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78話 国王にできること

 日が沈めば人は寝静まる。

 それはエルムス国の王都とて例外ではなく一部の警備を任された者たちを除き、多くの者たちは翌日の仕事に備えて早くから眠りについていた。

 街灯がある場所は少なく、夜に出歩く者は殆どいない。故に、日が沈んだ後は街自体が眠りについたかのように静まり返るのだ。


 そんな中、城の一室で未だ灯りを消さず書類に目を通し続ける男が一人。

 男は小さく息を吐くと、その疲れた両目に指を押し当てて揉みほぐす。一日の大半を書類の確認作業に当てていればそう疲れもするだろう。

 しかし、彼には休めない理由があった。


「……お父様?」


 再び書類に目を通そうとすると部屋に小さくノックの音が響き、恐る恐るといったように娘のーーフィリアの声が聞こえてきた。


「どうした?」

「入ってもよろしいですか?」

「良いぞ」


 ウォルスが許可を出すと、フィリアがフリルの付いた寝巻きの姿で姿を現した。

 まるで怯える小動物のようにそっと顔を出したフィリアを見て、ウォルスは仕事で凝り固まった表情をようやく崩す。


「どうした? もう寝る時間だろう」

「……はい」


 何かを言いたそうにしているのが見て取れて分かった。しかし、ここでさらに追求しても言いにくくなるだけだろう。

 そう考えたウォルスはフィリアを椅子に座らせ、メイドに温かい飲み物を入れるよう指示を出した。


「これを飲んで少し落ち着きなさい」


 メイドの持ってきたホットティーをフィリアに勧め、ウォルスも少しづつ口に流してはホッと息を吐いた。


「……お父様」


 紅茶を飲んで少し落ち着いたようで、フィリアはポツリポツリと話し始めた。


「最近のお父様は随分と忙しそうに見えます」

「そうだな。私が国王であるうちにできるだけのことはしておきたいのでな」

「……お父様が私の負担を少しでも減らすために頑張ってくださっているのは分かります。ですが、それを考慮しても働き過ぎな気がするんです」


 確かにここ最近は目を覚ませば眠りにつくまで、食事休憩を除きずっと書類とにらめっこ状態だったように思える。

 そう言われて思い返すと、フィリアとは仕事の話しかしておらず、妻のエルミアとも二、三しか言葉を交わしていないことにウォルスは気がついた。


「……うむ」

「お父様……、何か焦っておりませんか?」


 娘の言葉にウォルスは言い淀む。というのも、フィリアの言っていることはウォルスにとって突かれると手痛いところだったからだ。

 かと言って完全に隠せるものではないというのも理解していた。

 事はエルムス国だけの問題ではない。エルムス国の存続だけでなく、下手をすれば周囲の国すらも無くなる可能性まであるのだ。


 であれば、次期エルムス国の女王であるフィリアに隠し続けるわけにもいかない。

 もう少し情報が集まってから話そうと考えていたウォルスだったが、この場で包み隠さず全てを話すことを決意した。


「フィリア。これから話す事は絶対に漏らしてはならん。良いか」

「……はい」


 フィリアの生唾を飲み込む音がやけに大きく感じる。まるで嵐の前の静けさだな、とウォルスは感じながら机に置いてある書類の中から一枚を選び取ってフィリアへと手渡した。


「……これは?」

「目を通しなさい」


 フィリアが書類に目を通している姿を横目に、ウォルスは少し冷めた紅茶を口に運ぶ。

 そうしていると、突如フィリアが叫び声を無理やり飲み込んだような声を上げた。

 無理もないだろう。ウォルスでさえそれを目に通した時には思考が停止してしばらく動けなかったのだから。

 現実ではない。現実であって欲しくない。そう願ってしまうような事が、今起きようとしている。

 それでも声を上げなかったのは偉い、とウォルスは内心で褒めていると、青い顔をした娘が小さな声をポツリと零した。


「これは真実ですか?」

「そうだ」

「……戦争が、起こるのですね」

「……十中八九な」


 その書類に書かれている事を要約すれば、“エルムス国の北にあるウェステリア国が武器や奴隷を集めている”だ。

 剣や鎧だけではない。魔道具も集めている可能性もあるという一文もそこにはあった。


「で、でも、まだ決まったわけでは」

「そこには書かれていないが、他の報告書には持ち込まれている武器や奴隷のおおよその数が書かれている。詳細は今も調査中だが、既にあの国が購入したそれの数は十分戦争を起こし得る量なのだ」

