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54話 不幸な事故

「オレノアニヲコロシタノカァァァァァァァ!!」


 枯れた木は鞭のようにその枝をしならせながら、そう叫んだ。

 まぁ、見て分かる通り魔物で間違い無いと思う。普通の木は喋ったりしない。地球にいた頃、樹齢万年を超える木は意志を持つなんて話を本で読んだことがあったけど、残念ながら見つけることはできなかった。


 なのでこれが初めて、意志を持ち喋る木というわけなんだけど……、何というか残念だ。

 さっき見た巨木のようにもっと生命力の溢れる木を想像していたんだけど、この木はハゲてる。それに生きてる感じがしない。喋るたびに幹に浮かぶ目と口が歪んで気味が悪い。と、見ていて気持ちのいいものじゃない。


「兄を殺したって、ユート。そんな奴いたか?」

「いや、見てないけど」


 確かに何度も魔物からの襲撃はあったから、返り討ちにした。でもそれは全て動物型の魔物だったはずだ。植物型の魔物なんて見ていない。


「イヤ、オマエダ。オマエガ、オレノアニヲ、コロシタンダ」


 そう言って目の前の魔物はベルーーではなく、僕の方に枝を向けた。……えっ、僕?


「おい、やっぱりお前じゃん」

「いや、でもベルも見てたでしょ? あんな魔物いなかったよ」

「お前が倒した魔物の中にいたんじゃねぇか?」


 そんなまさか……、いや、もしかしてこの魔物は植物型だけど、動物型の魔物のことを兄と呼んでいたとか? でもこの魔物に匹敵するような強さを持つ魔物なんていなかったけど。

 そんな僕の考えを見抜くかのように、枯れ木は語り始めた。


「ジャシンサマカラ、セイヲウケテ、マモナイガ、オレハ、アニヨリモ、オトッテイタ。ミタメハ、カワラナイノニ、ツヨサモ、アタマノデキモ、ナニモカモ」


 見た目が変わらないってことはやっぱり同じ植物型だったんだ。なら僕は一度も会ってないと思うんだけど……。


「アニハ、コノトビラヲマモル、シュゴシャデ、ショセン、オレハ、ソノ、ホジョニ、スギナイ。アニノタメニ、スコシデモ、ジカンヲカセグノガ、オレノ、ヤクワリダッタ。ダガ、アニハ、ソンナオレノコトヲ、オトウトダトイッテ、アイシテクレタ。ショウモウヒンニスギナイ、オレノコトヲ」


 僕にはこの枯れ木が嘘を言っているようには思えなかった。周囲の魔物よりも力を持っているというのも、守護者の補助と言う立場なら頷ける。

 ただ、邪神ムトがそのように創ったからなのか、それとも創った後に歪んでしまったからなのかは分からないけど、さっきからいかに兄が素晴らしい存在だったのかを永遠と喋り続けている。ベルもうんざりしてきたようで、ずっと僕に「さっさと倒してくれ」という視線を送り続けてきていた。


 僕も同じ気持ちではあるけど、不意打ちするのは心苦しい。たとえ魔物といえど、あんなにも嬉々と喋っていたら攻撃しづらい。


「……トマァ、オレノアニハ、コトバデハ、イイアラワセナイホドニ、スバラシイカラ、コノクライニシテオコウ」


 なら言い表さないで、と思ったのはきっと僕だけじゃないと思う。


「ソンナアニヲダ!!」


 突如枯れ木は叫んだ。その声を聞いた木々は、まるで怯えているかのようにざわざわと音を立てる。


「ソンナアニヲ、オマエガコロシタ!」


 と、言われても、僕には全く身に覚えがない。

 枯れ木の言っていることを聞いて、枯れ木が兄のことをどれだけ慕っているのかよく分かった。兄が死んでしまったというのも残念だとは思う。でも、僕は殺してなんかない。


「僕はキミの兄を殺してなんかないと思うよ。だって喋る木に今初めて会ったんだよ? キミの兄も喋る木なら、会ったことはないと思うけど」

「アア、タシカニ、オマエハ、アッテイナイ」


 会ってない? それならーー


「オマエハ、ヒキョウモノダ」

「え?」

「オレラノ、ヤクワリハ、シッテイル。ダカラ、タタカイノナカデ、シヌノハ、カマワナイ。ダガ、オマエハ、コトモアロウニ、オレラノ、イノチノミナモトデアル、カワノミズニ、ドクヲナガシタ!」


