55話 四階層
「あっ、開いた」
ピクリとも動かなくなり、もはや本当にただの枯れ木になってしまった魔物の遺体に黙祷を捧げていると、おそらく次の階層へと繋がるであろう扉が音を立てて開いた。
「行こうぜ、ユート」
「ベル、キミに罪悪感というものはないの?」
「だって魔物だしな」
この世界の住人からしたらそれが普通の感覚なのかもしれない。でも、魔物のいなかった世界からきた僕としては、その、……本当に申し訳ない。話が通じないのならまだ割り切れる。でも、さっきまで会話していて、しかも兄の仇だというのだからなおのこと。
「お前、アムラスは殺せるのにな」
「アムラスは喋らなかったからね。知性もほとんどなかったし」
「……ま、分からんでもねぇ」
僕は知性あるなしは関係なく、命を奪うのがあまり好きじゃない。いや、むしろ嫌いだ。だって僕が一番嫌いな束縛を一方的に押し付ける行為なんだから。
「でも頼むぜ? ここはダンジョン。今は村人たちを閉じ込めている監獄だ。やらなきゃ俺らだけでなくみんなも死んじまう」
「分かってるよ」
ただの枯れ木にそっと触れた後、扉の中へと入った。
「暗いな」
「ちょっと待って。今明かりを」
と言いかけたところで、徐々に周囲見えるようになってきた。目が慣れてきたのかとも思ったけど、どうやら周囲の岩肌がほんのりと青白く発光しているようだった。
「青光石だな。一定の感覚で青白く光るんだ。それほど明るくもねぇし、特に使い道はねぇ石だが、演劇なんかの演出に使われることがある」
「へぇ、演劇か。見てみたいな」
「エルムス国にはなかったか? ……ああ、そう言えば前国王が会場を潰して別宅を建てたんだったな」
え、なにそれ。
「前国王が?」
「ああ。演劇はつまらないって言って、その関係者は国から追放したらしいぜ?」
ほんと、前国王はなにをやってるんだか。通りでウォルのハゲが進行するわけだ。
うまく隠しているみたいだったけど、以前部屋にこっそりと忍び込んだときに見てしまった
んだ。ウォルの頭頂部が少し薄くなっていた。
本人は二つの鏡を巧みに使って見ては、紙なんて簡単に吹き飛びそうなほど大きなため息を吐いていた。
「前国王って確か病気で死んだんだっけ」
「ああ、不摂生でな。……表向きは、だが」
「っていうことは何か裏が?」
「現国王が何かしたみたいだぜ? 流石になにをしたかまでは分かってねぇが」
「よく知ってるね、そんなこと」
「知り合いに聞いたんだ。情報通がいてな」
「ふーん」
あのウォルが隠蔽したであろう情報を抜き出すほどの人物か。一度会ってみたいものだね。
「ん、あそこに何かあるな」
罠があるといけないから【ライト】で周囲を照らすと、ベルが何かを見つけたらしい。そこへ視線を向けると、そこには見覚えのある陣があった。
「あれは転移の陣だね。この階層に来る時もあれで来たよ」
「ってことは、あれに乗ればいいのか」
「うん。そうだと思う」
「なら早く行こうぜ。俺が先に行くか?」
「いや、転移した先になにがあるかわからないから、先に僕が行くよ。最悪の場合、僕は転移で戻ってこれるけどベルは戻ってこれないからね。三十数えてからベルも来て」
「分かった。気をつけろよ」
「うん」
念のため陣に妙な細工がしてないか確認した後、僕は陣に足を踏み入れた。すると、その瞬間に視界が切り替わった。
「ここは……、砂漠かな」
見渡す限り一面砂景色。僕としては、雪景色の方が好きなんだけど。
「さて、周囲に魔物は……、いないか。大丈夫そうだね」
とりあえず周囲に危険はないらしい。ただ熱いことを除けば。
「っと、よぉ」
「ベル、とりあえずは大丈夫そう」
「そうか。にしても熱ぃな」
「大丈夫? 氷でも出そうか?」
「いや、いい。にしても、ゴルタルにある砂漠にそっくりだな。まさかそこに飛ばされたんじゃねぇよな
