取ってしまう精霊は、人間よりももっと強い精神がないと心が壊れてしまうから。だから、感情の制御にもかなり長けているの。
だけど、そんなリンでもリバーの言動には腹が立つ。
人をゴミのように扱うその態度も。理不尽に精霊を嫌っているのも。ユートを傷つけようとしているのも。何もかもが腹立たしい。
リンですらそう思うのだから、人間ならなおさら。
財布を盗まれても怒りの感情が微塵も感じられなかった、普段なら怒るところすら想像できないあのロンドさんが、今ではこの場にいる誰よりも怒りの感情を発していた。
感情は嵐の荒波のように荒れている。でも、能面のように顔に悪感情を出していない。
「……そうですか。あなたがあの邪神様の」
「ええ。しかしあなたは優秀ですね。できれば私供と共にムト様の元でその力を役立てて欲しいところなのですが、ムト様から今回の件に足を踏み入れた者は殺すように言われておりましてね。ええ、非常に残念です」
……今回の件? それってーー
「……なるほど。そういうことでしたか。まさかとは思っておりましたが、今回のこの戦争……、邪神様の仕業ですか」
戦争が、ムトの?
「ええ。やはりあなたはこんな状況下でも頭の回転が早い。私の部下にしておきたかったですね」
「いえいえ。私ごときでは到底務まりませんよ。どうして戦争を起こしたのかも分かりませんし」
「……そうですか。残念です。あなたのような人間ならそこまで予想がついていたと思ったのですが」
「それは申し訳ございません。では、矮小な私めにどうかご教授願いませんかな」
「残念ですが、それはできませんね。それは我が主の意に反すること。私の口からはーー」
「復讐、なのでしょう?」
「……ほう」
ロンドさんの斜め後ろに控えていたあの元メイドさんがそう言うと、リバーは感心したような声を上げた。
「全ては人間への復讐。裏切った人間への、……愛する親友を殺した、人間という種族への復讐なのでしょう」
「よくご存知で。やはり未だにその話が語り継がれていましたか」
「……ええ。確かにここ、メゾリアには昔話として語り継がれておりますね。何せ、この地がそのお話の舞台ですから」
昔話? ……ああ、よく分からない。一体何の話をしているの?
「なんとっ! それさえも……。あなたは?」
「……失礼。私、名前は持っておりませんので。ですので、ロンド様の部下の一人と覚えておいていただければ」
「名無し? そうですか。人間にしてはめずらーー……待て、名無し?」
「ええ、そうですよ。ムト様からはお聞きですか? “変幻自在”のリバー・ストレインさん」
「まさか、お前はーー」
「申し訳ありませんが、ムト様の復讐は止めさせていただきます。でないと、あの方が悲しんでしまいますので」
そう言って元メイドさんが両手にナイフを取り出し、ロンドさんの前に立つ。
「あのーー」
「申し訳ありません、ロンド様。少し私用ができましたので、少々お暇を頂きます」
「危険です。ここは一旦引きましょう」
「いえ。私にはやることが……、いえ。やらないといけないことがあるのです。どうかご容赦を」
「……あなたを雇う条件は過去を散策しない、でしたね。正直聞きたいことが山ほどあるのですが、あなたを失いたくはありませんからやめておきましょう」
「……」
「ですから、今はまだ私の部下です。……必ず戻ってきてください」
「……感謝します」
ロンドさんが数歩下がると同時に、他の部下たちが囲んで守りを固める。
「……わけ分かんねぇ。けどこれだけは言えらぁ。おい、ロンド。テメェ随分な厄介ごとを持ち込んでくれたもんだなぁ」
今の今まで黙って聞いていたレグナが不満そうにロンドさんを睨みつけていた。
いつの間に入ってきたのか、武器を持った人が数名部屋の中に入ってきてる。……リバーに集中してて全然気づかなかった。
「申し訳ありません。また後ほどお話ししましょう」
「ふざけんなよ! 店もこんなに壊しやがって!! テメェはいつもいつも厄しか持ち込まねぇな!! テメェら纏めて出てーー」
「五月蝿いですねぇ。……ちょっと死んでください」
リバーの針による鋭い突きがレグナを襲う。けど、いつの間にか移動した元メイドさんが両手のナイフで軽々と止めた。
……大丈夫。元メイドさんの方は全く見えないけど、リバーなら目で追える。それほど速いわけでもない。
「チッ。やはりお前は…。なぜ死んでーー」
「レグナ様。貸し一つです。これ以上貸しを増やさないためにどうか出てってください」
「出てけって、ここ俺の店なんだが……」
