77話 メイド≒妖怪
昼食も兼ねて休憩してからメゾリアに向かうことになった。
僕はもう問題なく動けるんだけど、確かに時間的にもお昼時だし急がなきゃいけないわけでもないから一緒に休むことにする。リンも少し疲れているみたいだったしね。
「食事はこちらで用意しておりますので。では参りましょうかな」
「いいの? 僕も持ってるよ?」
「ええ。多い目に準備しておりますから一人や二人増えた程度で無くなることはありませんよ」
うーん。何から何まで申し訳ない気がするけど、せっかくだしお言葉に甘えさせてもらおうかな。
僕だけ違うのを食べるのも気を使わせそうだし。
「ならお願いしようかな」
「お任せください。私はこの通り食事に関してはうるさいですから。きっと満足していただけますよ」
ロンドさんはそう言ってポンっとその飛び出たお腹を叩いた。
おっ、いい音鳴るね。
今のリンなら同じような音を出せるかな、なんて言葉が頭に浮かんだけど口には出さなかった。
そんなことを言ったら、リンの頬も同じようにぷっくり膨れちゃうだろうからね。
「おっと。外に出る前にこれを」
「……これは」
どっからどう見ても指輪だ。まさかとは思うけどプロポーズなんてことは……ないよね?
いやいや、まさかロンドさんに限ってそんなことはないはず。
……あっ、でも初めて会った時のあの態度とか今の態度を考えると万が一という可能性もなきにしもあらずだったり?
でも僕は誰かと一生を共にするなんてことはしなーー
「これはこのテントと同じ魔道具でして。これを付けるだけで暑さを和らげてくれるのですぞ」
「……ああ、そうなんだ」
「どうかしましたかな?」
「いや、なんでもないよ。……ほんと、何でもない」
やっぱりまだ暑さで頭がおかしくなってるのかな? どうにも変な方向に思考が向いてしまうよ。
普段はこんなこと考えないはず。うん、きっとそう。僕は変なやつだとよく言われるけど、きっとみんなが勘違いしているだけだ。うん。
「……いつも通りのユートだ。治ってよかった」
……リン、それは一体どういう意味かな?
その後ロンドさんに渡された指輪を付けて外に出ると、死にそうなほどに暑かったからうざったいくらい暑いまで感じ方が変わった。
こんな小さな指輪一つでこれほど違うなんて……。魔道具っていうのは凄いんだな。
僕の中で魔道具は女性が男性を狩るためのものだっていう印象が強かったから、こんなに有用なものだとは思わなかった。今後の旅のためにもこの指輪は一つ二つ買っておこうかな?
「ここです」
ロンドさんに案内してもらった場所には、さっき僕が休んでいたテントの三倍の広さはある大きなテントが立っていた。
僕がさっき休んでいたテントでも大人数人は自由に動けるほど大きかったのに。
「皆さんお疲れさまです。昼食にしましょうか」
ロンドさんの後に付いて中に入る。やっぱりこのテントも魔道具みたいで、中はさっきのテントと同じく快適な温度に保たれていた。
中にいたのは三人。二人は見覚えがなかったけど、一人はそれはそれはよく見覚えのある人だった。
「ユート様、もうお身体の方はよろしいのですか?」
「うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」
店員の一人だった、あの忍者みたいな動きのできる謎の女性だ。向こうも僕のことを覚えていたみたいで、血濡れのナイフ片手に声をかけてくれた。
……何でナイフ? 刺すの? 僕刺されるの? なんて考えが一瞬頭をよぎったけど、奥にある調理器具たちを見て察しがついた。
「もう作り始めてましたか」
「ええ。もうそろそろだと思いましたので」
「では引き続きお願いします。私もーー」
「ロンド様は座ってお待ちください。こちらででき次第お運びしますので」
「ですが……、いえ。では頼みます」
「それで良いのですよ。あなた様は私達の雇用主ですから。では、失礼します」
謎の女性は綺麗に礼をすると、またもやその場から掻き消えて気づいた時には別の場所に立っていた。
……やっぱり凄い。何が凄いって、転移を使わずに消えたように移動するのが凄い。
魔術を使った様子はないし、神力を持っているわけでもない。だというのにその場から消えるなんて、ほんとに一体どうやってるのやら。
力を感じないってことは……手品とか?
