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68話 気づき

「……そう」

「すみません。私が離れてしまったばかりに」


 唯斗たちがダンジョンという所から出てきた日。皆が寝静まった頃に、私はリンを私の神域に呼び戻した。


 というのも、私が二人の様子を覗き見していたことだけでは限度がある。だから、実際にあの神と対峙した本人の意見が聞きたかったの。


 でも、話を終えると、私の愛しい娘がそう言って頭を下げてきた。……ちょっといつもの笑顔が崩れてしまっていたからかしら。


「ごめんなさい。別にあなたを責めているわけじゃないの。まさかあれほどまでに歪んだ神がいるなんて思っていなかったから」

「っですが! 神様の手助けがなければユートは死んでいました!!」

「それは仮定の話よ。落ち着きなさい。あなたがそのダンジョンという所に踏み込む前に私に教えてくれたから、こうして誰も欠けること無く生還できたのだから」

「でも……」

「それに、あなたがそのベルっていう少年を助けたから、ユートが悲しむこともなかったのでしょう? 上級神相手によくやったわね」

「でも……でもっ!」


 あらあら、泣いちゃってもう。まだまだ子供ね。

 私は赤ん坊をあやすようにリンをそっと抱き、ゆっくりと頭を撫でて落ち着かせた。


「いい? あなたがとった行動は正しかったと私は思うわ。あなたがベルという少年を助けなければ、その少年の命は散り、唯斗も心に傷を負ったでしょう。あの子は優しすぎるから」

「……そう、ですね。……ユートは馬鹿だから」

「ええ。だから、あなたが私に助けを求めたから二人を救うことができたの。だからこれで良かったのよ。それとも、どちらか、もしくは両方が傷ついても良かったの?」

「そんなことはありません!!」


 リンの力強い否定に、思わず笑みがこぼれた。……唯斗が心優しいとは言ったけれど、あなたも大概ね。唯斗に似たのかしら?


「ならそれで良かったの。あなたの行動は正しかったわ」

「……でも、神様。以前他の世界には干渉できないって」


 ……覚えていたのね。


 ーー神は他の世界に干渉することを禁ずる。


 それが神の本能に刻み込まれた絶対のルール。破ればどうなるか分からないけれど、下手をすれば存在が消されてしまうでしょうね。……世界そのものに。


 神の力は強大だから、世界が壊れないようにするための処置なのでしょう。もし仮に他の世界の神が侵略してこようものなら、お互いの世界が更地になればまだいい方だと言えるような事態になってしまうでしょうから。


 だから普通ならお互いに干渉はできないはずなんだけれど、実は少し抜け道的なものがある。


「そうね。普通なら他所の世界に干渉することなんてできないわ。でも、一つだけ裏技のような方法があるの」

「裏技ですか?」

「そう。ルールの穴をついた方法とも言っていいわ。はっきり言ってグレーね。人間社会で例えるなら、犯罪ではないけれども、あまり推奨されるような行いではないような手段かしら」

「……それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫よ」


 そう自信を持って言ったのだけど、リンの疑惑的な視線が痛い。


「……そんな犯罪者を見るみたいな目で見ないでくれないかしら」

「神様。神様の中に警察に当たるお方はいないのですか?」

「え?」

「……自首しましょう? 私も一緒についていきますから」

「いや、別に悪いことをしたわけではーー」

「大丈夫です! たとえ牢屋に閉じ込められても、毎日会いにいきますから」

「お、落ち着いて? 神々の社会にそんなものはないから」

「知っています。冗談です」


 ……娘が反抗期だわ。あ、でも冗談を言ってくれるようになったと喜ぶべきなのかしら?


「それで、どんな方法なんですか?」

「……まぁいいわ。条件は二つね。一つは上級神並みの力を持っていること。それが大前提ね」

「そういえば神様って上級神なのですよね」

「ええ。上級神は努力だけでなれるものではないわ。下級神、中級神はまだ努力で力をつければなれるのだけれど、上級神だけは努力だけでなく生まれ持った本能ーーつまりは司るものによってなれるかどうか変わってくるの。だから干渉できる神はかなり限られてくるわね」

「じゃあ、あの邪神を名乗る神は……」

「ええ。力だけじゃなくて司るものも強大なものでしょう」

「それじゃあ神様みたいにこっちの世界に干渉できるんじゃ?」

「それは今のところ問題ないわ。というのも、二つ目の条件として、神の眷属がその世界にいないと干渉できないのよ」

「眷属……、つまり神様の場合はユートですね?」

「ええ。眷属を介して力を使うことができるの。この二つの条件が満たすことができたなら、他の世界に干渉することができるわ。とは言っても全力で使うことができるわけじゃないから注意が必要だけれど」


 でも、唯斗に負担がかからないわけではないから、できればあまり干渉はしたくないわね。相手がこれで手を引いてくれるのなら良いのだけど、リンの話を聞く限りではそれは無さそうだし。……まったく、唯斗も随分と厄介な相手に目をつけられたものね。


