39話 焼肉の声「ウメェ」
「ふむ、聞いたことない話が多いのう。少なくともこの大陸ではあるまい」
僕はハクに他の世界から来たことは話していない。勘付かれたらそれはそれでいいんだけどね。そもそも、この世界の人が別の世界があることを知っているかも分からない。図書館の本を全て読んだわけではないけど、少なくとも僕が興味を持って読んだ本の中にはなかった。
僕が全ての本に目を通さなかったのは単に時間がかかるっていうのもある。だけど、百聞は一見にしかずという言葉があるように、僕は自分の目で見て確認したいから。本自体を否定するわけじゃないけど、本は他者の答えであって僕の答えじゃないと思うんだ。
「そうだね。かなり遠いところから来たかな」
「にしてもその若さにして随分と経験しておるの」
「人生は限りあるからね。できるだけ色々と見ておきたいんだ」
「確かに人生はあっという間じゃ。しかし、生き急いではおらんか?」
……ハクがそう言うのも分かる。確かに僕は焦っているのかもしれない。いや、自分でも焦っていることくらい分かってるんだ。僕が生きられるのはあと六十年ほど。長くても八十年くらいだろう。僕はそれが長いとは思えない。
地球を旅するのに五年。つまり、単純計算で十二〜十六ほどの世界しか回れない。無限と言ってもいいほどに世界は存在するのに、たったそれだけしか回ることができないんだ。僕はそれが苦痛でならない。
もし僕の行かなかった世界に未知や楽しさが溢れていたら? そんなことをつい考えてしまう。もちろん地球だってこの世界だって楽しい。世界ごとに異なる仕組みがあるからそれを解き明かすのも面白い。この世界で言うと魔術に似た力や、ダンジョンと呼ばれるものや、魔物なんかもそう。地球にはなかったものだ。
でも、僕もやっぱり人間みたいでつい欲が出ちゃうんだよね。全部この目で見て体験したいって思っちゃう。
「生き急ぐものは早死にしやすい。お主も気をつけた方が良いじゃろう。まぁ、こんな老人のお節介じゃから頭の隅にでも置いておいてもらえると嬉しいのう」
「ううん。ありがとう。ハクの言葉、絶対に忘れないよ」
「ふむ……。さて、そろそろ昼餉の時間じゃの。早速恐竜を調理しようではないか」
「おっと、もうそんな時間か」
「楽しいと時間が経つのが早いのう。ベルや! そろそろ昼餉じゃ!」
「おう、分かった!」
昼餉と聞いて、ベルは嬉しそうな声を上げる。すると、ゆっくりと馬車が止まり始めた。
「さて、少しでも肉を減らしてもう少しスペースを確保しようかの。これでは寝る場所もないわ」
「確かに」
ハクとベルがエルムス国で買った商品に加えて大量の恐竜の肉で馬車がいっぱいだ。山積みにしてはないから窓は隠れていないものの、ハクの言う通り寝る場所がない。ずっと座っているのも辛いし、できれば寝る場所を確保したい。ダメだったら外で寝よう。今までもそうしてきたし。
流石に三人、いや、この世界には魔物もいるし見張りがいるかな。だとしても男二人で狭い中身を寄せ合って寝るのは嫌だ。断固拒否する。
「すまんが肉と調理器具を運んでくれんか?」
「いいよ。肉はどれくらい持ってく?」
「適当で構わん。無くなったらまた持ちにこればいいからの」
それって多分僕かベルが持ってくることになるんだよね。
僕が肉と鉄板などの調理器具を神術で浮かせて運び出すと、もう既にベルが火を起こしていた。
「おう、ありがとな。肉はその葉っぱの上に置いておいてくれ」
「分かった。それで、どうやって食べるの?」
「肉といえば焼肉だろ?」
何を言っているんだといわんばかりのベル。いや、他にもあるでしょ。茹でたり、揚げたり、煮たり。
「ユート、其奴に何を言っても無駄じゃぞ。其奴は肉と聞けば焼くことしかしないからのう」