「ロンドさん、あの人って何者?」
「彼女ですか? 私自身も詳しくは聞いていないのですが、とある国でメイドをしていたようです」
「メイド?」
忍者でもなく、手品師でもなく、メイド?
だとしたらこの世界のメイドって人間の域を超えた者のことを言うのかな? まだ神力の翻訳ミスだと言われた方が信じられそうだよ。
「彼女のことですのでそれ以上のことはお話しできませんが、とても優秀な方ですよ」
「だろうね。所作からして滲み出てるからそれはよく分かる」
動作一つ一つが見ていて心地いいほど綺麗なんだよね。
そう考えるとメイドっていうのも納得できなくはないか。僕の知っているメイドとは大きくかけ離れているけど。
ウォルに仕えていたメイドはこんな動きはしていなかったから、きっと彼女のレベルが高いんだろうな。
「……そういえば名前を聞いてなかったっけ」
「ありませんよ」
「えっ?」
「彼女には名前が無いのです」
名前が無い?
「メイドとして仕えていたのに?」
「ええ。彼女自身がそう言っておりました。そして今後も必要ないと」
小さな子供ならまだしも、僕よりも年上に見える彼女が未だに名前を持ってないなんて信じらんないな。
僕個人の意見としては名前は持っていた方がいいと思うんだけど、いらないって言ってるのにそれを押し付けるわけにはいかないし。
「でもそれならどうやって呼ぶの?」
「どういう技術かは分かりませんが、呼ばれたら分かるそうですよ」
まさか、そんなことができるわけない。きっと魔術か何かだろう。
……なんて思っていた僕がいたんだけど、
「はい、お呼びでしょうか?」
「……ううん。ごめん何でもない」
「そうですか。では何かありましたらまたお呼びください」
「……うん」
心の中でちょっと軽い気持ちで呼びかけたらこの通り。僕の前に瞬間移動してきたんだよね。
もちろん魔術の気配はしなかった。
「……ロンドさん、あの人って凄いね」
「ええ、そうでしょう。今では私の自慢の部下ですから」
あれだ。彼女はきっと妖怪とかの類だ。さとり妖怪だ。
彼女以外にもあんな人がいたら人間恐怖症になっちゃいそうだ。特にあの突然目の前に現れるのは心臓に悪い。
ホラー映画は怖くないけど、彼女のあれはゾワっとするほどびっくりしちゃうよ。
まぁ、転移を使ってる僕が言える立場じゃないかもしれないけど。
「ちなみにロンドさん。あの現れ方って」
「……怖いですな。今でも少しだけ」
だと思った。
彼女が現れた時って、本当に分かりにくいけどロンドさんもビクッと体を震わせてるから。
その後、食事ができるまでロンドさんから話を聞いたり話したりして時間を潰した。途中からいい匂いがしてきてロンドさんの気はそっちに向いちゃってたけどね。
それからというもの、ロンドさんからどれほど彼女の……元メイドさんでいいか。元メイドさんの料理が美味しいかを聞かされた。それこそ耳にタコができるほどに。
自称味にうるさいロンドさんがそこまで絶賛するなんてきっと凄いんだなぁ。とか考えていた僕だったけど、実際目の前に出されて食べてみたら世界が変わった。この感動はベルに焼いてもらった肉を食べた時に匹敵するね。
結局胃の方が限界にきたから止まったものの、あのまま食べ続けていたら僕はロンドさんみたいになっていたのかもしれない。
というか、ロンドさんが太っているのって彼女の料理が原因じゃない?