「次は守りませんよ?」
「……オメエら、行くぞ」
逃げるなんて情けない、何てことは思わない。
だってレグナの部下くらいの強さの人間が何人いたところでリバーには勝てない。多分それが分かっているからレグナもあっさり引いたんだと思う。
「逃すとでも?」
「ええ。それとも私相手に隙を作っても平気だとおっしゃいますか?」
そう言って元メイドさんはナイフをちらつかせ、にこりと笑った。
……なんか怖いよ。笑顔で綺麗なんだけど、なんか怖い。
「はっ、その程度のこと。ムト様に選ばれた私にできないわけないでしょう?」
「……そうですか。でしたらリン様申し訳ありませんがお手伝い頂いてもよろしいでしょうか。この男はここで確実にご退場していただきたいので」
「うん、もちろん。リンもユートの害になるこいつは潰したいから」
「クソクソクソッ!! どいつもこいつも……。もういい! 貴様らをここで始末してから全員殺してやる!!」
そんなことはさせない。
誰も殺させない。誰も死なせない。
ユートも。ユートの友達も。
それがユートを苦しめない、そして死なせないことに繋がるから。
こんなにも楽しいユートとの時間を終わらせないために、
「リンは負けない!!」
『いい? あなたに幻術以外の才能はないわ』
『……随分とはっきり仰いますね。そう断言されると私も傷つくのですが』
『だって、はっきり言わないとあなた筋トレばかりするじゃない。精霊なのに』
『……むぅ』
『そんなに可愛くむくれてもダメ。どこの誰に勝とうとしているのか知らないけれど、諦めなさい』
『ではどうしろと言うのですか。……あいつに勝つには幻術では勝てないのです』
『あなたの言っている“あいつ”が誰なのか気になるのだけど、……まぁいいわ。別に私は幻術以外の才能がないからそれ以外を使うなとは言ってないの。ただ、幻術がしっかりと出来るようになってから他のことに手をつけなさい、と言っているだけよ』
『どうしてですか? 別に同時に練習してもーー』
『ダメよ。あなた、それだと器用貧乏になっちゃうでしょう? まずは幻術が出来るようになってから。いいわね?』
『……分かりました。あいつとの決着はもう少し後にしましょう』
『……本当にあいつって誰なのかしら。ここにはあなたと私以外誰もいないのだけれど』
『気にしないでください。いずれ必ず勝ちますから』
『……そう、頑張ってね』
リンには幻術の才能しかなかった。でも、才能はなかったというだけで全く出来なかったわけじゃない。
だからリンは天照さまから幻術に関して合格を貰った後、幻術を練習しつつもう一つ必死になって覚えた力があるの。
それはーー
「死ねッ!!」
リバーの針のような杖による刺突がリンを襲う。
当たるまでもう一秒も残ってない。その時間が過ぎたらリンは体を貫かれて死んでしまう。
でも、
「…チッ。幻術か」
リンの幻術は誰にも破られない。天照様のお墨付きなの。
「はっ。惑わすことしかできない虫風情が。なら先にあいつをーー」
「ぷっ。馬鹿みたい」
「……なんだと?」
「リンが幻術しかできないなんて言った?」
「何を……なっ!?」
リバーの背後から、レグナの部下が落としていった剣が襲う。
もちろん後ろには誰もいない。
「何をした!!」
「さぁ? 何かなッ!」
床に散らばる剣や盾なんかを全て空中に浮かせて、リンの背後に待機させる。
するとリバーは親の敵でも見るかのような目でリンを睨みつけてきた。
「……ポルターガイスト」
「ふーん、知ってるの。他にも念力だとか念動力とかサイコキネシスなんて言ったりもするみたいだけど」
要は手や道具を使わずに物を動かす力。
リンは精霊だから筋力がほとんどない。いくら鍛えても効果はなかった。あの憎っくき扉も開けられないくらいだから相当だと思う。
だからリンは考えた。どうすればこんな体でも物を動かせるか、って。でもリンはあまり賢くないから思いつかなかった。
そんな時、ふとテレビでアニメを見た。それは超能力モノの内容で、主人公のヒロインがこの力を使ってた。
でも、それは創作物の中のもの。実際にそんな力があるかは分からなかった。それにそれを探すような時間も、リンには無かった。
それで似たような言葉を探していたら、ポルターガイストっていう言葉を見つけたの。
これなら知り合いの幽霊や妖怪がいたから、聞くだけならと思って聞いてみた。その結果が今のリン。
まだ完璧に使えるわけじゃないから弱点もある。でも、
「幻術だけしか使えないリンはもう居ないの」




