45話 繰り返す過ち
「おいおい、一体何が起きてんだ? これは」
休んでいると、ベルが馬車に乗ってやってきた。ベルの隣にはリナちゃんが座っており、ハクは馬車と並走していた。
ベルとハクは子供達が濡らして泥だらけになった地面を見て心底驚いているようだ。
「やぁ、みんな」
「ユート。何が起こってんだ? 水は枯れたんじゃねえのか?」
「いや、枯れてたよ。水脈に穴を開けられたみたい」
「だったらこの水は……、雨でも降ったか?」
「こんなに極所的な雨が降るわけないって。あれだよ、あれ」
僕が子供達が持つ鯱鉾を指差すと、
「な、な、な……、なんだありゃ」
「すごーい! お水が出てるよ!」
空いた口が塞がらないというのはこういうことなのかな。対するリナちゃんは子供らしい反応をしてくれた。
ハクはというと……、
「……」
空いた口が塞がらないというよりは、顎が外れて元に戻らないと言った方正しいかも。
「ベルとハクさんじゃない。二人もこの村に来ていたのね」
「カリナさん。どもっす」
「ベル達ってユートと知り合いなの?」
「ええ。ゴルタルに帰って来る途中で会ったんっすよ」
「そうなの。そういえば、ユートがアムラスに会ったって言ってたけど大丈夫だったの?」
「まぁ……、一応」
そんな二人の会話を何となく聞き流しつつ、僕は馬車の中に戻ることにした。というのも、思った以上に体がだるい。正直動くのも億劫だ。しばらくは動きたくない。
「ハク、僕は疲れたから馬車で休んでるよ。何が起きているのかはカリナに聞いてくれる?」
「構わんが、大丈夫か?」
「大丈夫。しばらく横になれば治ってくると思う。起きてくるまでご飯はいらないから」
「うむ。わかった。ゆっくり休むのじゃ」
説明は全てカリナに丸投げする。面倒だしね。
僕は生肉の匂いやジャムのような甘い匂いが混ざった馬車の中で横になった。こう何日もこの匂いを嗅いでいたら流石に慣れたよ。
「ユート、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
「安心して眠ってねー」
「ありがとう、リン」
外が少し騒がしい気がするけど、これだけ疲れていたらすぐに寝られそうだ。
「……あとは食料か」
食料問題をどうやって解決しようかと考える間も無く、僕の意識は落ちていった。
翌日。僕は大きな音で目を覚ました。何かが爆発するような、そんな大きな音だ。
「一体何事?」
「むぅー。わかんないー」
リンも今目を覚ましたばかりのようだ。身支度をして外に飛び出すと、そこには驚くべき光景が待ち構えていた。
「何、あれ」
寝ぼけているのかとも思ったけど、それはなさそうだ。あまりにもリアルすぎる。
「塔、かなー」
「塔、だね」
土煙の中に佇むのは、巨大な塔。既にあった家々は吹き飛び、その天をも貫きそうな塔が村の中心に鎮座していた。
「ユート、無事か!」
「ベル。僕は無事だけど……、あれ何?」
「分かんねぇ。さっき突然爆音と共に現れやがった」
「ハクは?」
「爺ちゃんは被害者の確認に行ってる。俺たちも合流するぞ」
「分かった」
ベルに付いて行くと、そこには多数の負傷者が倒れていた。
「……ひでぇもんだ」
辺りには怪我をして血を流している人や、倒れて意識のない人がいた。そんな中、カリナが目の前の建物から飛び出てきた。
「カリナさん!」
「ベル、ユート。無事かしら」
「俺らは大丈夫っす。カリナさんこそ平気っすか」
「私は大丈夫よ。それよりも……」
カリナから話を聞いてみれば、吹き飛んだ家の瓦礫がぶつかって負傷した人や当たりどころが悪く亡くなった人、そして行方不明になった者が多数いるようだ。
「ベル、ユート。来たかのう」
話を聞いていると、ハクが足を怪我した男の肩を貸しながら歩いてきた。
「爺ちゃん」
「うむ。このままでは死者が増える一方じゃ。すぐに手当を手伝ってくれい」
とは言っても普通の手当では手遅れになる人が大勢いる。見たところ治癒魔術を使える人はいないみたいだしね。
