51話 偽装と不安
僕は魔術で乾かしたズボンを履き、上機嫌でベルの元に戻った。そして再会するなり、さっきの吐き気を催すような匂いとは一転して花畑に囲まれたようないい香りを放つそれをベルに近づける。
「どう!」
「いや、どうって言われても」
「いい匂いになったでしょ」
「……確かにそうかも知れねぇけど、臭いぞ?」
「えっ?」
何を言ってるのかな、このお子様は。この匂いの良さが分からないなんて……。はっ! そうか、ベルの鼻がおかしいんだ。さては花粉症だね。
はっはっは、世界は違えど花粉症はあるんだね。とは言っても僕には神力があるから花粉症にはならないんだけど。
友達の中に花粉症の人がいたけど、かなり辛そうだった。止まらない鼻水に加えて、目が痒いと言って擦るから両目が真っ赤になっていたっけ。
その後僕が、吸血鬼だー、なんて指差して言ったら、「お前も吸血鬼にしてやるよ」って言って、目潰しされかけたこともあったっけ。吸血鬼って血を吸って仲間にするはずだったけど、いつから目潰しに変わったのか。
「何を考えてるのか分かんねぇけど、俺はその匂いがキツすぎるから臭いって言ったんだ」
あっ、そういうこと。
「洗剤つけすぎたのかな。確かに結構匂いが強いんだよね。まるでキツイ香水をかけたみたいに」
「その洗剤とやらも香水とやらも知らねぇけど、それが臭い事には変わりねぇな」
「じゃあ、涎とどっちが良かった?」
「そんなもんと比べんなよ……」
おっしゃる通りで。
「そんなことより、村人はどこにいるんだ? この階にもう一人いるんだろ?」
「うん。僕が最後に確認した時にはこの川を下って、少し川から離れたところにいたよ」
「なら急ごうぜ。あの野郎が手出ししてこないとも限らねぇんだ」
「だね。そういえば、消えた魔物について何か分かった?」
「いや、さっぱりだ。そもそも地面についた涎以外何も残っていなかったしな。ま、分かんねぇもんは仕方ねぇさ」
確かに、これ以上ここに時間を取られるわけにはいかない。この階層以外にも助けを求める人がいるんだから。
ベルを先頭に、川に沿って下る。森の中を突っ切るよりは、木が生えていない川岸を走った方が速いからね。多少走るのに技術はいるけど。
ベルが猿のように身軽に走っていたので聞いてみれば、ハクとの修行でもっと足場が不安定な場所を走らされたらしい。詳しく聞くと、顔を真っ青にして黙り込んでしまったのでそれ以上は聞いていない。……ハクは孫息子に一体何をさせたのか。
「んなことより、お前のことを聞かせてくれよ。爺ちゃんには話したんだろ?」
「えっ、うん、まぁ」
「走りながらでいいからよ」
「いいけど転けないでね?」
「そんなに柔な鍛え方はしてねぇよ」
ベルの後ろにいたんじゃ話しにくいから、ベルの横に並んで並走しながら話をした。
地球にいた頃のこと、出会った友達の話、そしてこっちの世界にきてからのこと。とは言っても、ハク同様異世界から来たということは隠してある。言ったところで信じてもらえないだろうし。
「なんっつーか、……お前の友達って変な奴ばっかだな」
「いやいや、そんなことないよ」
「いやいや、その目を抉りに来た奴とか頭おかしいんじゃねぇのか? いくら魔眼が欲しいからって友達の目を盗ろうとしねぇよ 」
神眼を持っているとは流石に言えないから、魔眼を持っているとベルに伝えた。魔眼ならいないこともないからね。他にも言わないほうがよさそうな内容はぼかして伝えた。
「あー、確かにそう言われてみればちょっと変わってるかな」
「ちょっとどころじゃねぇよ。友達関係見直したほうがいいんじゃねぇか?」
「あっ、そうだ。ベル、僕と友達になってよ」
「今言うか!? お前の友達は変な奴ばっかとか言っておきながらお前と友達になったら、俺もその変人集団の仲間みたいじゃねぇか!」
「いい加減認めちゃいなよ。自分は変人なんだって」
「俺は常識人だ!」
「僕に目をつけられた時点で終わりだよ。もうベルは変人の仲間入りだ」
