57話 不屈
その魔物の姿に似ている生き物は何か。
そう問われれば、僕が真っ先に思いついたのは亀だった。けれど、似ているというだけで、僕は目の前のそれを亀だとは思わないし、思いたくもない。こんなのが地球に存在する亀の一般的な姿なのであれば、人間は間違いなく滅んでる。
その魔物を見て、真っ先に頭に浮かぶ言葉は、
でかい。
ただその一言に尽きる。
実際、それを目の前にした僕の思考の九割はその言葉で埋め尽くされていた。
山と見間違えるほどというのは比喩でもなく言葉の通りで、僕はこれまでの人生で、目の前の亀もどき以上に大きな生き物を見たことはない。
えっ、思考の残りの一割は何かって? それはーー
バカジャナイノ?
だよ。
冷静に考えて、人間が動く山に勝てるとでも思う?
僕の師匠なら鼻歌交じりに拳一つで砕きそうなものではあるけど、僕はそこまで人間離れしてないから無理。
あいつならできるかもしれないけど、こんなダンジョンの中で交代して、反動で動けなくなろうものなら間違いなく僕たちは死んでしまう。
そして、その亀のような魔物の異質さはそれだけでは終わらない。
それは全体的にとても刺々しかった。
頭にツノ。甲羅の横からトゲ。顎下に無数のトゲ。尻尾の上部に一列に並ぶトゲ。手足に付いた鋭利なトゲ。
……なんなの? これ。
おそらくこれもムトが創った魔物なんだろうけど、あまりにも趣味が悪い。
なんとなく尖っていたらかっこいいとでも思ったのかな。
確かにトゲは危険だよ。でも、あんなに付いていたらむしろ邪魔じゃないかな。一本一本がかなり太いし、とても動きにくそう。
それにどうやってあの巨体を支えてるんだろう。太いとは言え、あんな足だけで支えられるとは思えない。となると、魔術で支えているのかな?
「グゥゥゥゥゥゥゥ」
「おい、ユート! なんか唸り出したぞ!!」
できれば戦いを避けられたらいいなぁ、なんて考えていたんだけど、残念ながら向こうが逃してくれないみたいだ。って、うん? なんだか口に魔素が集まっているようなーー
「ギュオオオオオオオ!!」
亀もどきの口に集まった魔素は光を放ち始め、咆哮と共に僕たちに光線が襲いかかってきた。
「なっ!?」
僕もベル同様に叫びたい気分だったけど、そんな余裕すらなかった。
急いでベルの腕を掴み、神術で結界を張った。
「っ!?」
嘘でしょ!?
僕は目の前の現実を受け入れることができなかった。
神力を使った神術は、数ある力の中でも最高峰。その神術[結界]に数秒でヒビを入れる魔術があるなんて……。
「オオオオオオオ!!」
再び魔物が吠えたと思えば、光線の太さが倍ほどになり軽々と僕の結界を貫いた。
まだ威力が上がるのか!
