59話 不完全勝利
亀は歩くのが遅い。
そんなことを言い始めたのは一体誰なんだろう。
もしかしたら、ウサギとカメという童話から亀が遅いという印象を受けたのかもしれない。特に小さい子供ならなおさら。子供はなんでも鵜呑みにしてしまうところがあるからね。
実を言うと僕もその一人だったりする。それが子供の良さでもあり可愛いところなんだけど。
それ以外にも亀は動きがのんびりとしているから動きが遅いと思う人もいるかもしれない。
でも、亀は意外と足が速い。
もちろん兎と比べたら遅いだろうけど、いつもの、のっそりとした動きの割には機敏に動く。
とは言っても、やはり亀は亀。さっきも言ったように兎には勝てないし、人間にだって勝てない。そりゃ水の中なら話は別だけど、僕が言っているのは陸の上での話だ。上には上がいるもんだよ。
ところで話が少しが少し変わるけど、象は知っているね。
像じゃないよ? あの長い鼻と大きな体を持つ生き物、象のことね。あの象もとてものんびりとしたイメージがある人が多いんじゃないかな。草食系動物だし、あの長い鼻で周りの物を持つ様は、動くのが面倒な人がマジックハンドで周りの物を取るのと酷似してない? ……そうでもないかな?
まぁ、僕の勝手な想像を抜きにしても、あまり象が活発に動くと言うイメージはないんじゃないかな。
でも、象も亀と同じで想像以上に足が速い。
あれほど体が大きく体重があると言うのに、時速四十キロ動くことができる。人間なんてすぐに追いつかれてしまうね。
体格差は歴然。象に踏み潰されようものなら、普通の人間ならひとたまりもない。
じゃあ、ここで問題だよ。
亀のような体と、象をも超える巨体を持つ生物は人間よりも速い? 遅い?
答えは……
「キュオオオオオオオ!!」
「危なっ!?」
亀もどきの振り下ろす足を死ぬ気で避ける。だって、死ぬ気で避けなきゃどちらにせよ死んじゃうし。
「ほらほら〜当たんないよ〜?」
「キュウィイイイイイ!!」
言葉が通じているのか分からないけど、とりあえず馬鹿にするように亀もどきの目の前をうろちょろしながら攻撃を避け続ける。
僕の考えた作戦を実行するため、今近くにベルはいない。ベルにはこの作戦に必要不可欠なものを取りに行ってもらっている。
その間、この亀もどきの注意を引きつけて時間を稼ぐのが僕の役目だ。
ベルと一緒に行かなかったのは、亀もどきが追ってくる可能性があったのと、亀もどきの居場所を確認しておくため。また砂の中に潜られて、居場所が分からなくなったら奇襲を受けかねないからね。
この亀もどきの怖いところはあの熱線。そしてその図体に似合わない足の速さだ。
できるだけ神力は温存する方向で動いているから身体強化は魔素を使っているのだけど、正直言ってギリギリだね。いつ踏み潰されてもおかしくないレベルだ。
それでもなんとか避けられているのは、相手の動きが単調だから。あの枯れ木の魔物と違って、この亀もどきは大した知能は持っていないみたいだった。会話も通じないし。
そしてどういうわけか、あの熱線を放ってくる様子はない。もしかしたらそう何度も連続で撃てるものじゃないのかもしれない。油断はできないけど。
あの熱線だけは転移じゃないと間に合わないからね。先に避けて軌道修正なんてされたら避けようがなくなるから、あれだけは神術による転移を使わざるを得ない。
「っ! おっと」
危なっ! ちょっと焦った。地面が砂だから思うように動けないんだよね。今みたいに足を取られたりする。ムトの意地の悪さがにじみ出たような階層だ。
「クォオオオオオオオ!!」
「っと、今度は噛みつきか!」
素早い首の動きに思わず焦りそうになったけど、なんとか寸前で避けた。
おっと、まずいまずい。油断をしたつもりはなかったけど、今まで無かった動きに少し動揺してしまった。
確かに速いけど、全く避けられないというほどでもないか。命の危険があるときは神力を使うけど、今の噛みつきは避けられる。
「……うん?」
あれ? 亀もどきが止まった。
なんでだろう。動けなくなったんだったら両手を上げて喜ぶんだけど……。
「っ!」
違う! 口に魔素が集まり始めてるってことはあの熱線か!!
僕はすぐさま転移の準備をして、いつでも避けられるように構える。でも、熱戦が僕を襲うことは無く、
「クゥオ!!」
代わりにその鋼のように固そうな顎で僕を叩き潰そうとしてきた。
「なっ!」
仕方なく準備していた転移で避ける。
「……まさか」
首を左右に揺らして僕の姿を探す亀もどきの後ろ姿を見ながら、一つの考えが頭をよぎった。
さっきのは明らかにフェイントだった。熱線を使うと思い込ませ、僕に転移を使わせた。もしかして使える神力が残り少ないと勘付かれた?
