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50話 頑固な汚れにこれ一本

「ここは……」


 見渡す限り木ばかり生えており、見通しが悪い。一瞬ここはダンジョンではないのではないかと思ったけど、【サーチ】を使ってみたところ、ここは塔の二階だということが分かった。そしてこの階に二人捕らえられているということも。


「一人はここから近い。まずは……、っ!」


 その時、僕はその人に近づく魔物の存在に気がついた。加えて、その人が全く動いていないということも。

 次の瞬間、僕は無意識のうちにその人を助けるために走っていた。大丈夫、きっと間に合う。いや、間に合わせる!


 木々の間を縫うように、そして飛ぶように走る。ほとんど一直線に、最短の道筋で向かうと、少しひらけた場所の真ん中に倒れている人を発見した。近づくとその容姿が分かってくる。あの背丈や服装は、さっき転移させられたベルだ。


「ベル!!」


 しかし、すぐそこまで魔物がもう迫ってきていた。虎のような体を持つその魔物は、よだれを垂らしながら歩き、未だ目を覚まさないベルの頭に噛み付こうとした。


「させない!」


 僕は咄嗟にポケットの中から鉄の板を取り出し、魔素で強化して魔物へと投げつけた。どうやら魔物は僕に気がついていなかったようで、あっさりと胴体に当たった。

 呻き声を上げた魔物はようやく僕に気がついたようで、怒りの表情を浮かべながら、ベルではなく僕へと向かってきた。


 これでもベルへと襲いかかろうものなら、ベルの死は避けられなかったかもしれない。僕が次の行動を起こすよりも、魔物がベルに食いつく方が明らかに速いからね。でもやはりそこは野生の本能故か、いつでも食べられる獲物よりも動いている僕を狩りに来た。


「ごめんね」


 向かってきた魔物に対して、なぜかそんな言葉が自然と出てきた。食事を邪魔したことへの謝罪か、それともこれから命を奪うことへの謝罪か。それは僕にも分からなかった。ただ、僕がこの魔物を殺すということに変わりはない。


 隠し持っていたナイフを取り出し、すれ違いざまに魔物の額へナイフを突き刺す。ドサッ、という音を聞き、魔物が倒れた様子がまぶたの裏に浮かぶ。振り返ってみてみれば、そこにはもう息のない死体があった。

 殺さなきゃいけない場面もあった。殺さなきゃ殺される場面もあった。でも、だとしても。やっぱり命を奪うのだけは慣れないな。


「っ! ベル!!」


 そんなことを考えている場合じゃないことを思い出し、僕は倒れているベルへと近づく。胸が規則正しく上下に動いていたことから、特に問題はなさそうだ。外傷も見当たらない。ただ眠っているだけみたいだ。


「……よかった」


 安心したせいか、腰が抜けるようにその場に座り込んだ。そしてお尻の下からベチョッという音が聞こえて恐る恐る見てみれば、


「うわぁ……」


 そこはさっきの魔物が口から出していた涎が垂れていた場所だったようで、ズボンがベタベタになっていた。


「まさか、あの魔物はこれを見越してこんなところに涎を?」


 だとしたらなんという策士か! 全ては僕のズボンを涎まみれにするため。あれらはその布石だったということか。


「うん?」


 なんて自分でも馬鹿だと思うようなことを考えつつ、もう一度魔物の顔を拝んでおこうと視線を向けるが、そこには何もなかった。血の跡すらなく、まるで最初から何もなかったかのように消えて無くなっていた。


「化かされていたとか?」


 しかし、それは違うとはっきり言える。なぜなら、あの魔物が消えたにもかかわらず僕のズボンは未だに涎で湿っているからだ。


「まさか本当に僕のズボンを涎まみれにするために?」

「何馬鹿なことを言ってんだ?」


 魔物消失涎まみれ事件について思考していると、足元からベルの声が聞こえてきた。見れば、「こいつ何言ってんだ」というような呆れた顔のベルがこっちを見ていた。


「ベル!」

「悪りぃ、迷惑かけたな」

「ううん。それより具合はどう?」

「特に問題はなさそうだ。それよりも、ここはどこだ?」

「ここは塔の二階だよ」

「……そうか。あの【サーチ】とか言うので俺を探してくれたのか?」

「うん。ベル以外にもこの階には人がもう一人いるみたい」

「ってことは、俺だって分かってここにきたのか?」

「いや、たまたまだよ。一番僕がいた場所から近かったからね。それに魔物が近づいているのか分かったから」


 神力を使った【サーチ】なら姿や地形とかも分かるけど、魔素を使った【サーチ】はどんな存在がどこにいるか、っていうことしか分からないんだよね。神力の方は見たい場所を自分の目で見ているかのように見ることができるけど、魔素の方は目を瞑ったままどこに何があるか感じ取っているような感じかな。


