52話 【死神の一閃】
「にしても歩きにくいなぁ。ユート、なんとかなんねぇのか?」
「ここら辺一帯を吹き飛ばしてっていうこと? 意外とベルも大胆だね」
「んなわけあるか! この膝丈まである草をなんとかできないかって聞いてんだよ」
「できなくはないけど」
「なら頼む! 今すぐにやってくれ。歩きにくくて仕方ねぇ」
「でも、そうするとここら辺一帯が更地になるけどいいの?」
「いいわけあるか! なんでそう極端なんだよ。俺らの歩く道だけでいいんだって」
「分かってるよ。僕に任せておきなさいな」
「……すっげぇ不安なんだが」
失礼な。そんなこと言っちゃっていいのかな? 手元が狂ってベルごと吹き飛ばしたとしても文句は言わせないよ?
「なんだか身の危険を感じる……」
「へぇ、ベルって案外危機察知能力が高いんだね」
「てことは俺に何かしようとしてたんだな! そうなんだな!!」
「やだなー、ソンナワケナイジャナイカ」
「目をそらしながらカタコトで言われて納得する奴はこの世にいねぇ」
はっはっは、何のことかな。
「ほら、目を逸らしてないでさっさとしてくれ」
「分かったって。……えっと、確かこうだったかな」
本当に久しぶりに使うから忘れかけてた。でも、ちゃんと発動したから問題はない……、はず。
「おおっ! すげぇ」
ベルの数メートル前方の草が次々と刈られていく。仕組みはとても単純で、ただ風を利用して草を切っているだけ。それ以外のことは一切必要なし。魔素もほとんど消費しないから、発動し続けても問題ない。
「僕の魔術の師匠に初めて教えてもらった魔術だよ。最近は全く使ってないけど」
「何っていう魔術なんだ?」
「草刈り」
「は?」
「魔術名は【草刈り】だよ」
「何だよ、その情けない名前は」
「って言われてもね、僕は師匠からそう聞いたよ? でも他の魔術師は違う名前で呼んでたなぁ」
「それは?」
「【死神の一閃】だったかな。必要な魔素も少ないし、何より一瞬で発動できるからね。まるで見えない死神が鎌を振るっているようだ、っていうことでこの名前が付いたって聞いたよ」
「草刈りと死神って、随分とギャップが激しいな……」
「まぁ、魔術師には魔術に対する耐性を持っているから、このくらいの魔術で死ぬことなんてまずないよ。力を持った魔術師なら尚更ね」
「なら名前負けだな」
そう言ってベルは鼻で笑った。
でも、真実は違う。確かに、見えない死神が鎌を振るっているようだから、という理由で付けられたというのは間違いではない。しかし、それは後付けでしかないんだ。
本当の理由は、大昔にこの魔術を作った本人が日記にして残していた。そして、それを読んだ人は口々にこう言った。
『確かにこの魔術は【死神の一閃】だ』と。
もちろん僕もその一人だ。その日記にはこう書かれていた。
『◯月×日。俺はついに……、ついに魔術を完成させた。長かった。辛かった。あいつは次々と魔術を作るのに、俺だけが作れなかった。周りの奴らの嘲笑を見て、俺の心は何度も折れかかった。もういっそ魔術なんてやめてしまおうとも思った。だが、それも今日までだ!
