40話 魔物襲来
馬車といえど、ゴルタルまでの道のりは長く時間がかかる。気がつけばもう十日が経とうとしていた。
その間、経由した街での食事を除き、毎日ご飯は肉、肉、肉と、流石に飽きてきた。もちろんそれ以外にも主食のパンを食べたりもしていたけど、馬車の中から肉を取り出す度にため息が出る。
「どうしたのじゃ?」
「いや、よく肉ばっかで飽きないと思って」
「飽きるぞ? じゃが、味も変えておる。食わんよりかはマシじゃろ」
「確かにそうだけど」
「安心せい。明日にはゴルタル国の村に着く。王都まではまだかかるがのう」
「そうなんだ。ようやくだね」
「ま、最後まで気は抜かんことじゃ。何があるかわからんからのう」
確かに。地球では突然のゲリラ豪雨で鉄砲水を受けて死にそうになった。この辺りには川はなさそうだからその心配はいらないだろうけど。
数日前から木々が無くなって乾燥した土地が広がってる。エルムスの王都付近とは大違いだ。こんなところで作物は育つんだろうか。
「ちょっと外に出てくるよ」
「また馬車の上か? ユートなら大丈夫じゃろうが、気をつけるのじゃぞ」
「うん。ありがとう」
僕はハクに一声かけてから馬車の上へと登った。景色を見るっていうのも案外楽しい。
「ん? またお前はそんなところに登ってんのか」
「うん、馬車の中ばっかりだと飽きてきちゃうからね」
「だろうな。俺もこう同じ景色を見続けると退屈だ」
そう言うベルの気を紛らわせるため、っていうのもあるんだけどね。
「ハクから聞いたけど、明日村に着くんだって?」
「だな。つっても、あまり大きな村ではないけどな」
「ドワーフが住んでるんだよね」
「ああ、でもエルムスと違って人間も結構住んでるぞ。おっと、もう以前のエルムスか」
以前のエルムスっていう言い方をするってことは、もうウォルがしたことは知ってるんだ。
「情報通だね、って言っていいのかな」
「バカやろう。あんなもん誰だってすぐ分かるっつーの。にしてもエルムスの国王様は随分と思い切ったことをしたもんだな。よっぽど前から計画を練っていたんだろうぜ」
「そうだね。僕も初めて聞いたときは自分の耳を疑ったよ」
「豊穣の短剣も見つかったんだ。あの国は良くなるだろうな」
「豊穣の短剣を知ってるの?」
「あたりめーだ。俺はゴルタル出身だぜ? そういったもんの話はいくらでも聞くさ。なにせ、鍛治師が目指すべき到達点が神剣なんだからな」
神剣か。確か世界に五本とない貴重なものだっけ。でも、神剣は神力を持ってないと作れないはず。
「鍛治師は神剣を作りたいの?」
「あくまで神剣の性能を持った別物だけどな。俺ら人間やドワーフに神力はない。たとえ加護を受けたとしてもできないっていうのは昔実証されているからな」
神力を使わずに同じ性能を持ったものか。それはかなり難しいね。何十年も何百年もかけて魔素を染み込ませた剣なら近しいものにはなるかもしれないけど、それではただ単に力の込められた剣でしかない。
……いや、待てよ。魔素にも神力と似たように願いを叶えるような性質があるから出来るか。ただ、力を込める際にその力を思い描いていないといけない。と思う。まぁ、実際にやってみないと分からないけど。
「なるほどね。それは難しそうだね」
「ああ。今まで完成したやつなんていねーくらいだからな」
「ベルも興味あるの?」
「あるけど自分で作ろうとは思わねーな。俺は使ってみたい側だ」
「だろうね。僕としてもベルの作った剣に自分の命は預けたくないかな」
「なんだと! オレが作った剣じゃ不安だってーのか!」
「だってベルだし」
「いい度胸してんな。俺だって剣を作ったことくらいーー」
そこでハッとしたようにベルは口を噤んだ。
「へー、作ったことあるんだ。見せて欲しいなー」
「無理だ」
「なんで?」
「……藁人形を切ったら折れた」
藁人形で折れる剣とは一体? どんだけ脆かったんだろう。本当に金属で作ったのかな。
そんな僕の考えていることが伝わったのか、それとも僕の顔がにやけていたからか、ベルは顔を真っ赤にしながら僕を睨みつけてきた。
「降りてこい。お前は一回叩きのめさなきゃ気がすまねぇ」
「断るよ。ほら、ちゃんと手綱な握って。変な方向に曲がって行ってるよ」
「チッ、覚えてやがれよ!」
「やだよ。めんどくさ……、うん?」
「どうした?」
「いや、前から何か……」
僕の視線の先には、何か土煙のようなものが舞い上がっていた。まだ随分と距離はあるけど、その土煙はどうやらこっちに向かってきているように見える。
「……あれはヤベェ」
「なんなの? あれ」
「説明は後だ。爺ちゃん! アムラスだ!」
