64話 リンの誕生
“私”という存在が生まれた瞬間を、今もおぼろげに覚えている。
“私”という存在は特別で。
“私”は他の子達とは違っていて。
でも“私“という存在が生まれたことは、感謝しても仕切れない。
だってこんなにも楽しい世界に居られるのだから。
『私が分かりますか?』
こえがきこえる。
やさしくて、あたたかい。そんなこえ。
『どうしましょう。もしかして上手くいかなかったのかしら?』
なんだかこまってるみたい。どうして?
『息はしているみたいね。でも目覚めない……。仕方ないわ、もう少し様子を見てみましょう』
あ、まって! いかないで!
『……あら? 今少し動いたような』
「まっ…て……」
「良かったわ。目が覚めて。私のことが分かるかしら」
「……うん」
ゆっくりとめをあければ、めのまえいっぱいにおおきなかおがあった。
「あなた、自分のことが分かる?」
「わ、たし? ……せいれい?』
「そう。ちゃんと知識を持って生まれてきてくれたみたいね」
うまれてきた? ……ああ、そうか。わたしはこのひと。ううん、このかみさまにつくってもらったんだ。
「体は動かせる?」
なんとかてあしをうごかそうとしてみたけど、ほんのすこししかうごかなかった。
「まだ無理みたいね。大丈夫よ、しばらくしたら動けるようになるはずだから。それまでゆっくりとお休みなさい」
「……はい」
おおきなかおのかみさまに見まもられて、わたしはふたたびめをとじた。
次に目が覚めた時には、意識もはっきりとして、体も自由に動かせることができた。もちろん飛ぶことだって。
「うん。大丈夫そうね。何か体に違和感はない?」
「ありません。大丈夫です」
「そんなに堅苦しくしなくていいのよ?」
「いいえ。私はあなた様に創られた精霊なのです。そのような無礼なことはできません」
私がここにいるのは目の前の神様が創ってくださったからこそ。ならば、私を創ってくださった偉大な神様を敬わずにはいられません。
「そんな言葉遣いの子に育てたつもりはないのだけれど」
「失礼ですが、私はあなた様に育てられた記憶はありません」
「まぁ、反抗期かしら」
「私に反抗期はありません。人間ではありませんから」
「そうね。あなたは確かに人間ではないわ。人間はそんなに小さくないし、そんな綺麗な半透明の羽は持っていないわ。でもね、一つだけ間違っているわ」
間違っている? そんなはずはありません。私に与えられた知識は正しいもののはずです。
そんな私の混乱を知ったのか、神様は私を手のひらにそっと乗せると、頬に寄せて呟いた。
「私はあなたを創ったつもりなどないわ」
「えっ」
「私はあなたを生んだのよ。実際にお腹から出てきたわけじゃないけどね」
「ですが私の知識では創ったというのが正しいかと……」
「創ったというのは好きではないの。あなたは私の子同然だから、なおさら」
「私が、あなた様の子供、ですか?」
「そうよ」
嬉しい。その時に感じた私の感情は確かにそれだった。けれど、自分の中に持っている知識との矛盾から、どうしても神様の言葉を否定してしまう。
神様から自分の子だと言われて喜び、受け入れたいと思う自分。元から持っていた知識からそれを否定する、もう一人の自分。そんな二つの自分が、ぶつかり合っていた。
「ふふっ、悩んでいるのね」
「っ! どうして?」
「あなたはまだ生まれて間もないわ。これからも悩むことはあると思う。人間だって、私だって悩み事というものはあるもの」
「神様にも、ですか?」
「ええ、そうよ。だから、悩んで悩んで、そしていつか自分の答えが見つかるのよ。与えられた答えと同じでも、自分の答えならそれでいいの。大事なのは、それを自分の答えだと言い切れるようになることね」
「……よく分かりません」
「それでもいいわ。でもよく覚えておいて。自分の納得できない答えなら、それはあなたの答えではないわ。その時はもう一度よく考えてみることね」
「……はい」
「ふふっ。いい子ね」
そう言って神様は優しく撫でてくれる。それはとても温かくて、まるで人々を照らす太陽のような神様でした。
「神様、いつまで寝ているのですか?」
「……もう少し」
「もう日は登っていますよ。そんな不健康な生活をしてどうするのです」
「……」
「聞いていますか!?」
「……聞いているわよー」
「なら起きてください!」
生まれて数日だけど、これほど自分の体に不満を持ったことはありませんでした。というのも、私の体は小さすぎる。コップ一つ持ち上げるのが精一杯の私が、神様を包み込む布団など持ち上げられるでしょうか。いえ、持ち上げられません。
そしてなにより一番厄介だったのは、部屋と部屋の移動です。非力な私にとって、あの扉はまさに天敵。あれには敵いません。一種の化け物です。
「神様ー!」
「……ぐぅ」
部屋を出るにも神様のお力が必要だとは。……これは早急になんとかしないといけません。
「神様、お話があります」
「なぁに?」
「私に力をください」
「ダメよ。力というのは努力して身に付けるものだもの。そう簡単には貸せないわ」
「なら努力します」
「そうねぇ。……確かにあなたには力をつけてもらいたいし、もう少し生活に慣れてからでも良いと思っていたのだけど、あなたがやりたいというのなら教えてあげるわ」
「本当ですか! お願いします!!」
良かった。これであの天敵を倒せる。
そう思っていた私は馬鹿だった。
「あなた、幻術以外はさっぱりね」
「……うぅ」
私には幻術以外の才能がなかった。正確には、未来予知っぽいことができたものの、精度があまり良くない。それはもう幻術以外できないと言っても過言ではなかった。
「で、でも幻術の才能はすごいわよ? きっと将来私よりも上手くなるかも」
「……慰めはいりません。幻術ではあいつに勝てませんから」
「あいつ? 誰かいるの?」
「いえ……」
神様が困惑するのも無理はない。だってあいつは生きてないですし。
「まぁいいでしょう。とりあえず幻術を教えるわね。あなたなら……2年くらいでものになると思うわ」
「分かりました。……ですが」
「何かしら?」
幻術を覚えるのはいい。神様に才能があるって言われたぐらいですし、いつか役に立つかもしれないから。
でも、
「筋力作りもメニューに入れてください」
「……善処するわ」
いえ、是非とも入れてください。
あの子は……、どうやら寝たようね。
私はあの子を起こさないようにそっと隣の部屋に移動し、お茶を沸かして一息ついた。
「……にしても驚いたわね。あの子の才能はあり得ないわ」
昼間、あの子の力の一端を見た。ほとんど才能がなかったのは思った通りだったのだけれど、
「……幻術。あれは精霊が持てる力をはるかに超えているわ」
そもそも精霊自体できることがほとんどないんだもの。一日の大半を寝ていて、知性もほとんどなく、力も持たない。それが精霊のはず。
だというのに、あの子は幻術に関してはすでに名のある魔術師の力を超えていた。生まれたばかりなのにも関わらず、ほんの少し教えただけで私の目を欺きかけた。
「……あら?」
昔、名のある陶芸家から頂いた湯のみを見れば、幸運なことに茶柱が立っていた。
「ふふっ。……これであの子が少しでも唯斗の手助けになってくれれば嬉しいわね」
私の愛する二人が互いに助け合って生きていく。そんな光景を思い浮かべて、私は思わず笑みが溢れた。




