38話 旅は道連れ
「あ、あれがキミのお爺さん?」
「そうだぜ。そこら辺にいるような普通の爺ちゃんだろ?」
あ、うん。確かに見た目は普通だよ? 特に筋肉が発達していると言うわけではないし、身長が高いというわけでも低いというわけでもない。強いて言えば少し長めの白い顎髭が特徴的だろうか。
問題はお爺さんが手にしているものだ。
「爺ちゃん、またデカイの狩ってきたな」
「ほっほっほ。ワシの大事な馬車を壊したオルカムを追いかけておったら恐竜が出てきおってな。しかもワシの獲物を横取りしおった。故に狩ってやったんじゃ」
そう言ってベルのお爺さんはニコニコと笑った。顔だけを見ると優しそうなお爺さんだけど、馬車の二倍はありそうな恐竜の、尻尾を片手で持って引きずってくるんだよ? ちょっと引いたね。
「む? ベル、そこにいる子は誰じゃ? それに頭の上にいるのは……」
「あいつはユートってんだ。頭の上にいるのは精霊様だ。リン様というらしい」
「ふむ。これは失礼しました。ワシはハクと申します」
ハクと名乗ったベルのお爺さんは両腕を交差して片膝をついた。ゴルタルの挨拶なのかな? にしては随分と堂に入っていると言うか、商人にしては少し違和感がある。
「リンだよー」
「僕は唯斗、ユートでいいよ。旅をしてるんだ。あと、そんなに堅苦しくされるとリンも困っちゃうよ」
「それはすまんかった。幼少より精霊様には敬意を払えと言われてきましたのでな」
「いつも通りでいいよ。そういうのリンは気にしないし。おばかさんだからね」
「なにおー! ユートだってバカだもん」
「あー、はいはい」
耳元で騒ぐリンを適当にあしらっていると、突然ハクが笑い始めた。
「ほっほっほ。いや、失礼した。ユートは精霊様と随分と仲がよろしいのじゃな」
「まぁ、長い付き合いだからね」
「ふむ……。失礼じゃがユートはいくつなのじゃ?」
「二十だってよ。信じらんねーよな」
僕が答える前にベルが答えてしまった。でもハクは驚くことなく、何やら納得したように頷いていた。
「なるほど。人は見かけによらんのぉ」
「爺ちゃん、驚いてねーのかよ」
「驚いておるぞ。だがのぉ、ユートには全く隙がない。ワシでも勝てるかわからんのぉ」
「はぁ!? だって、爺ちゃんはーー」
何を言いかけたのかわからないけど、ベルはそれ以上話そうとしなかった。いや、話せなかったというべきかな。物凄い殺気がハクから放たれてたから。
「すまんかったの。孫が何やらワシの悪口を言おうとしておったのでな」
明らかにそんな様子じゃなかったけど、ハクはそういうことにしておきたいらしい。別に藪をつついて蛇を出したいわけじゃないからそっといておこう。
……別に怖かったわけじゃないんだからね?
「して、ユートはどこに行こうとしていたんじゃ? 旅をしておると言っておったが」
「ちょっとゴルタルまで武器を作ってもらいにね」
「ほほぅ。ならワシの馬車に乗っていくといい。と言いたいところなのじゃが、この通り壊れて……、ほっ?」
ハクは壊れた車輪を指さそうと思ったみたいだけど、既に直っているのを見て目が点になっていた。
「爺ちゃん、馬車ならもう直ったぜ」
「なぜ直っておるのじゃ? 車軸も壊れていたはずじゃろう?」
「ユートが魔術で作っちまったよ」
「……そんな魔術あったかのう? しかし、ユートは魔術師だったのじゃな。ワシはてっきり身のこなしから近接戦闘が得意なのかと思っておった」
「いや、間違いではないよ。どっちかっていうと近接戦闘の方が得意だから」
「……ほんと、お主一体何者じゃ」
「僕はただの旅人だよ」
「それほど説得力のないただのは初めてじゃ」
そう言ってハクは大きなため息を吐いた。
失礼な。それじゃ僕が普通の旅人じゃないみたいじゃない。僕は普通に旅して、偶然姫の危機を救って、勘違いから神に殺されかけて返り討ちにして、城に忍び込んだら国王と友達になって、よく分からない人型に殺されかけて……。うん、普通だね。二回ほど死にかけてるけど、普通だ。
「まぁ良い。では、ユート。一緒に行くかのう? 馬車を直してもらったお礼もしたいしの」
「うん、お言葉に甘えて。……ちなみにあれはどうするの?」
僕の視線の先にはハクが持ってきた恐竜の死体が一体あった。あんなの馬車には乗らないでしょ。
「あれか。あれは捌いて馬車に積もうかの。ゴルタルまでに食べ切れるといいのじゃが」
「あれ食べるの? 途中で腐らない?」
「魔物の肉は腐りにくいから大丈夫だろ。それに食えるところだけなら十分馬車に乗るだろうしな」
「そうじゃの。なら任せた」
「って、俺だけか!? 爺ちゃんも手伝ってくれよ!」
「ワシはジジイじゃぞ? もう少し労ったらどうじゃ?」
「はぁ? 恐竜を一人で狩っておいてそれはねーだろ! そんなにジジイぶりたかったらもっと弱そうにしてろよ!」