「なんじゃと!?」
ハクは慌てた様子で馬車から飛び降りてきたかと思えば、馬車と並走した。
「ベル! 馬車を引き返すのじゃ! ワシが足止めする」
「でも爺ちゃん!!」
「心配せんでも死にはせん! 流石に馬車を守りながらは逃げ切れんだけじゃ!」
「っ! 分かった! 死ぬなよ!!」
馬車が元きた道を引き返し始めたので、僕は飛び降りてハクと一緒にそのアムラスとかいうのを迎え撃つことにした。
「お主まで残ることはなかったのじゃぞ?」
「ちょっと気になってね。それより、そのアムラスとかいうのはなんなの?」
「……アムラスはゴルタルに多く生息する魔物じゃ。その巨大な体に大量の水を溜め込むと言われておる。この辺りの土地が乾燥しておるのはそのせいだとも言われておるのう」
「それはまた、すごい魔物だね。強いの?」
「厄介なのはその巨体と生命力での。一体でも確認されれば国の軍が出るほどじゃ」
軍が出てくるのか……。それはちょっと面倒そうだね。
「じゃから注意を引いて逃げるしか無いのう」
「あの速度って逃げ切れるの? 結構速いみたいだけど」
「少しずつ弱らせてから隙を見て逃げるのじゃ。地面に深く潜った時は気をつけい。真下から食いついてくるからのう」
地面に潜るのか。一体どんな形をしているのやら。
そんなことを考えていると、アムラスの姿が見えてきた。地表付近をすごいスピードで泳ぐように進んでいるみたい。その形は……、ワーム? 随分と大きいし、恐竜が噛み砕けそうなほどの牙が並んでるけど。
「くるぞ!」
僕とハクはその場から飛びのいてアムラスを避ける。でも、僕たちは眼中にないようだ。眼はないけど。どうやら馬車を狙っているらしい。
「ふっ!」
ハクが後ろから剣で切りつける。すると、皮膚から大量の水が溢れ出した。
そういえば大量の水を溜め込むって言ってたっけ。
「グギャアアアア!」
「こっちじゃ!」
おっと、見てる場合じゃないか。ひとまず馬車が襲われる心配はなくなったかな。
「【止まれ】」
「グギャアアアアア!」
止まらない、か。流石に力が強すぎるかな。なら、
「【隆起】」
僕は神術で土の柱を作り、アムラスの横っ腹を突いた。すると、アムラスの巨体にもかかわらず大きく仰け反る。
「やるのう。じゃが奴はタフじゃ。もう少し弱らせたら逃げるぞ」
「分かった」
ハクは剣を片手にアムラスに向かって走って行ったけど、そこで予想もしていなかったことが起きた。
「むっ!?」
突如ハクの真下からもう一体のアムラスが現れた。最初に相手取った個体よりは小さいものの、噛み砕かれたらタダでは済まない。
くっ、間に合え!!
「ぐっ!」
「ユート!!」
ま、にあった! なんとかハクと僕の位置を入れ替えることができた。幸い僕はアムラスの口の中には入らずにぶつかっただけで済んだ。おかげで骨が何本か折れてしまったけど。神力を纏ってなかったらもっと酷かったね。
倒れた状態で状況を確認する。流石のハクも二体同時に相手取るのは厳しいようだ。これはもうここで倒すしか無いか。
「【癒せ】」
神術で体を治して立ち上がる。うん、完全に治ってるね。何やら驚いた様子のハクが視界に映ったのは気のせいかな?
さて、
「ハク! ちょっとだけ引きつけてて!」
少し大規模な神術を使うことにする。
「【凍れ、凍れ、大地よ凍れ。凍てつき、鼓動を止めろ】」
神術が完成すると、僕の願いを叶えるように周囲は凍りついた。ハクにはもちろん被害がないようにしたけど、それ以外のところが想像が甘かった。おかげで予想よりも広範囲凍らしてしまった。
ともあれ、僕の目の前には大きなアムラスの氷像が二体出来上がったわけだ。
「ユート……、一体これはなんじゃ? それにお主の怪我は」
「うーん、魔術みたいなものかな」
「しかし……、いや、なんでもない。済まぬ。助かった」
「ううん、怪我がなくてよかったよ。っと、ベルが戻ってきたみたいだね」
何やら音がすると思ったら、ベルが戻ってきたところだった。多分ハクが心配だったんだろうね。
「大丈夫か、ってなんだこりゃ! つーか、さみぃな。ここ」
「アムラスは倒したよ」
「これ、ユートがやったのか?」
「そうだけど?」
「……そうか。おっと、そうだった。爺ちゃん! ここにアムラスがいるってことはホガ村がやべーんじゃないか?」
「そうじゃな。すぐに向かうとしよう」
そう言ってハクはさっさと馬車に乗り込んでしまった。
……流石にちょっとやりすぎたかな。でもこれが最適だったと思う。手加減をしたりなんかしてハクを死なせるようなことはしたくなかったから。
僕は自分にそう納得させて馬車へと乗り込んだ。