「っ!!」
そしてその光が僕たちにあたる次の瞬間、
「っ、ふぅ」
僕たちは亀もどきを見下ろしていた。
「一体、何が……」
「おっと、ベル。あまり動かないで。下手すると落ちるよ?」
足場は最低限しか作ってないから、一歩ずれたら落下間違いなしだ。
「どうなったんだ? 俺らはあの光で死んだはずじゃ」
「いやぁ、結界を張った直後から転移は準備していたんだよ? でも、想像以上にあの魔物の攻撃が強くてさ」
「じゃあ、なんだ? 俺らは助かったのか?」
「一応ね? でも、本当の意味で助かったとは言い難いかな。まだあれをなんとかしないといけないし。ベルってあの魔物に見覚えとかないの?」
「いや、ねぇな。悪い、爺ちゃんなら何か知っているとは思うが」
「ううん、大丈夫。何か弱点があったらと思っただけだから」
「あれって弱点あんのか?」
「生き物には何かしら弱点があるとは思うんだけど、あれを創ったのは多分ムトでしょ? 意地悪く創ってたら」
「弱点はないな」
「うん」
あの甲羅を砕くのは骨が折れそうだ。神力で殴ろうものなら文字通り、ね。
「にしても、さっきの光は魔術か?」
「うん。光を操る魔術だね。光のブレスとか熱線とも言えるかな。あれを見て」
さっき亀もどきが放った魔術の跡を指差すと、ベルは絶句して声も出せないようだった。
「あれがさっきの魔術の跡だよ」
「……全部溶けてんじゃねぇか」
熱線が当たった場所の砂はあまりの高温に耐えきれず、ドロドロに溶けてしまっている。
「発動速度も速いし、あれはかなり脅威だね」
「……だな」
魔術で防ぐには時間が足りない。それに強度も。
やっぱりこの状況はまずいか。僕が使える残り少ない神力がさらに減ってしまったし。
とは言え、あの時使わなければ僕もベルも確実に死んでいた。だから使ったことに後悔はしていないんだけど、あの攻撃を避けながら倒せるほどの神力は残念ながらもう残っていない。
正直に言って、あの亀もどきに勝つのは難しい。僕が思いつく作戦は賭けばかりで、死んでもおかしくないようものばかりだ。……となるとここで引くしかない、かな。
今引けば僕もベルも助かる。でも、他に囚われている村人たちをもう一度助けに行く余裕はなくなってしまう。
助けられるのなら助けたい。でも、知り合いのベルと顔も知らない他人ならば、……僕はベルを助ける。
「ベル、よく聞いて。あの魔物は強い。今の僕では勝てないほどに強いんだ」
「そう、だな。でも……、おい、まさか」
「うん。……他の村人たちのことは諦めよう」
「テメェ!! ふざけんな! 俺らが助けなきゃ誰が助けるってんだ!!」
ベルに胸倉を掴まれ、僕の足が宙に浮く。ベルの気持ちはよく分かる。でも、人間はなんでもできるわけじゃない。
僕は表情を変えずに話を続けた。
「僕も助けたいとは思う。でもね、ベル。このままだと確実に死ぬ。死んだらできることだってできなくなる」
「……」
「それに、僕は知らない人よりも知り合いを助けたい。僕はベルに死んで欲しくないんだ」
「……それだけか?」
「何が?」
「言いたいことはそれだけか?」
「……」
「お前の言いたいことは分かった。あいつと戦えば死ぬってことも、知り合いを優先したいっていうこともな。俺だって爺ちゃんと知らない奴のどっちかを助けるなら、爺ちゃんを助ける。でもな、何もせずに諦めたくはねぇ。それがだれかの命がかかっているのならなおさらな」
「……本気でやる気?」
「ああ、一通り気の済むまでやってやるぜ。それでダメだった時は……、そんとき考える」
ダメだったらって、それ死んでない?
でも……、昔ベルと同じようなことを言っている奴がいたなぁ。ほんと、馬鹿な奴だった。
「……死ぬかもよ?」
「死なねぇよ。まだ何もしてねぇからな」
ベルは胸倉から手を離すと、僕ににかっと、笑いかけてきた。
もっと命を大切にして欲しいもんだ。……自分の命も。
「気が変わったよ。もう少しだけ手伝う」
「そうか? 別に俺に付き合わなくても」
「いや、僕がそうしたいって思ったんだ。だったらそのように動くよ」
「いいのか?」
「僕は自由。自由に生き、誰にも縛られない。自由こそが僕の全てだよ」
「……そうか」
僕がそう告げた途端、いつものベルじゃないような、そんな妖しい笑みを見た気がした。
「なら頼むぜ?」
そうベルが言葉を返してきたときにはいつもの、少し馬鹿そうなベルに戻っていた。……気のせいだったのかな?
「任せてよ」
死にはしない。ベルも死なせない。あるのは、勝利のみ!