そういえば前にニーナが言ってたな。恐竜はベテラン冒険者を呼ばないといけないくらいなんだっけ。ということは少なくともハクはベテラン冒険者並みの力を持ってるってことか。
「しらんもーん。ワシは腰が痛いから馬車に乗っておるぞ。さっさと働くのじゃ」
「何がしらんもーん、だ! 気色悪りぃ。……って、聞いてねーし」
ベルの言葉など聞いていないかのようにハクはさっさと馬車に乗ってしまった。
「はぁ、仕方ねーか」
「僕も手伝おうか?」
「マジか! 助かるぜ。流石に一人であれを捌くのはしんどい」
「でも恐竜の捌き方は分からないから教えてくれる?」
「いいぜ。ナイフは持ってるか?」
「うん」
「だったら早速取り掛かるか」
こんな巨体を捌くのは初めてだ。一体何時間かかるだろうか。
僕はベルの指示通りに捌いていく。捌き慣れているのか、ベルの方が断然速い。僕もそれなりに経験はあるんだけどな。
「そういえばふと思ったんだけど、恐竜って他に種類はないの?」
「はぁ? 何言ってんだ。恐竜は恐竜だろ?」
地球では恐竜といっても種類があった。数をあげたらきりがないけど、実際僕が今捌いているのはティラノサウルスによく似た恐竜だ。ただあの時とは色が違い、この個体は緑色をしている。
「前に見たのは赤色だったから」
「ああ、環境によって色が変わるらしいぜ。こいつは森の中にいたから緑色なだけだ。お前はどこで見たんだ?」
「ダンジョンの中だけど」
「ダンジョンならランダムだな。火山が近ければ赤色。雪の降っている場所だと白色になる。でもまとめて恐竜って呼んでるな」
「他の形をしているものはいないの?」
「いや? 恐竜はこんなんだろ?」
つまり、この世界ではティラノサウルスっぽいのが恐竜っていうわけか。ちなみにぽいっていうのは、地球の図鑑で見たティラノサウルスと違って背中に大きなトゲみたいなのが一列に生えているから。確か赤かったのにも生えてたな。
地球のティラノサウルスとの違いを見つつ捌いていった。ベルが手早いのもあって、意外と早く捌き終えたのは嬉しい誤算だ。
「助かったぜ、ユート。俺一人だったらもっとかかってただろうからな」
「ありがとう、僕も勉強になったよ。あとはどうするの?」
「燻製にするといいんだが、時間もかかるしそのまま持っていく。また馬を休める時間を使って燻製にするさ。今は進まないと時間が勿体無いからな」
「同感だね。ならこれは僕が馬車に積んでおくよ。御者はベルが?」
「助かる。爺ちゃんは何かと理由を付けてやんねーんだ」
そう言って嫌そうにするベルだけど、別にお爺さんを嫌っているわけじゃないみたい。言い合いはするけど、どこか尊敬しているようにも見えたし。
僕は捌いた肉たちを神術で浮かして馬車の中に入った。すると、ハクが驚いたようにこっちを見ていた。
「すごいのぉ。魔術はそんなこともできるんじゃな」
「ハクは使えないの?」
「身体強化くらいじゃな。ワシに魔術は合わんかった」
「誰でも使えると思うんだけど」
「ああ、そういう意味ではないのじゃ。後ろからポンポン放つよりも、前に出て切った方がワシの好みじゃったというだけの話じゃ」
なるほどね。確か僕の剣術の師匠もそんなことを言ってたな。僕は別にどっちでもいいと思うけど。戦いに楽しさを感じる人間じゃないし。
僕はハクに肉の置き場所を聞いて、そこに肉たちを置いた。
「正確には魔術じゃないんだけど、僕みたいな力の使い方をしている人はいないの?」
「ほう、魔術ではなかったのか」
「正確にはね。でも似たようなものだよ」
「ふむ。ユートみたいな使い方をしている者はみたことはないのぉ。基本、魔術は相手を殺すためにある。だからそのような使い方は珍しいかもしれん。まぁ、ワシが見たことないだけかもしれんが」
この世界ではそういうものなのか。地球ではむしろ生活を楽にするような使い方をする魔術の方が多かったんだけど。
「おーい! 出発すんぞー!」
ベルのそんな声が聞こえてくるとゆっくりと馬車が動き出し、一定の速さで走り始めた。やっぱり歩くよりかは速いもんだね。
「そういえば精霊様はどうしたのじゃ?」
「恐竜を捌いている間に寝ちゃった。精霊はよく寝るから」
「そうなのか。精霊様のことはあまり伝わっておらんからわからんのじゃ」
「どこか遠くの土地で国を作ったって聞いたけど」
「うむ。その精霊様はそこから来たのかもしれぬな。何か聞いておらんのか?」
別世界から来た。って言っても別に問題はないんだけどね。信じるか信じないかは本人次第だし。でも、わざわざ混乱させなくてもいいんじゃないかなって僕は思ってる。
「特には聞いてないかな」
「そうか。……旅をしているのじゃったな。話を聞かせてはくれんか?」
「いいよ。それじゃあ、僕が遠い遠い地にいた頃の話……」
僕は自分の旅がどんなものだったかを語った。時にハクの質問に答えながら。