エルムスで兵士を治療した時みたいに治したいところなんだけど、まだ神力がうまく使えない。それに、あの塔が何なのか分からない以上、あいつに変わって無防備になるわけにはいかない。となると、魔術であれと同じことをしないといけないわけか。
「仕方ない……。ハク、ベル、カリナ。怪我人を一箇所に集めてくれる? 僕が治すから」
「……できるのかのう?」
「大丈夫。ただ、少し時間がかかるんだ。その間に、重症者は少しでも手当してほしい」
「どれくらいかかるのかしら」
「三十分くらいかな」
「三十分か……。もう少し早くならんかのう?」
「できるだけ早くしてみるよ」
「わかった。ベル、聞いた通りじゃ」
「おう!」
怪我人はハクとベル、カリナに任せて、僕は術の構築を急いだ。
神術より魔術の方が陣が複雑だ。だから神術で簡単に使える術も、魔術ではかなり難度が高い。複雑な陣に加え、それ相応の魔素が必要になってくる。僕には神眼があるから魔素の心配はいらないけど、その蜘蛛の巣が絡み合ったように複雑な陣を組み上げるのに時間がかかってしまう。
魔術では三十分かかる術も神術なら数秒で済むんだ。本当に神術っていうのは便利なものだよ。でも、そんな頼みの綱が今は使えない。
次々と僕の周囲に怪我人が集まってくるけど、未だに術の完成度は四割と言ったところだろうか。かといって、急いで間違えでもしたら一から組み直さなくてはならない。だから焦らずに手早く組み上げる。
「ユート、これで全員だ!」
「分かった」
傷の痛みからか、うめき声が聞こえてくる。辺りには鉄臭い血の匂いが漂っていた。でも、そんなことが気にならないほどに僕は集中していた。そんな時だ。
「おばあちゃん! しっかりして!!」
少女のそんな声が聞こえてきた。今にも死にそうな人がいるんだろう。そのためか、思わず焦ってしまった。そんなことをすれば、少女の大切なおばあちゃんだけでなく他の人も助からなくなる可能性があるというのに。
「まずっ!」
気がついた時には陣の一部を間違えてしまった。……これでは魔術にならない。初めからやり直すしかない。
「……っ」
どうしてかな。僕はここぞという時には弱い。今までもそうだった。それで助けられなかった命もある。油断に慢心。こんなんじゃ、姉さんにも笑われちゃうよ……。
『馬鹿としか思えんな。同じ過ちを何度繰り返すのか』
ふとそんな声が頭の中に聞こえてきた。天照さんじゃない。この声は……。
『キミか』
『こうして話をするのは久しぶりだな。もう一人の我よ』
『僕はキミのことを僕だとは思っていないけどね』
『知っているさ。しかし事実は変わらん。お前がどう思っていようとな』
分かってるよ。それくらい。でもね、僕は僕でありたい。だから、神であるキミと同じだとは絶対に思いたくないんだよ。
『何の用かな。笑いにでも来たの?』
『お前はすぐに喧嘩腰になるな。もう少し余裕を持った方が良いぞ?』
『話だってしたくないくらいなんだ。さっさと要件を言ったらどう?』
『ふむ、そういうなら仕方ない。我が話せる時間も少ないからな』
『だったらさっさと言ってよ』
『……お前自身を理解しろ。でなければ、不幸になるのはお前だけでは済まんぞ』
『どういう意味?』
『そのままの意味だ。お前は自分を全く理解していない』
『……何が言いたいの?』
『我からは以上だ。あとは自分で考えることだ。……特別に今回は陣の間違いを我が直しておいてやろう。ではな』
『ちょっと!』
でも、その僕の心の呼びかけに対する返事はなかった。現実へと意識を向ければ、あいつの言った通り間違えた陣は直され、今すぐにでも発動できる状態になっていた。
「……自分自身を理解する? どういう意味だろう」
あいつが自発的に手助けしてくれたことなんて今までに一度もなかった。一体なんだったのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は魔術を行使した。