 川の水、毒? 僕は別に毒なんて持って……


「ああっ!!」

「どうした、ユート」

「もしかして……」


 僕はリュックの中から使いかけの洗剤を取り出した。


「なんだ、それ」

「これが僕が言ってた洗剤だよ。服の汚れなんかを落とすものなんだけど」

「これが? 変わった容器に入ってんだな。材質はなんだ? これ」


 どうやらベルはプラスチック容器に夢中のようだ。ベルの住んでいるゴルタルは作ることに関してはピカイチらしいから、その国に住むベルが見ていないのならこの世界にプラスチック容器はないのかもしれない。


「もしかしてあれのこと?」

「ソウダ、オマエハアレヲ、カワニナガシタ。ソノミズヲスッタアニガ、シンダノダ」


 確かにそれは僕にも責任がある。うっかり川にこぼしてしまったのは僕なんだから。

 でも、洗剤で死ぬようなことってあるのかな。それに川の水だってたくさんあるんだから薄くなると思うんだけど。


「あ……」


 気になってベルの持っている洗剤の説明書きを見てみると、赤文字で『百倍に薄めてお使いください』と書かれていた。


「でも、それでも百倍でしょ? だったら」


 と、そこまで口に出してようやく僕は思い出した。百倍に薄めてというのは、製品として売っているものを薄めてというもの。でもあれは工場で貰ったかなり濃度の高いものだ。

 これを渡された時に、『これはかなり濃度が高けぇ。別に触ったくらいじゃ死なねぇが、飲んだり川に流したりすんなよ』って工場長に言われた記憶がある。


 ボトルはその工場が作っていた製品を入れるものだけど、中身は違う。確か、工場長が個人的に極秘で作っていた、対汚物洗浄滅菌兵器【女神の涙】。どんな汚れも数分で落とし、さらに良い臭いを対象に定着させる、言わば洗濯界の核兵器。それがこの洗剤だ。


 工場長にもし川に流してしまったらどうなるのか聞いたら、川が死ぬって言ってた。そんな危険なものを僕は川に流してしまったというわけだ。……うん、笑えない。


「本当にごめん。キミの兄を殺したくてあれを流したわけじゃないんだ」

「シャザイハ、イラナイ。オレハ、アニノカタキヲ、トルダケダ」


 枯れ木は準備運動でもするかのように、枝を左右にゆらゆらと揺らし始めた。

 戦いは避けられないか……。でも、申し訳ないとは思うけど、僕は死ぬ気はさらさらない。まだやりたいことがたくさんあるんだ。こんなところで死に縛られるわけにはいかない。


「許されようとは思ってないよ。昔も、今も。……ただ、伝えるのと伝えないのでは大きな差があると思うから」


 僕は誠意を込めて拳を構え、名乗る。


「僕はユート。自由に生きる、ただの人間だよ」

「オレニ、ナハナイ。タダノ、マモノダ」


 名が無いとはいえ、僕の名乗りに答えてくれたのが少し嬉しかった。


 相手は初めて戦うタイプの魔物だ。たぶん、枝をしならせていることから、枝で叩き潰しにくるんじゃないかと思う。それにこれだけ知性があれば魔術を使ってくる可能性もある。

 ベルもいるし、長期戦は避けたほうがいいか。


 師匠から教わった体術の中に、拳を突き出し、その衝撃を遠くに移すものがある。まずはそれで、相手がどれだけ動けるのか確かめよう。

 そう考えて拳を突き出した次の瞬間、


「あ、ユート。これ返すわ」


 僕の突き出した拳の先に、ベルが投げてよこした洗剤の、正確には【女神の涙】が入った洗剤の容器が飛んでくる。となると、それはもちろん僕の拳に当たる。

 洗剤は真っ直ぐに枯れ木の元へと飛んで行って、そして……、爆ぜた。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 爆ぜた容器の中身が飛び散り、爆心地にいた枯れ木が最も多大な被害を被るのは自明の理。まるで硫酸をかけられたかのような悲鳴をあげ、すぐに動かなくなってしまった。


「あれ、なんかやっちまった?」


 ……ベル、少し空気を読んで欲しかったよ。

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