「魔物は?」

「さっき倒したんだけど消えたんだ。まるで最初からなかったかのように。血なんかも残ってない」

「なんだそりゃ。聞いたことねーぞ」

「でもいたのは確かだよ。僕のズボンが涎まみれだし」

「汚ねッ! それ涎かよ! それに臭え!!」

「僕だって嫌なんだよ? 臭いし」

「なら向こうに川があるから洗ってこいよ。今のお前は臭くて近づきたくねぇ」

「分かったよ。って、川があるの?」

「……ああ。あいつに転移させられてすぐは意識があったんだが、ここに来た時に誰かに眠らされてな」

「眠らされた?」

「多分魔物だろ。確か魔物の中に眠らせるような奴がいたしな。ユートも気をつけろよ」


 眠らせてくる魔物か。厄介だね。何か対策を考えておかないと。


「分かった。どんな奴なの?」

「俺は姿を見ていないから分からんが、確か身体中に毛が生えた丸っこい奴だったはずだ」


 ……僕の頭にはケサランパサランしか思い浮かばないんだけど。幸せを運ぶんじゃなくて

 眠りを運ぶのか。地球のとは大違いだね。


「じゃあ、行こうか」

「いや、俺はここを調べてみる。その消えたっていうのが気になるからな」

「一人で平気?」

「大丈夫だ。爺ちゃんに色々と持たされてるからな。それに、いざとなったらお前を呼ぶさ」

「そう、気をつけてね」

「お前こそな」


 ちょっと心配ではあるものの、ここはベルを信じることにする。僕が四六時中そばにいるわけにもいかないしね。





 ベルの言っていた川はすぐに見つかった。かなり小さな川で、流れている水も多くなかった。だけどズボンを洗う程度なら十分だ。流石に泳ぐのは無理だけどね。


「魔物は、いないね」


 魔物がいないのを確認して、揉み洗いを開始する。敵はこの異臭を放つ涎だ。


「……臭っ! 全然匂いが落ちないんだけど」


 十分後、鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、生臭いような、とにかく臭いと叫びたくなるような匂いがした。


「負けるかぁ!」


 さらに十分後。一向に匂いが落ちる気配がしない。もう捨てたほうが早いかもと思い始めている自分がいた。


「って言っても、結構お気に入りだったんだけど」


 地球で作られたものだからもう手に入らないし。ずっと着続けて来たんだけどな。


「……そういえば」


 リュックを漁ると、『なんでも落ちる! よく落ちる! 頑固な汚れと匂いにはこれ一本!』と書かれた洗剤が入っていた。


「確か洗剤を作っていた工場を見学した時にもらったんだっけ。これなら落ちるかな」


 こんな綺麗な水路に洗剤を流すのもどうかと思ったけど、ダンジョンの中だしまぁいいか。


「ふんふふーん」


 洗剤をたっぷりとつけて揉み洗いする。泡が川を流れていく様を見て少し罪悪感を抱くも、五分後に綺麗になったズボンを見てそんなものは吹き飛んでしまった。


「良かった、あっ!」


 喜びのあまり、立ち上がってズボンを空に掲げた瞬間、足元に置いてあった洗剤のボトルを倒して中身を川に流してしまった。


「……やっちゃった」


 かといって、もう川の水と混ざってしまった洗剤を回収することなどできるはずもなく、僕はその場を後にした。







 しかしその時僕は忘れていた。


 それが業務用で、店に出されているものよりも濃度が高いことに。


 僕は気がつかなかった。


 裏に『百倍に薄めてお使いください』とデカデカと赤文字で書かれていることに。


 僕は知らなかった。


 まさかこれがあんな事を引き起こす事になるなんて。

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