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76話 油断大敵

「あつい〜!」


 まるで墓の下から死者が這い出てくるかのように、リンが僕のフードの中からずるずると出てきた。


「ねぇ! ユート! あつい!!」

「そんなこと分かってるよ」

「わかってないもん!!」


 分かってるよ。直射日光をじかに浴び続けている僕が分からないはずがないじゃないか。


 さっきくらいから僕の心を少しずつ蝕んでいた荒れた風景が終わって、これでようやく天国でも待ち受けていたらいいなぁ、なんて思っていた。けど現実はそう甘くはない。

 むしろその真逆で、さらに僕の心も体も干上がらせるような砂漠が広がっていたわけだ。


 いや、まぁ砂漠に向かっていたんだから当たり前といえば当たり前なんだけどね? こうも人には辛い環境が続けば愚痴の一つでも零したくなる。


「さっきまでこんなにあつくなかった!」

「そうなんだよね。僕も驚いたんだけど、荒れた土地と砂漠の境界があって、その境界を超えた途端に気温がぐんっと上がったんだよ」

「なにそれ?」

「いや、分かんない」

「あたまがおかしくなっちゃった?」


 失礼な。僕の頭は正常だよ。


 ……まぁ、でも最初は僕も自分の頭を疑ったよ。だからその境界を行ったり来たりしたわけなんだけど、結果は変わらなかった。やっぱり砂漠に入れば異様に暑くなるみたいだ。

 まぁ、一言で説明するなら、


「……結界、みたいなものかな」


 それがたぶん一番しっくりくるかな。

 ムトの創ったダンジョンみたいな別世界とは違って、結界を張ってその中の環境を変えているような感じに似ている。

 詳しいことは分からないけど、少なくともこれが自然現象でないことは確かだ。この砂漠一帯から力の波動のようなものを感じるからね。

 もしかしたら気温だけじゃなくて、この砂漠自体もその力の影響によるものかもしれない。


「なんとかして〜」

「無理だよ。原因が見つかれば考えようもあるけど、今の段階じゃどうすることもできないって」

「じゃあひやして〜。あつい〜」

「冷やしてって言われてもね……」


 だからと言ってここら一帯を凍らせるわけにもいかないしなぁ。それじゃどれだけ力を使うか分からない。

 この前のこともあって、出来るだけ不必要に力を使うのは避けたいんだよね。


「仕方ない。これで我慢して」


 無いよりはマシだろうと思って、手のひらサイズの氷の塊を作ってあげたんだけど……、これは、これは。また不思議なことが起こったもんだ。


「……なくなっちゃった」

「……だね」


 そう。作った瞬間に、塩をかけられたナメクジのように溶けてしまった。でも、これは流石におかしい。


 いくら暑いと言ったって作った氷が一瞬で溶けてしまうわけがない。……普通なら。


「ということは何らかの力が働いてるってことか」

「なんとかして!!」

「だから無理だって。原因が分からないんじゃ手の出しようがないよ」

「むぅ〜!!」


 唸っても無理なものは無理。僕だって暑いものは暑いんだよ?

 でもこうして無心に歩くことによって悟りを開けるというか。いや、別に悟りを開きたいわけじゃなくて、でも悟りを開くことで暑さも気にならならなくなるというか。だから悟りを……、


「ユート!!」


 ……あれ、何考えてたんだっけ?

 ま、いっか。どうでもいいことだったんだろう。


「うぅ〜! あつい、あつい、あつい!!」

「……分かったよ。ならこれでどう?」


 氷がダメなら風ならどうかな? 夏といえば扇風機だろうし。

 まぁ、僕はクーラーの方が好きだったけど。


「あつい! あつい! 暑い!!」

「あ、ごめん」


 しまった。周りが暑いのに風なんて吹き付けたらそりゃ熱風になるよね。

 うーん、いい考えだと思ったんだけどな。


「……わざと?」

「まさか」

「……? ユート?」

「どうかした?」


 何でそんな心配そうな、かおをするのかな? べつに…ぼくは……あれ? リンがボヤけて――


「ユート!!」






 ………………うん?


