58話 戦闘準備
とは言ったものの、あの亀もどきを倒すのが難しいことに変わりない。
急所は頭か甲羅の中なんだと思うけど、頭を狙うとさっきの光線で相殺されるのがオチだろう。だから狙うとしたら避けようのない甲羅の中なんだけど、あの甲羅を破るほどの魔術を構築するのには時間がかかる。少なくとも二時間くらいは必要だ。
しかも、その間にあの亀もどきがまたあの光線を打ってきたら終わり。使える神力にも限りがあるからそう何度も使えない。
隠れて術の構築ができないかとも考えたけど、遮蔽物がないから隠れようがない。今はまだ見つかってないみたいだけど、さっきから僕たちを探しているみたいだから、見つかるのも時間の問題だろう。
そのことをベルに伝えると、
「だったら砂の中には隠れられないのか?」
「砂の中だとあの魔物の動きがわからないし、逃げ場がないから」
「……そうか」
僕に使える神力を全て使えばあの亀もどきは倒せるかもしれない。でも倒しきれなかったら? 防がれてしまったら?
そんな状況に陥れば、僕は自分の限界を超えて神力を使わざるを得ない。それはつまり、あいつを呼び出すということ。
あいつが表に出れば、僕は間違いなく昏睡状態に陥る。無防備な僕には、誰かを守ることも、僕自身を守ることもできやしない。
今までと同じように、僕が眠っている間はリンに守ってもらおうとも思ったけど、ベルも一緒に守ってもらうのは難しいだろう。
それに僕は飲まず食わずでも少しくらいなら大丈夫だけど、ベルは違う。目を覚ましたらベルが餓死してました、ってなっていても困る。
……そういえばリンはいつまで寝てるんだろう。こんな状況なんだから起きてきて欲しいんだけど。
「おい、ユート」
「何?」
「あいつ、こっち見てないか?」
「え?」
ベルに服の袖を引っ張られて思考の世界から帰ってくると、下から僕たちを見上げる亀もどきの目が合った。
「わぁ……、なんだかドキドキするよ」
「俺もだ。……恋か?」
「そんな恐ろし、……ッ!」
さっきと同様の構えをとった亀もどきを見て、咄嗟にベルを連れて亀もどきの背後へと転移する。もちろん神力で。
「おいおい、ほんと容赦ねぇな」
「全くだよ。多分僕らが死ぬまであの魔物は僕たちを殺しにくるんじゃない?」
「厄介な相手に目をつけられたぜ」
なんで僕らを狙うのかな。まだ僕たち何もしてないんだけどなぁ。
……あ、そうだ。
「ねぇベル。人身御供って知ってる?」
「ああ、まぁな。それが何……、って、おいッ!」
「まさか僕がベルの命と引き換えに助かろうとしているとでも?」
「……違うのか?」
「そんなことするはずないでしょ。僕がそんなことをするような奴に見える?」
「……いや、疑って悪りぃ」
全く、僕は命が大事だと思っているからそんなことするはずないじゃないか。
「でもだったらなんでさっきあんなことを聞いてきたんだよ」
「……僕はね。ベルの命を捧げようと思ったわけじゃないんだよ」
「どういう意味だ?」
「つまりね……、ベル、あの魔物の婿になってきてよ」
「は? 訳分んねぇよ!!」
「さっきドキドキしたって言ってたでしょ? あの魔物、メスみたいだし、きっとお似合いだって」
「馬鹿かお前は! そもそもドキドキしたって言ったのはお前だろ!?」
「確かにそう言ったかもしれない。でも僕はドキドキしたとしか言ってない。でもキミは違う。『……恋か?』なんて言ってたでしょ?」
「それは冗談だって! 分かるだろ!?」
「知らん!」
「はぁ!?」
「知らんよ! ボクジョウダンナンテワカラナイ」
「ふざけんな! つーか、こっち向いて話せよ!」
「バブー、バブー」
「お前はガキか!? ほんと、いい加減にしろ!!」
「痛い! 暴力反撃!」
「グボォ!?」
ふっ、僕に暴力を振るおうなんて46億年早いわ。
「お、お前なぁ。こんな時にふざけてどうすんだ」
「……僕、シリアスな空気があまり好きじゃないんだ」
「シリアス?」
「まぁ、深刻な重い雰囲気のことね」
「お、おう……。で、それとこれとなんの関係があんだよ」
「もちろんその場の空気を読むことだってあるよ。でも、なんだか無性にその空気を壊したくなることって……、あるよね?」
「ねーよ」
そ、そんな馬鹿な!