「ば、馬鹿な! 俺のどこが変だとーー」
「ベル。キミは……、ロリコンでしょ?」
「は?」
器用にも足元も前も見ずに走りながら、僕を見てポカンと口を開けていた。
「危ないよ? 前見ないと」
「っと! って、なんだよ! 俺がロリコンって」
「だってリナのことをいやらしい目でーー」
「いつ俺がそんな目で見たってんだ!」
「確かにリナはまだ小さいけど大丈夫。大きくなったら、きっとロリコンなんて言われないから。っ痛」
「話を聞けよ! 引っ叩くぞ!」
痛い。叩いてから言わないで欲しいね。
「俺はリナの事を妹のように思っているだけだ。お前が思っているようなんじゃねぇよ」
「知ってる」
「おまっ! ……もういい」
ちょっとからかい過ぎたかな。ベルって面白いんだよね。なんて言うか、真っ直ぐ? 純情? みたいな感じかな。世界を見て回る前の僕とそっくりだ。
僕は色々と人間の汚い部分を見すぎたから変わっちゃったけど、ベルなら今のままで変わらないでいられるのかな。
その後もベルと雑談を交わしつつ進む。反応があった所に近づいたところで、もう一度【サーチ】を使うと、その人は全く動いてなかった。
「動いていないみたいだね」
「まさか、死んでるのか?」
ベルは力のこもっていない、溢れ出たような声で尋ねてきた。悔しそうに歯を食いしばりながら。
「ううん。それはないよ。今使った【サーチ】は死んでいたら反応がないはずだから」
「ってことは生きてるのか!」
「うん。間違いなくね。でもなんで動かないのか」
「衰弱しているとか。もしくは病気にかかっちまったか」
「可能性は否定できないね。それか、そこが安全なのかも」
「ダンジョンに安全地帯なんて……。いや、聞いたことがあるぞ。理由は分からねぇけど、魔物が近寄らない場所があるのだとか」
「どっちにしろ、行ってみないことには分からない、か」
「だな」
ベルを先頭に、僕はその後に続く。というのも、罠が仕掛けられている可能を考えてだ。神力の【サーチ】を使ってもいいんだけど、それだといざという時にほかの神術が使えないし、それに神力が回復するまでに時間がかかって、再度発動できるまでに時間もかかる。
だから、罠を見分けられるっていうベルについてきてもらったのは正解だった。でも、だからこそ、僕はベルを絶対に守らないと。こんな危険なことに巻き込んでしまったんだから。
ムトが言った。この村にダンジョンを作ったのは僕に会うためだと。
だったら、こんな事態になったのは僕がこの村にいたからということになる。もしかしたら、ベルは口に出してはいないけど、僕を恨んでいるのかもしれない。僕がいなければそもそもこんなことは起きなかったから。
だからといって、僕が悪いとは思わない。僕はただ旅をしていただけだからね。もし仮に僕が悪いという人がいるのであれば、それはお門違いだ。そんな僕を責めるのであれば、それは僕に対して死ねと言っているようなもの。自由に自分の行きたい場所に行って何が悪い。
僕の人生は僕のもの。誰のものでもない、自分のものだ。誰かにそれを決めつける権利なんて存在しないし、しちゃいけない。
あいつのせいで、あいつがいなければこんなことにはならなかった。なんてことを気にするのであれば、人は何もできない。何もしてはいけない。だってその行動によって、何かしらの結果が生まれるのだから。
刃物で刺された人の家族が、刃物を作った人に対して「お前がこの刃物を作らなければあの人は死ななかったのに」なんて言うのと同じと言うわけだ。理不尽にもほどがある。
何もしてはいけない。つまり、死んでいるのと同じというわけだ。
でも、僕という石が揺らぎのない水面に波紋を作ったのもまた事実。だからこそ、僕にできることはする。そして、それが終わったらいつものように去ればいいだけだ。
「どうした? ユート」
「……いや。なんでもないよ」
もっと心が強ければ悩まなくて済むんだろうけど、やっぱり怖いね。……人に嫌われてしまうかもしれないというのは。




