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53話 一人目

 侵入を拒むかのように乱雑に立つ木々の中を突き進むと、突如視界が開けた。そして、僕らの視界に入ったのは、見たこともない木。天をも貫くような、生命力の溢れる神秘めいた大木だった。


「ベル、これは」

「分かんねぇ。ただ、すげぇって思った」


 それは僕も思った。ただただ凄いという言葉しか出てこない。初めて海を見た時のような感覚が一番近いだろうか。自分がちっぽけな存在だと思わせられる。


「あれ、もしかしなくてもあれって太陽だよね」

「ん? ああ。気づいてなかったのか」


 ダンジョンの中に、ましてここは塔の中だよ? 塔の中に太陽があったら違和感しかない。

 でも、図書館でダンジョンについて書いてある本を読んで、知識として持っていたからそれほど驚きはしなかった。


 図書館に置いてあった本によると、ダンジョンの形は決まっていないらしい。僕が初めて入ったダンジョンのように洞窟型のものもあれば、この塔の形をしたダンジョンもある。そして、大抵のダンジョンは外見と中身が一致しない。


 例えば、僕が初めて入ったダンジョンは洞窟型で、中は森が広がっていた。普通に考えて、洞窟の中に森があるなんていうのはありえない。

 この塔だってそうだ。外から見れば塔なのに、森が広がっていた。加えて空には青空が広がり、太陽がこちらを覗き込んでいる。

 それに広さもおかしいね。この空間は塔の大きさにしては広すぎる。


 でも、そんな現実では考えられないようなことをやってのけるのが邪神だ。言わば、ダンジョンは邪神の創った擬似世界と言える。


 正直仕組みは全くわからない。僕のサーチがどうしてこの広い空間を超えて他の階層まで探知できているのかも疑問だ。でも、ベルを見つけられたことから、サーチがおかしくなったというわけでもないと思う。ここに村人がいるのなら尚更ね。


「川沿いに木は生えてなかったし、川に太陽が写っていたしな」

「そういえばそうだったような」

「……お前、もうちょっと周りを見ろよ。敵地だぜ?」


 そんな呆れたような目で見ないで欲しいな。……確かにちょっと不用心だったかもしれないけど。


「くっ、ならベルも気をつけてよね。いきなり邪神に啖呵切るなんて自殺志願もいいとこだよ」

「……悪かったよ。俺だってちっとは反省してんだ」


 そう言ってベルはそっぽを向いた。

 まぁ、気持ちはよくわかるよ。そこらへんの小悪党が言ったんなら、僕もベルと同じようなことをしたかもしれない。でもあれは相手が悪すぎる。


「次から気をつけてくれたらいいよ。幸い、次があるんだから」

「……だな。俺は運が良かった」


 下手したらその場で即死してただろうからね。


「村人を助けに来たのに死んだんじゃ、来た意味がねぇからな」

「だね」

「で、どこにいるんだ? この辺だろ?」

「多分あの大木の側じゃないかな。位置的にはその辺りだと思う」

「分かった。周囲に魔物はいるか?」

「気配はないね。それに【サーチ】を使った時も、この辺りだけは魔物がいなかった」

「ならここが魔物の近寄らない場所なのか」

「油断は禁物だよ。それに今までは罠がなかったけど、魔物のいないここには仕掛けられてるかもしれない。注意したほうがいい」


 そもそも、邪神ムトがダンジョン内に安全な場所を作るメリットがあると思えない。普通のダンジョンなら、そういった場所を作って人を呼び込みやすくする、とかあるかもしれないけど、今回ムトの目的は僕に会うためらしいから、それは当てはまらない。もちろん僕に会うためだけにこのダンジョンを作ったとは思えないけど。


 でも、その辺は考えても仕方ない。分からないことを考えても、思いつくものは全て憶測に過ぎないからね。そんな不確かなものに振り回されていたら本末転倒だ。


 とりあえず今は自分にできることをする、かな。


「分かってる。俺が罠を確認する。ユートは周囲に気をつけてくれ」

「うん」


 少し移動のペースを落として大木まで移動する。僕らの慎重さをあざ笑うかのように何もなかったけど、無事大木の根元までたどり着いた。


「おいっ! 誰かいるか!」


 ベルが声を張り上げる。大きな声は魔物を呼ぶ危険があるけど、周囲に魔物の気配がないのは確認済みだ。


「俺は見習い商人のベルだ! 助けに来た!」


 見習いは外さないんだね。そういえば初めて会った時も見習い商人だって名乗ってたっけ。


「うん? ベル、あそこ」


 少し気配がしたところを見ると、大木の根の間に人が入れそうな窪みがあった。そしてそこから覗く顔が一つ。


「あんた、ホガ村の人か」

「あ、ああ。お前らは?」

「俺らはあんたを助けに来たんだ」

「本当か! ……良かった。本当に」


 その青年は少し疲れている顔をしているものの、健康に問題はなさそうだった。聞いてみれば、転移させられてからずっとここに隠れていたらしい。幸い、水筒を持っていたので喉の渇きは潤せたのだとか。