「えっ、無いの!?」
「あるわけねーだろ! 仮にあったとしても、実際にそんなことするやつなんて見たことねーぜ? 少なくともお前が初めてだ」
そんなはずは……。いや、でも地球にいた頃には居たけどなぁ。国の運命を左右するような会議の最中に漫才を始める双子の兄弟とか。墜落寸前の飛行機内でエアギターを弾き始める金髪のヤンキーとか。爆弾を解体中に全裸になろうとする三人組のおっさんとか。
……そういえばその人たちは周囲の人から白い目で見られていたような気がする。もしかして僕って、いわゆる変なやつだったりするのかな。
「僕って変?」
「ああ。変だな」
そんな……。今まで全く気がつかなかった。てっきりみんなも同じ気持ちだったのかと。
「じゃあ、超がつくほどの高級料理店で友達の髪を全剃りした時の周囲のあの反応は……」
「それはただ周囲の人間が引いてただけだろうが。つーか、その友達に謝れ」
「絶体絶命の状況で、戦友を励まそうとして戦友の一人の残り少ない髪の毛を剃って、『禿げ、増そうと思って』って言ったら仲間も敵も凍りついたのは……」
「お前はどうしてそうすぐに髪を剃るんだよ! つーか、そいつが気の毒すぎて仕方ねぇ」
「ちゃんとアフターケアはしたよ? 落ち着いた時に神術、まぁ魔術みたいなもので元に戻してあげたし」
「なんだ、お前もちゃんと良心があるじゃねぇか」
「もちろんその直後に全剃りしてあげたけど」
「前言撤回。お前は最低だ!」
「あの絶望した顔は忘れられないよ。ちなみに高級料理店の友人とさっきの戦友は同じ人ね」
「おい、まさかさっきの残り少ない髪の毛って、お前が剃ったからじゃねぇのか?」
「うん。大正解!」
にこやかにそう告げた瞬間、ベルはさっと僕から距離をとった。
いや、そんなに離れられるとあの亀もどきの攻撃が避けられないんだけど。
「お前、最低だな」
「いやいや、友達だから。かなり仲よかったから」
「俺、お前の友人には絶対になりたくねぇ」
「ひどっ!」
「どっちがだよ」
……さてさて。
ベルの緊張もほぐれたところで目の前の厄介者をどうにかしようか。
ちなみにさっきまでの会話にほとんど嘘はない。唯一嘘をついたのは、僕が周囲から浮いているということを、さも今初めて知ったかのように見せかけたことだけ。
それ以外は実は本当だったりする。……全剃りもね。
戦いにおいて最大の敵は何か。これは僕の持論なんだけど、その答えは緊張だと思ってる。
適度な緊張はいい。でも、スピーチとかで緊張してうまく話ができない人がいるのと同じで、緊張のしすぎは戦闘時にうまく動くことができない。戦いというのはほんの僅かな時間が生死を分けるものだから、動けなければそれはもう当然死ぬしかなくなる。
だから僕は、緊張するくらいなら全く緊張していない方がまだましだと思うんだ。それにその方が心に余裕ができるだろうし。
だからあの戦友たちとの共闘でも緊張をほぐそうとした。予想外にもあれのおかげで敵が怯んでくれたおかげで制圧しやすくなったのは嬉しい誤算だったなぁ。
「ベル。一つだけ」
「……なんだよ」
「一つだけ勝てるかもしれない作戦があるんだけど、やる?」
僕は亀もどきを警戒しつつ、その作戦をベルに説明すると、
「……上等だ。やってやるぜ」
「でも、下手をすれば死ぬかもしれない。それでもやる?」
「ああ。俺は作戦なんて思いつかねぇからな。それに……、あのアムラスを倒したお前の腕だけは信じてるぜ」
腕だけ、か……。ふざけ過ぎたかな。