「え、それって飽きない?」
「むしろ他の方法で調理すると食わんのじゃ。放っといて良いぞ。別のものが食べたかったら、ワシが作るのを食べるか自分で作るといい。ちなみに其奴はなぜか異常なほどに焼き方がうまい。それでもいつかは飽きがくるがのう」
「食うなら食ってもいいぜ。お前の胃袋を掴んでやるよ」
「……だからいつも言っておるじゃろう。それはお主が好きな女子に言えと」
確かに僕に言ってもね……。でも、ハクが言うくらいなんだからきっと美味しいんだろうな。
「それじゃあ、その自信のあるやつをもらおうかな」
「おう! 少し待ってろ」
「全く。ワシは薄く切って茹でるかの。……確か馬車の中にタレがあったのう」
「あ、爺ちゃん! 俺らにもそのタレくれ!」
「一応商品なのじゃぞ?」
「とか言って最終的には手を出すんだろ? ならもう使っちまおうぜ」
「仕方ないのう。お主の給料から引いといてやろう」
「はあ!? そこは折半だろ?」
「いや、僕も払うけど……」
「別に構わんぞ。ユートには馬車を直してもらったしのう」
「そうだぞ。お前に直してもらわなきゃ全部捨てることになったんだからな」
そうを言われるともう何も言えないな。ここは言う通りにしておこうか。
にしても口喧嘩をしながらよく手が止まらないね。タレの費用をどっちが払うかなんて些細な問題だろうに。
「……むぅ、ならワシが三、お主が七でどうじゃ?」
「ふざけんな。それなら俺が三で、爺ちゃんが七だ」
「これだけ譲歩してもまだ譲らんか。全く誰に似たのか」
「爺ちゃんだよ。爺ちゃん以外に誰がいるってんだ」
「ワシはそんなに頑固ではない」
「どこが。現に、今、この場で、頑なに金を払おうとしてないだろ」
「……六、四」
「五、五だ。それ以上は譲らねぇ」
「チッ、……タレはお主が取ってくるのじゃ」
「ま、それくらいなら構わねーか」
なんとも程度の低い言い争いが終わり、ようやく昼食を食べられそうだ。
僕はベルからタレをもらって木製の器に少し垂らす。これがさっきまで言い争われていたタレか。
持参した箸に少し付けて舐めてみると、甘辛くて焼肉などにとても良く合いそうな味わいだった。
「うまいタレじゃろう? エルムス国の知人が作っているのじゃが、あまり多くは仕入れられなくてのう。大抵の場合ゴルタルに着くまでに使い切るか、残っていても少量しかないのじゃ」
「そうなんだ。けど、これだけ美味しかったらつい使ってしまうね」
「ああ、それには焼肉がよく合うっと、ほら、焼けたぞ」
僕はベルから焼肉を山盛りに持った皿を渡された。いつの間にこんなに焼いたんだか。
見た感じは普通の焼肉だ。これがあの恐竜の肉か。
「あんまりタレは付けすぎんなよ。片面の半分くらい付けるくらいがちょうどいい」
言われたように肉にタレをつけて、二つに折り曲げてから一口かじった。そして僕は言葉を失った。
「……っ!!」
「ははっ、うめーだろ」
美味しいなんてもんじゃない。そんな一言で表せるようなものじゃなかった。でも、あえて一言で言うとするなら、これは感動だ。感動の味だ! いや、自分でも何を言ってるのか分からないけど。
恐竜の肉だから硬いのかと思っていたら、全然そんなことはなかった。むしろ柔らかくて歯がすんなりと通る。加えて、この焼き加減! 絶妙すぎる! 肉本来の味を引き出しているような、むしろ百パーセント以上の旨味を引き出している。
「どうやったの?」
「なんとなく肉の声が聞こえるんだ。今が一番ウメェってな。だから俺はその瞬間に取り上げてるだけだ」
……うん。僕ごときでは理解できないみたいだ。でもね、一つだけ言えることがある。
なんで商人なんてやってるの?