「そんな……」


 そしてその量から考えて、エルムス国の勝ちは五割を切るというのがウォルスの予想だ。

 というのも、前王の腐敗政治によって兵の練度が落ちているというのが一つ。鍛え直すにしても一朝一夕でどうにかなるものでもないだろう。それに中途半端な練度では味方を傷つけかねない。

 加えて昔に比べて兵も随分と数を減らしている。となれば勝率が下がるのは必然だと言える。

 そして極め付けは……、豊穣の神アルミルスの不在だ。


(一体どこに行ってしまわれたのか……)


 唯斗からアルミルス神は他の神々に会いに行ったとは聞いてはいたものの、それ以来帰ってきたという報告は未だに入っていなかった。

 こんな事態故に、この国の守り神であるアルミルスの考えは聞いておきたいというのがウォルスの考えだった。しかし、その守り神が今も不在。なら、自分たちで対策しなければならないのは必然だろう。

 何もせずに待っていれば国自体が滅んでしまうのだから。


「私に何かできる事はありませんか?」

「フィリア……」


 未だにその細い身体を震わせているところを見るに、フィリアは怖いのだろう。戦争が、戦争で多くの人が亡くなるかもしれないという事が、……戦争で大切な人がなくなってしまうかもしれないという事が。

 しかしそれでも、いや、だからこそだろうか。フィリアは自分にできることを見つけようとしている。


「ふっ」

「な、なんですか?」

「いや、な」


 以前のフィリアはウォルスの指示でずっと部屋に閉じこもっていた。それが本当に良かったのかどうか、今もウォルスは考える事がある。もっと自由に生きさせてあげればと考えた事は一度や二度では済まない。

 その不自由のせいか笑うことも多くはなく、どこか無気力に生きているように見えた。

 しかし今はどうだ。毎日が生き生きとして何事にも積極的に動いている。


(……これもユートの影響なのかもしれないな)


 ウォルスはそう内心で苦笑する。

 唯斗という風が、フィリアの荒みかけていた心を癒してくれたのかもしれない。

 ウォルスにはそう思えてならなかった。


「そうだな。フィリアにも色々と手伝ってもらおうか」

「はい!」

「だが、今は寝なさい。また明日から頼むぞ」

「はい!! お休みなさい、お父様」

「ああ、お休み」


 フィリアを見送り、冷めきった紅茶を口に含みながらふと思う。

 どうやら、娘の成長を、そして娘のあの笑顔を見るだけで疲れが癒されたらしい。随分と親バカになったものだと、ウォルスは自分の口元が緩むのを感じた。


「……ウェステリア、神に全てを捧げる人族主義か」


 アルミルス神さえいれば勝率は九割を超えるというのがウォルスの予想だった。

 というのも、ウェステリアには神は存在しないと言われているからだ。

 ウェステリア国は架空の神を信仰しているというのが世間一般の常識である。となれば、アルミルス神さえいれば負けることはまずあり得ない。


 しかし、ウォルスには一つ懸念があった。


「……ガトナー伯爵」


 ガトナー伯爵。フィリアを狙い、追い詰められてダンジョンコアを飲み込み化け物と化したエルムス国の伯爵だ。

 結果的に唯斗が倒したものの、その強さはエルムス国の兵士たちが歯もたたないほどのものだった。

 しかし、この話にはおかしなところが一つある。


 そもそもダンジョンコアを飲み込んだとしても、あれほどの力を得られるはずがないのだ。


 おかしな点はそれだけではない。

 あとで調べて分かったことだが、エルムス国内のダンジョンでダンジョンコアが無くなった場所は一箇所もなかった。

 つまり、あのダンジョンコアは未確認のダンジョンから取った場合を除き、この国にあるダンジョンのものではなかったということだ。


 そして今日届いた報告書にあった一文がウォルスの不安をさらに掻き立てる。


「……ガトナー伯爵とウェステリアには繋がりがあった」


 これらを繋げると、


「ウェステリアにはあの化け物を兵として扱う準備があるというのか……?」


 だとしたら、エルムス国の勝率はグンと下がる。あんな化け物が何体もいるのであればエルムス国に勝ち目は殆ど無いだろう。それこそアルミルス神がいなければ手も足も出ない。


(……待て。ダンジョンコア……ダンジョン……邪神ムト。……まさかな)


 最も最悪と言える状況を想像するも、流石にそれは無いと切って捨てる。

 もしそれが真実であるなら、……勝ち目など無い。


「アルミルス様が戻ってくるまでにできることをしておかねばな」


 国王として国を守るために、家族を守るためにウォルスは知恵を振り絞るのだった。

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