48話 命を救う小さな少女
「それじゃ、僕はアムラスを取りに行ってくるよ」
「人手はいるかしら」
「いや、僕一人でいいよ。それよりも、カリナはみんなの説得をお願いね」
「ええ。早速みんなを集めて話をするわ」
ダンジョンのこともあるし、さっさと取りに行ってこようか。
「あ、あの、すみません」
「うん?」
転移しようとしていた僕に声がかかった。誰かと思えば、会議に参加していたけど一度も喋らなかった二人だ。
「初めまして。私、村長の息子のオルンと申します。こっちは妻のレインです」
……村長の息子ね。なるほど。
「僕は唯斗。呼びにくかったらユートでいいよ。よろしくね。それで、何の用かな」
「……この度は村を救っていただきありがとうございました」
そう言ってオルンは深々と頭を下げた。
「別に頭を下げる必要はないよ。僕がやりたいからやっただけ。それに、まだ色々と問題は残ってるよ?」
「いえ。ユートさんには水の問題を解決して頂いただけでなく、怪我をした村人たちを救って頂きました。あの腐った父親に代わって、心から感謝申し上げます」
腐った父親って……、一応実の父親だろうに。とはいえ、色々と持ち逃げした村長とは違って、息子の方はしっかりした人みたいだ。犯罪に手を染めるような人間には見えない。
村人たちから恨まれていないか気になったので聞いたところ、オルンは村長とは違って真面目に仕事をしてきたらしい。それに、村人たちから頼りにされていたようで、村長の理不尽な指示にはオルンが直訴していたようだ。そのため村人達からの信頼は厚く、特に恨まれているということはないとのこと。
よかったよ。理不尽にも村長の息子という理由でオルンが恨まれなくて。
「本当にあれには困ったものです。情けないという感情を通り越して殺意すら芽生えておりますから」
「へ、へぇ」
「というか次に会ったら私自ら断罪しなければ気が済みません。あの時殺っておけば良かったと後悔しているほどです」
「ま、まぁ、落ち着いて。一応だけど実の父親なんだから」
「……そうですね。私だけ気を済ませてしまうのも申し訳ありませんから、公開処刑の方がよろしいでしょう」
「……もう好きにして」
多分悪い人ではないはずなんだけど、少し過激すぎかな。でも、それだけ苦汁を飲まされ続けてきたっていうことなのかもしれない。
まぁ、村長の自業自得って事だね。僕は村長がどうなろうと止める気は無い。……オルンが怖いからじゃ無いよ? 嘘じゃ無いよ?
「それじゃ、僕はもう行くよ。ベルはあの塔に入る準備を整えておいて。明日出発するから」
「おう。分かった」
アムラスを移動させたらゆっくり休もう。少しでも神力を回復させておかないと。
転移すると、僕の目の前にはアムラスの氷像が二つあった。まだ凍ったまま残っていたようだ。これなら解凍してから食べられそうだね。……あれ、これって食べられるよね?