どうやらゴルタルに砂漠があるらしい。一応村人たちの位置を把握するのも兼ねて、【サーチ】を使うと、
「あれ、ここ三階層じゃない」
「は?」
「ここは四階層、みたいだね」
どういうことだろう。神術の【サーチ】じゃないから地形まではわからないけど、生物ならわかる。だからそれを頼りにこのダンジョンを把握しているんだけど、この階層よりも下に3つ反応がある。
一番下は一階層。ムトに出会った場所だ。ここには魔物の反応はないけど、外にいる人の反応があるから、ここが一番下だと判断した。
その上はさっきまでいた二階層。ここには未だ魔物の反応がある。
そして問題の三階層なんだけど、
「魔物はいるけど、村人はいないみたい。あの時はまだ反応があったんだけど」
「邪神の野郎、まさか!」
おそらくベルはムトが何かしたと思ったんだろう。
「多分それはないよ。本人が手を出さないと言っていたから」
「そんなの信用できねぇだろ!」
「嘘はついていなかったと思う。それよりも考えられるのは……」
「ーーまさか」
「……うん。三階層から生存者がいなくなったから」
だから三階層には転移せず、生存者のいる四階層に来た。
「でも、なんで三階層を飛ばしたんだ? そうすりゃ、他の村人が死ぬまでの時間稼ぎになったはずじゃねぇか」
「……ゲームだからだよ」
「ゲーム?」
「うん、ムトは言ったんだ。ゲームをしようって。僕が村人たちを助けられたら僕の勝ち」
「俺たちが死んだり、助けられなかったら俺らの負け、か。ふざけやがって。でもそれと何の関係があるんだ?」
「もしゲームをするとして、勝ちが分かりきっていたら面白くないでしょ? ギリギリ勝てるか勝てないか。その境界が最も面白い」
「なるほどな。時間稼ぎして勝つなんてツマラねぇってわけか。くそッ! ふざけやがって!」
だとすると、まず間違いなくムトは僕たちを監視している。ルールがあるわけじゃないけど、ムトの機嫌を損ねるような力の使い方をしない方がいいか。
「ベル、ここでどうこう言っていても仕方ないし、先に進もう。あっちに村人がいる」
「……ああ」
「ベルの気持ちはわかるけど、今はーー」
と言いつつ、一歩踏み出した瞬間に、カチッという嫌な音と、ゴキブリを踏んだ時のようにゾワゾワとした感覚に見舞われた。
「……おい」
「……うん」
どうやらこの階層には罠が仕掛けられているらしい。それも砂の中に。
「何か音がーー」
風を切るような音がするから、その出どころを探ろうと周囲を見渡して、最後に上を見上げてそれを視界に入れた瞬間に僕はベルを連れてその場から飛び退いていた。
「ッ!」
「おわッ!」
雑にベルを引っ張ったせいで、ベルの顔面が砂に突き刺さる。
僕たちの立っていた場所を見れば、そこには僕の身長の倍はあるような巨大な鉄球があった。
「……危ないにもほどがあるでしょ」
「ッ! おい、ユート! 何す、ん、……だ」
自分のみに何が降りかかったのか理解したベルは、真っ赤にした顔を、青光石のように青白くさせた。
しかし、数秒後にはその顔を再び溶岩のように真っ赤にさせた。
「……おい」
「うん、僕も流石にイラっとした」
僕たちの視線の先には鉄球がある。でも、問題はその鉄球に書かれている文字だ。
「『バーカ、バーカ! こんな罠に引っかかるなんて。プププッ、笑いが止まらないよ。by邪神ムト』か。……ぜってぇ殺す」
「ダメだよ。殺しちゃ」
「ああん?」
そう、ダメだよ。そう簡単に殺しちゃいけない。
「鉄球に詰めて晒しものにしよう」
「なるほど。屈辱を与えてからか。お前もなかなかえげつねぇな」
だから殺しちゃダメだって。
でも、神は寿命が長いから、その分長く痛めつけられるね。……精神を。
「待っててね。ムト」
僕は今どんな顔をしているかな。ハハハ。見てる? ムト。