いや、神力を感じ取れたとしても、僕が使える神力の残量なんて分かるはずがない。
だとしたら偶然……?
「キュイィ!」
見つけた! と言ったように、その二つの青い瞳が僕を捉える。
「キュオオオオオオオ!!」
っ! 今度こそ熱線!
「クキャウ!!」
なっ! 今度は噛みつき!?
動揺を隠しきれず、冷や汗をかきながら亀もどきの頭上へと転移した。
「……っふー」
無意識のうちに呼吸を止めていたようで、息苦しさを感じ、それを解放するように深く息を吐いた。
「……焦らず、余裕を持って」
そう自分に言い聞かせる。
……よし、少し落ち着いた。
落ち着いてくると、だんだんと思考がまとまってくる。
あの亀もどきが僕に神力を使わせようとしているのは間違いない。それほど知能が高くないと思っていたけど、それは間違いだったみたいだ。あの亀もどきは賢い。
僕個人が使える神力の量を知られたわけじゃないと思う。おそらく僕が、避けきれない時だけ魔術ではない何かの力を使い、そしてそれを使うのを出来るだけ避けている。っていうのがバレたんだろう。
……これはまずいね。まさかあれだけの戦闘から気づかれるなんて。
もう少し時間を稼いでおきたかったけど、ベルと合流した方がいいかな? ここに残って亀もどきの相手をしていると神力が尽きて詰む可能性がある。
「……仕方ない」
とりあえず、ベルの居場所を探ろうと【サーチ】を魔術で使おうとすると、視線の先に何か動くものが見えた。
「あれは……、やっと来たか」
間違いない。あれはベルだ。
多分僕が頼んだものを持ってきてくれたんだろう。あれがあれば、あの亀もどきを倒すために使う神力の量が激減する。
作戦は順調だと思いきや、そう甘くは無かった。
亀もどきは、僕ーーではなく、遠く離れたベルへと向け、魔術の構築をしているところだった。
「っ!!」
僕はすぐさま神術【転移】でベルの元へと転移した。しかし、そのたった数秒で亀もどきはあの熱線の魔術を構築し、すでに放った後だった。
間に合わない!!
たとえ神術といえど、目の前の熱線を防げるほど早く行使することはできない。
ははっ。
油断してたつもりはこれっぽっちもなかったんだけどな。
……
…………
………………あれ?
痛くもないし、熱くもない。
「おい、ユート。離してくれねぇか。イテェ」
「……あ、ごめん」
思わず思いっきり掴んじゃってた。
「でも助けてくれてありがとうな」
「えっ?」
「これ、お前がやったんだろ?」
そうだ、熱線!
前を見てみれば、何か温かい力が僕らをドーム状に包み込み熱線を防いでいた。
「これ、は」
「は? お前じゃねぇのか?」
「……うん」
「じゃあ、誰が?」
分からないけど、この力を僕は知っている気がする。でも、それを思い出す前にまるで夢だったかのようにぼうっと消えてしまった。
「まぁ、なんだかよくわかんねぇけど、チャンスだ。ユート、頼むぜ」
……気にはなるけど、今はあの亀もどきの対処が先か。
ベルから、この作戦の要であるそれを受け取り、二人で亀もどきの腹の下へと転移する。
「じゃあ、やるよ」
「ああ」
この階層に来て真っ先にお世話になった物。
ムトへの憎しみが増したそれを、僕は起動した。
「よしっ!」
そして僕らはすぐさま亀もどきの真上よりも少し離れたところに転移する。
あとは、
「【加速】【加速】【加速】」
亀もどきの真上から降ってきている鉄球を神術でさらに落下速度を上げる。
「キュイ?」
まるで小型隕石でも降ってきたかのようにも見える鉄球は、僕の目でもギリギリ追えないほどの速さになり、亀もどきが見上げた時には地面へと落下して大きな穴を作っていた。
「ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
そう、地面に落下した。
それはつまり、あの頑固そうな甲羅を楽々と突き破ったということに他ならない。
「オオオオォォォォ……」
やっぱりあの甲羅の中は急所だったみたいだね。
僕は亀もどきが完全に動かなくなったのを確認して、ようやく警戒を解いた。
「……終わったのか?」
「うん。なんとかね」
僕の使える神力はもうからっから。転移すらできなくなった。
本当にギリギリだったみたい。
「……やったぜ」
地上に降りると、ベルは肢体を熱々の砂地に放り投げ、小さくそう呟いた。
もう叫ぶ元気もないんだろうね。かく言う僕もそうだけど。
僕も同じように寝転びたいところだけど、熱々の砂にまみれるのはちょっと遠慮したい。
謎の助けがあったものの、僕らは生きてる。
だったら僕らの、
「……勝利」
って言ってもいいよね。