 いったい僕はどうしたんだろう。確かリンに名前を呼ばれたのは覚えているんだけど。

 ……うーん、それからの記憶が一切ないなぁ。


「……ユート」

「リン?」


 おでこの上からリンの声がする。ということは、今僕は寝転んでいるってことか。


「ユート!!」

「……あれ、ここどこ? っていうかなんで僕寝てるの?」


 目を開けて見渡しても、僕の視界に砂漠は入らなかった。ここは多分だけど、テントの中かな?


「もう大丈夫なの?」

「えっ、うん。っていうか何があったの?」

「良かった。……ユートはね、あの後すぐに倒れちゃったの」

「倒れた? 僕が?」


 もう随分と体調を崩したことなんて無かったのにな。神力があるから風邪とかの病気にはそもそもならないし。

 ってことは、何だろう? 熱中症にでもなったかな?


「それで、どうしたの?」

「えっとね、あの後ーー」

「おや、目を覚まされましたか」


 あれ? この声ってーー


「お久しぶりです。……と言ってもそれほど経ってはおりませんがな」

「ロンドさん!」


 テントの扉が開いて聞き覚えのある声が聞こえたと思えば、これまた見覚えのある体格をした人が入ってきた。

 それもそのはず、エルムス国でお世話になった商人のロンドさんだったんだから。


「体調はもうよろしいのですかな」

「うん。もしかしてロンドさんが助けてくれたの?」

「私はただ通りかかっただけですよ」

「で、僕をこうしてテントで休ませてくれたんでしょ? それを助けたって言うんだよ。本当にありがとう」

「いえいえ。当然のことをしたまでです」


 にしても助かった。

 地球で砂漠を旅した時は氷を作ったりして対処してたからなぁ。まさかあの結界みたいなのに気を取られ過ぎて倒れるなんて。下手したら死んでいたかもしれない。

 ロンドさんには深く感謝しないと。


「でも、何でロンドさんはこんな所に?」

「ちょっとした用事がありましてな。部下を連れてメゾリアに向かっているのですよ」

「へぇ。偶然だね。僕たちもそこに向かってるんだ」

「ええ、精霊様からお聞きしております。ホガ村の元村長を探しに行かれるだとか?」

「うん」

「奴には何やら黒い噂がありましたからな。ついに尻尾を見せましたか。……もしかすると」


 ベルも同じこと言ってたな。その黒い噂とやらも聞いてみたい所だけど、


「どうかしたの?」

「少々気になったことがありましたので。……ですが、私の考えすぎですな」


 気になるけど、あまり踏み込みすぎるのも良くないか。

 また話してもらえそうだったら聞いてみよう。


「にしてもここは涼しいんだね」

「ええ。これも魔道具の一種でして。メゾリアに向かうためには欠かせないのですよ」


 ……欠かせない?

 もしかして、メゾリアに行くためには絶対に持ってないといけないものがあるの?


「……ちなみに、持ってないと?」

「それは少々無謀ですな。おそらく死にに行くのと変わりないかと。……まさか」

「……うん」


 そんな、言っちゃいけなかったみたいな顔しないで! 僕が何も考えずに行こうとしたのが悪いんだから!!


「こ、これは失礼をーー」

「いや、僕が無知だっただけだから。謝る必要なんてないよ。……というかむしろ謝らないで。悲しくなるから」

「……はい」


 ……仕方ないじゃん。

 図書館にあった本には名前と場所と砂漠地帯だってことくらいしか書いてなかったんだもん。誰も教えてくれなかったんだもん。この世界の常識なんて知らないんだもん。


「……でしたら私たちと参りますかな? 他の魔道具も余っておりますので」


 ……おお、ロンドさんが神に見える。神々しすぎて眩しいくらいだ。

 ロンドさんが女だったら告白していたーーなんてことはないけど、それくらいロンドさんが良い人だと思った瞬間だった。


「ありがとう」

「いえいえ。少々この旅にも退屈していたのです。おかげで楽しくなりそうですよ」


 ……もう、これ以上惚れさせないで。


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