俺は世界で初めて、風を操る魔術を完成させたんだ! これで俺を馬鹿にする奴はいなくなる。そう、俺の、この【死神の一閃】が世界中に轟くのだ! 俺の名と共に! 名前は、何と無くだな。だが、かっこいいだろ? あいつに勝つ術の名前だ。かっこよくなくてはな。
では、今から魔術の天才と謳われたあいつに勝負を挑むとしよう。俺と【死神の一閃】があれば怖いものなんてない。待っててくれ、妹よ。俺は魔術で頂点に立つ!』
驚くべき点は、この日記を書いた人物が初めて風を操る魔術を作ったということ。他の魔術書も読んでみたけど、どうやらこの人物が書いていることに間違いは無いようだった。それを裏付ける魔術書も何冊か存在したから。
でも、さっきも言ったようにこの魔術は威力が低い。魔術師の耐性を越えられるほどのものではないんだ。
……そして、この日記には続きがあった。
『◯月△日。ごめんな、兄ちゃんダメだったよ。迷惑ばっかかけて、本当にごめんな』
涙の跡で字がぼやけていたけれど、その日記には確かにそう書かれていた。そして、それが最後の言葉だった。後のページには何も書かれておらず、それ以外に彼の残した書物は一切残っていない。……彼の残した書物は。
この当時のことを書いた本が一冊だけ存在する。それも、魔術師たちにとって神と言える存在が書いた本だ。
魔術師の中にその人を知らない者はいない。何せ、その人が現在存在する魔術の根本を作り、さらに数世代分まで発展させたのだから。まさに、魔術の天才、神と言える。
話が逸れてしまったけど、その人が初めて書いた本の中にそれは書かれていた。
『私は魔術というものを作った初めての人物だと思う。きっかけは覚えていない。本当にふとしたときに思いついたのだ。それからというもの、私は魔術に没頭した。
ある時、私の魔術を使いたいと言う者が現れた。別に独占するつもりもなかったので教えてやった。そしていつしか、私の周りには魔術を使う者、魔術師が増えていった。
しかし、周りの魔術師たちは新たな魔術を自分で作ろうとしなかった。皆、私が新たな魔術を作るのを待っているのだ。そのくせ、プライドだけは高い。
私は落胆した。失望した。教える時間が無駄だと思った。そんな時だ。
一人の青年が私に勝負を挑んできた。もちろん魔術でだ。周囲の者は一様に彼に侮蔑の言葉を浴びせたが、私は少し期待していたのだと思う。皆、勝てるはずがないと勝負を挑んでくる者はいなかったからな。
戦った。そして私が勝った。皆、口々に彼を罵った。しかし、私はそれどころではなかった。
彼は風を操り、私の手に傷をつけたのだ。風という、目に見えないものを操って。
私は驚きと同時に感激した。今まで私の後ろをついてくることしか出来なかった者とは違い、私の隣に立った人物がいたのだ。いや、それでは彼に失礼だ。彼は私の前を歩いたのだ。
私は今まで目に見えるものしか操ることができなかった。しかし、彼は感じることしかできない風を操ってみせたのだ。彼は本物だ。私など比べ物にならない天才だ。彼こそ、真の魔術師なのだ』
要約すればそのような内容だった。だから、その日記と本を読んだ人は口々に言ったんだ。
『確かにこの魔術は【死神の一閃】だ。……神に届いた死神の一閃だ。これを貶すような奴は魔術師じゃない』ってね。
そういえば、「なら師匠は魔術師じゃないね」って師匠に言ったことがあったっけ。そしたら師匠に思いっきり頭を殴られて、そして一言、
『ワタシぁ、いいのさ。……ワタシぁねぇ』
と言って、悲しそうな顔をしていた。結局それがどうしてなのか教えてくれなかったけど、僕が【草刈り】と呼んでも特に何も言ってこなかったし、むしろ『ワタシの弟子なんだからそう呼べ』って言っていた。
そういえば師匠は今どうしてるかな。まぁ生きてはいるだろうけど。見た目は今にも死にそうなほどにヨボヨボなんだけど、あの人は殺しても死なない。地球が滅んでもあの人だけは生きているんじゃないだろうか、って言うほどに死ぬところが想像できない。
本当、師匠は謎が多いや。
「ま、でも、便利なことに違いはねぇな。こうして役に立ってんだし」
「うん。……それに名前負けとは言い切れないよ」
「あん?」
魔術の神と言われた人に傷をつけたんだ。神に対して死神。ぴったりな名前だと思うけどね、僕は。