まぁ、カリナ達が何も言わなかったってことは食べられるか。にしても冷凍してよかった。これで消し炭にでもしていたら食べる事なんて出来なかったからね。
「さて、この二つは転移で移動させるとして……」
周りが静かになったところで、僕は心の中で話しかける。
『天照さん、ちょっといい?』
『どうしたのですか?』
すると、すぐに天照さんから返事が聞こえてきた。
『天照さん、神力ってまだ借りられないかな』
『……何かあったようですね』
『うん、ちょっとね』
『貸したいのは山々ですが、それはできません』
だよね。何となくそんな気がしてた。
『僕の体が耐えられないから?』
『ええ。先日貸した力は決して少なくありません。人間である唯斗にとっては、相当な負担になっているはずです』
『どれくらいで使えるようになるかな』
『そうですね……、一週間は使うのを控えた方がいいでしょう』
一週間か、全然間に合わないな。そんなに待ってたら、あの塔の中にいる人たちのどれだけが死んでしまうことか。
『それじゃ間に合わないんだ。明日、使えないかな』
『ダメです。たとえ死なずとも、かなりの苦痛を感じることになるでしょうから。私はあなたに苦しんで欲しくないのです』
『……分かった。でも、どうしてもという時には力を貸して欲しい』
『ええ。ですが、唯斗。仲間を信じなさい。あなた一人ではないはずですから』
『そう、だね』
仲間か。けど、僕は怖いんだ。誰か大切な人を失うのが、どうしようもなく怖い。
『では、唯斗の旅が素敵なものになりますよう、祈っております』
僕は……、臆病だな。
天照さんとの会話を終えた後、アムラスを村に転移させた。もちろん人の居ない邪魔にならないところにね。調理の時にはまた移動させたらいいでしょ。
どこにみんなが集まっているのか探していると、広場で言い争いをするカリナと男の姿があった。
「俺は絶対に食わねぇ!」
「いい加減にしなさい! 食べないと死ぬのよ? 死んでもいいの!?」
「食うくらいなら死んだ方がマシだ!」
何事かと思い、近くにいたオルンに話を聞くと、
「あの人の妻がアムラスに食べられたらしく、そんな間接的に妻を食べるようなことをしたくないと」
ということらしい。まぁ、そういう人が出てきてもおかしくはないと思っていたけど、予想通りだったね。やっぱり説得は難しかったかな。
「あなたの子供のためにも、今は生きないといけない。違う?」
「うっ……、だ、だが、俺は食わねぇ! 食いたくねぇ!!」
これじゃ、ずっと平行線だよ。
「どうにかできない?」
「……難しいですね。実際、私も妻が食べられていたらと考えると、食べたいとは思いませんから」
だよね。僕も積極的に食べたいとは思わない。きっと彼以外にも食べたくないという人は多いんじゃないかな。
「おじちゃん、死んじゃうの?」
「あ? 誰だ、お前」
そんな彼の前に現れたのは一人の少女だった。名前はリナ。両親をアムラスに食べられ、家族でたった一人生き残った少女だ。
「おじちゃん、ダメだよ。生きないと」
「なんだと? お前みたいなガキに何がわかる!」
カッとなった男は、リナを殴りつけようとする。周囲が思わず声をあげたけど、みんなの想像する結末にはならなかった。
「おっさん、ちっとは落ち着けよ」
「く、くそっ!」
ベルが男の拳を掴んで止めた。ベルだけじゃなくてハクも動いてたみたいだけど、ベルに任せることにしたみたいだ。
「あのね、わたしね、ベルお兄ちゃんとユートお兄ちゃんとハクおじいちゃんが大好きなの。だから、もっと一緒にいたいの。だから、もっと生きたいの。おとうさんもおかあさんも……、食べられちゃったけどーー」
リナは泣きながら話を続けようとする。でも、うまく話せないようで、でも必死に言葉にしようとして、
「もういないけど、でも、お兄ちゃんとおじいちゃんがいるから、だから、だから、もっと……」
それ以上リナの言葉が紡がれることはなかった。
「もういい、もういいんだ」
ベルがそっとリナを抱きしめた。すると、堰を切ったようにリナは泣き始める。そして、それにつられるように、男の側にいた子供も大声を上げて泣き始めた。
それを見た男は、子供を抱きしめながら静かに泣いていた。子供には聞かれないよう、声を殺しながら。
その後、村人の女性陣がアムラスを使った料理を作り、みんなに配られた。それを受け取った人の中には、あの子供連れの男の姿もあった。
あのリナの言葉で、食べて生き残る事を決心した人は少なからずいたようだ。小さなリナの言葉は大人たちの心に深く突き刺さったらしい。
「ユートお兄ちゃんも一緒に食べよ!」
そう言って、ハクとベルを連れたリナが料理を持ってやってきた。
リナは凄いな。なんて言ったって、大勢の命を言葉だけで救ったんだから。
僕は料理を受け取り、そっとリナの頭を撫でた。その時のリナの笑顔は一生忘れられない気がする。




