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79話 岐路

「ここが砂漠の街、メゾリアか……」


 メゾリアの街は小規模って聞いていたけどそれなりに大きな街みたいだ。少なくともホガ村の五倍くらいはある。これが村と街の差なのかな。

 建物自体の造りはほとんど同じだね。やっぱりこんな砂漠のど真ん中で木は採れないみたいで、見える限りの建物は全て土や石を使って作られている。ロンドさんからも聞いたけど、ここでの木はとても貴重で高価なのだとか。

 だからこの街に入るときは馬車に一番気を使ってはいるのだそう。馬車に使われているのはほとんど木材だからね。商人見習いがよく馬車自体を盗まれて痛い目を見るらしく、商人の間では“商人泣かせの街”として有名らしい。

 商人見習いっていう言葉を聞いたら、馬車を盗まれて泣いているベルを想像して思わず笑ってしまったのはここだけの話。


「……これでロンドさん達との旅も終わりだな」


 これであの美味しい食事が食べれなくなると思うと少し残念な気がする。……って、考える時点で僕はもうあの料理に毒されてるんだろうな。

 もしかしてこの感覚が依存っていうものなのかな? 煙草は自分には合わなかったし、お酒はアルコールが効かないから依存することもなかった。

 まさか美味しい料理に依存するとはね。人生何が起こるか分からないもんだ。これで禁断症状でも出ようものならロンドさんの体型に一直線だね。……うん、太った自分を想像したけどそれはちょっと嫌かな。動きにくいのは困る。


「お待たせしました」


 そんなことを考えていると、馬車を街に入れる手続きをしてくると言っていたロンドさんが戻ってきた。馬車は何処に……と思っていたら街の入り口で元メイドさんが守っているみたいだ。

 あの人が馬車を守っていたら安心だね。むしろ彼女から馬車を盗める人がいるなら見てみたいもんだ。その盗人はもれなく人外認定されるだろうけど。


「もう終わったの?」

「ええ。これからすぐにでも街に入ります。ユート様はどうされますか?」


 僕も一緒に、なんて言いたいところではあるけれど、


「僕はちょっと用事があるから。ごめんね? 先に入ってて」

「分かりました。数日はこの街に居るつもりですので、またいつでも声をおかけください」

「うん。本当に助かったよ。ありがとう」

「いえいえ、これくらいのこと。ではまた」


 ロンドさん達と別れ見送った後。リンの入っているフードをそっと揺らすと、中からリンが出て僕の頭の上に着地するのを感じた。


「リン」

「分かってるよ〜。でも、ユートは」

「僕は一人で大丈夫だよ。あの時みたいに神力がないわけじゃ無いし」

「むぅ」

「何かあったらすぐにそっちに転移するから。まぁ、頼りっぱなしの僕じゃ信用できないかもしれないけどーー」

「そんなことない!」


 突然の大声に、リンに伸ばしかけた僕の手が止まる。


「リン?」

「……信じてるもん。ユートがリンを信じてるみたいに、リンもユートを信じてるもん」


 ……これは僕が悪いな。これじゃ、まるで僕がリンのことを信じてないみたいじゃないか。


 向こうの世界でもこっちの世界でも、僕が危機に陥った時はリンがいつも助けてくれた。

 天照さんが僕を守るようにリンに言ったのかもしれない。でも、僕と一緒に居ない選択肢もあったはずだ。あの天照さんが誰かに強制することなんてあるはずがないから。


 だから、リンが僕と一緒に居てくれるのはリンの意思。それはよく分かってる。精霊は本来誰にも縛られない存在なのだから……、いや。そんな世界が決めたルールなんて無くたって、リンは僕と一緒に居てくれたに違いない。声を聞けば、あの初めてあった時に綺麗だと思ったその声に、言葉に嘘偽りは無いと分かるから。


 でも、だからこそ……、リンを不安にさせてしまっている自分が情けない。

 頼ってばかりの自分が、死にかけてリンに心配をかける自分が、……口先ばかりで、リンを信じてるなんて言っていた自分が、情けない。


「……ごめん、リン。リンはいつも僕のことを信じてくれていたんだもんね。なのにそれを本当に分かっていなかったのは僕の方だ」

「ユート……」


 そうだ。

 僕が死にかけてリンを不安にさせてしまうのなら、僕は迷わずに力を使おう。それでも力が足りず、リンを泣かせてしまうのなら迷わず誰かに頼ろう。

 頼り、頼られる立場に立つ。それがリンを信じることに繋がると思うから。


「……もう大丈夫。リンはロンドさんを追って」

「でも」

「大丈夫。もうリンを不安にさせたりなんてしないから」

「……わかった。気をつけてね」

「うん」


 僕の頭の上からリンの感覚が無くなったと思えば、リンが何処に行ったのかさえ分からなくなった。多分幻術を使ったんだろうね。

 こうも易々と惑わされると自信無くすんだけどなぁ。……まあいいや。

 そんなことより、


『居るんだろう? ちょっと話があるんだけど』


 自分の心の中に話しかけるなんて普通はしないだろうけど、幸か不幸か僕の中にはもう一人、気に食わないやつが居るんだよね。


『……なんだ』


 わずかの間をおいて、何やら不機嫌そうな声が帰ってきた。


『どうしたのさ』

『……なんでもない。要件を言え』

『僕の言いたいことは分かるんじゃないの?』

『最終確認だ。さっさと言え』


 随分と機嫌が悪そうだ。自称もう一人の僕なのに、一体何をそんなに腹を立てているのか。

 リンの話を聞いて、“僕”も“我”も同じ唯斗なんじゃないかと思い始めていたけど、やっぱり違う存在じゃないのかな。共通点は確かにあるけど、違うと感じるところもある。それって本当に同じって言えるのかな?

 ……いや、もうそれはどっちでもいいや。同じか同じじゃないかなんて重要じゃない。重要なのは“僕”にできないことが“我”にはできるっていうことだ。


『今後僕やリンに危機が迫った時には僕らを助けて欲しい』

『……そうか』

『そうか、って。それだけ?』

『それなら今まで通りだからな』

『いや、違う。僕が危険だと判断すれば、すぐさまキミに変わるって言ってるんだ。……正直今もキミが好きではないから、キミに僕の体を預けることはしたくない。でも、それよりもリンが傷つく方がもっと嫌なんだ。キミがもう一人の僕だと言うのなら、それは同意見なんじゃない?』

『……そうだな』

『だったらーー』

『最終確認だ。お前の答えはそれで良いのか?』


 最終確認って、


『一体何が言いたいの?』

『我の質問に答えろ。お前の答えはそれで良いのか?』


 ……僕はもうリンに頼りっぱなしにはなりたくない。でも、リンを不安にさせないような力は僕にはない。

 だから、


『うん。キミに任せるよ』

『……そうか』


 それが一番だ。

 嫌ってはいるけど、力だけは確かに持っている。何て言ったって、一応神だからね。

 僕なら勝てない相手もきっと勝てるだろう。


『……後悔はしないことだな』

『えっ?』


 それっきり、あいつの声は聞こえなくなった。不穏なその言葉を残して。

 何度呼びかけても返事が返ってくることはなく、僕の体から消えてしまったようにすら思えた。

 あの最後の言葉の意味は気になる。けどそれ以上に、僕はその言葉に乗せられた悲しげな声の方が気になっていたんだ。

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