 これまでの経緯を簡単に説明すると、ショックのあまりしばらく思考が停止していたようだった。立ったまま気絶したのかと思ったよ。


「それで、俺はどうすれば」

「キミは僕が魔術でダンジョンの外まで送るよ」

「そんなことができるのか?」

「大丈夫。外に出たらベルのお爺さんにここはダンジョンだったって伝えてくれる? 多分村長の家にいると思うから」

「分かった。必ず伝えよう。……本当にありがとう」


 僕は青年を転移で外に送り、周囲を探索していたベルに声をかけた。


「終わったか?」

「うん。次は三階層に一人。……二人だったんだけどね」


 ベルを助ける前は三階層には二人いた。でも、さっき【サーチ】使ったら、一人になっていた。

 それが意味するのは……。


「……急ごうぜ」

「でも冷静にね」

「ああ」


 止まって話をしていては時間の無駄だから、移動しながら今後の方針を立てる。


「次の階層なんだけど」

「ああ、どっかに入口があるはずだ。だが……」

「だが?」

「普通のダンジョンなら、その入り口は魔物が守っているはずだ」


 入り口を守る魔物……、確か階層主と呼ばれてるんだっけ。

 階層主は他の魔物に比べて強い力を持っていて、倒さないと次の階層に行けないらしい。


「だから、そいつを見つけないことには始まらないんだが」

「どこにいるか分からない、か」

「ああ、ユートのサーチとかいうのでなんとかならねぇのか?」

「無理だね。魔物の位置は特定できても、それが階層主なのかは分からないよ」

「つっても、この森の中を探し続けてたら爺になっちまうぞ」


 うーん、階層主の位置を特定する方法ね。何か特徴があれば……。


「階層主だけが持つ何かって無いの?」

「何か、ねー。……他の奴より強ぇとか」

「確かにそれなら絞り込めそうだけど、流石にそれだけじゃ」


 強いと言っても、何となく感覚で感じ取るくらいしかできない。流石にそれじゃ決め手にならないなぁ。

 こんな時にあの暴力シスターがいればすぐに見つけられるのかも……。


 階層主……、他の魔物に比べて強い……、倒さないと次の階層に行けない……、入り口を守る魔物……、入り口を守る?


「あっ、入り口を守るってことはそこから動かない?」

「それだ! それで絞り込めねぇか?」

「ちょっと待って」


【サーチ】を使い、動かない魔物に絞り込む。そして、その中から最も強い気配はーー


「いた。川を下った所」

「よっしゃぁ! 急ごうぜ」


 とは言っても、間違っている可能性もある。だから、当たったらいいなぁ、っていう程度の気持ちで僕は向かったんだけど、


「……あったよ」


 そこにはこの塔に入る時と同じ扉があった。大きな岩があり、その岩肌にめり込む形でそれはあった。

 多分あの先が三階層に繋がっているか、あの扉の先に転移の陣があるんじゃないかな。


「けどよ、階層主がいないぜ」

「だね」


 木の幹に身を隠しながら確認したけど、階層主はそこにいなかった。階層主も一応魔物みたいだし、食事にでも行っているのかな?


「まぁいいや、行こうぜ」

「罠に注意して」

「分かってるって」


 二人で慎重に進む。そして扉まであと五メートルほどのところで、それは動き出した。


「……オマエラカ」

「っ! ベル、下がって!」


 扉の前に一本だけ生えていた枯れた木が動き出し、その枝を鞭のようにしならせながらゆっくりと近づいてきた。


「……オマエラガ、ヤッタノカ?」

「何を?」


 どうやらこの魔物は話が通じるらしい。できれば面倒だから通してくれるとありがたいんだけど。


「……オマエラガ、オレノ」

「俺の?」

「オレノアニヲコロシタノカァァァァァァァ!!」


 ……はい?


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