「……神様、これからどうするのですか?」

「そうね。唯斗をこっちに連れ戻すのが一番簡単で安全なのだけど」

「でもそれは……」

「ええ。下手をすればあの子が不自由を感じかねない。そもそも“自由”というのは曖昧で、その人によって自由が変わってくるから」

「そうですね。では、このまま様子見する他ないんでしょうか」

「……ええ。今はそれしかないでしょう。私の方でも手を考えてみるけれど、あまり良い案は出ないと思うわ。だから、リン。あなたが支えてあげるのよ」

「はい。でも、神様の言葉だからじゃないですよ? ……ユートは私の親友だから」


 分かっているわ。……いえ、分かったが正しいかしらね。その屈託のない笑顔を見ればそれが本心からの言葉だって。

 まだ名前のなかった頃のリンが、もしかしたら私が言ったから唯斗と一緒に旅をしたんじゃないか。そう思ったことは一度や二度じゃなかった。でも、こんなに楽しそうな笑みを見せられたんじゃ、こんなことで悩んでいた私が馬鹿みたいじゃない。


「ふふっ」

「どうしたのですか?」

「小さなことで悩んでた私が馬鹿みたいだと思ってね」

「神様も悩み事があるんですか?」

「ええ。……今あなたが悩んでいるみたいにね」

「っ!?」


 ふふっ、バレバレね。会った時から暗い顔をしていたことくらいお見通しよ。これでもあなたの母親だから。


「私の悩みが杞憂だったように、あなたの悩みも案外簡単なものかも知れないわよ?」

「……どうしてそんなことが言えるんですか?」

「私の感よ」

「……そう、ですか」


 すると、リンは安心したようにホッと息を吐いた。


「なら、きっと大丈夫ですね」

「ええ」


 だから、安心して行ってきなさい。






「ユート」

「どうしたの? リン」


 怖い。


 ユートに嫌われるのが。


 怖い。


 ”私“のことを黙っていたのが。


 怖い。


 ずっとユートを騙していたのが。


 でも、私は……。


「ユート、実はねーー」






「ユート、実はねーー」


 僕が目を覚ますと、リンはどこか怯えたような顔で僕の胸元に座っていた。そしてリンがポツリポツリと話した話の内容は、僕を驚愕させるものだった。


 リンは天照さんの娘で。

 ずっと僕のことを見守ってくれてて。

 実はもっとスラスラと喋れて。


 そして、最後に騙していてごめんなさい。

 そう言ってリンは頭を下げた。


「……リン」

「っ! ……?」


 怒られるとでも思ったのかな?

 僕がリンの頭に触れた瞬間に身を縮こませたけれど、いつものようにそっとガラス細工を触るように撫でると、ゆっくりとリンは頭を上げた。


「確かに驚いたよ。まさか天照さんがそんなことをしていたなんて知らなかったし、リンがもっとスラスラ喋られるなんて知らなかった。でもね、騙されたとは思わないよ」

「……どうして?」

「だって天照さんと話す“私”も、今僕と話している“リン”も、話し方は違ってもどちらも同じでしょ? それにその詳しいことはわからないけど、僕と一緒にいることで本来の精霊としての“リン”が生まれたことは嫌だったの?」

「そんなことない!!」

「なら良かったよ。でも天照さんが“私”の母親なら、僕は“リン”の父親になるのかな?」

「お父さん?」

「……うん、やめて。なんか違う」

「パパ?」

「いや、そういう意味じゃなくてね?」


 何というか、リンは親友だと思っているから、そんな呼び方をされると鳥肌立ってゾワゾワするんだよね。


「……怒ってない?」

「怒るはずがないでしょ? むしろ僕のことを助けてくれてありがとう」

「……うん!!」


 そう言ってリンは、いつもの僕の好きな、元気を分けてもらえるような笑顔を見せてくれた。

 良かった。やっぱりリンには笑顔が似合うね。でも、リンがそんなことで悩んでいるなんて……。別にリンが言うところの“私”と、“リン”はどっちも同じだから気にすることなんてーー


「……あ、そうか」

「どうしたの?」


 リンが悩んでいたことって、僕が抱えている悩みとよく似ているんだ。


 リンは“私”と“リン”の違いで悩んでいた。

 そして僕には、“僕”と、神としての“我”がいて。


 でも、僕はその存在を知った時からずっと“我”を否定し続けていた。“我”は“僕”じゃない。何か別の誰かだと思っていた。……さっきまでは。


 僕がリンに言ったことに偽りなんてない。全て本心だ。

 だから、“私”と“リン”が同じだと言うのであれば、それは“僕”と“我”が同じだと言っているのと同じなんじゃないだろうか。


「ユート?」

「あ、いや。……何でもないよ」


 ……今の僕にはそう言い切ることはできそうにない。やっぱり、心の何処かで“我”の存在を否定している自分がいるから。


 でも、もう一度良く考えてみたほうがいいのかな。


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