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37話 見習い商人

 近づいてみると、やはり車輪が壊れていた。何か大きな生き物にぶつかられたのかな。


「大丈夫?」


 僕は車輪を必死になって直す少年に声をかけた。すると、ようやく僕に気がついたのか驚いた様子でこちらを見ていた。


「だ、誰だ!」

「心配しなくてもただの旅人だよ。車輪が壊れたの?」

「ああ、オルカムにぶつかられた。ゴルタルまでまだまだかかるってのに」


 オルカムってなんだろう。多分魔物かな? どこの世界も野生動物には乗り物が壊されるらしい。僕の実家でも野生動物に車を壊されたっていう話をよく聞いたし。


「キミ一人だけなの?」

「いや、爺ちゃんがオルカムに仕返ししに行った」

「そのお爺さん大丈夫なの?」

「まだまだ元気だからな。多分そのうち帰ってくるだろ」


 少年は全く心配している様子はなかった。

 お爺さんを信頼しているからそう言ってるんだろうけど、一人で行かせて大丈夫なんだろうか。


「変な奴だな。初対面の奴をそんなに気にするなんて」


 顔に出ていたのか、少年は笑いながらそう言った。

 さっきまでは僕に対して警戒していたみたいだけど、少しは警戒を解いてくれたみたい。

 この世界では命が簡単に失われるみたいだし警戒するのも当然か。特にこんな人気のない道の途中ならなおさらだ。


「まだ名乗ってなかったな。俺はベル。見習い商人だ」

「僕は唯斗。呼びにくかったらユートでいいよ」

「リンはリンって言うんだよ!」


 いたずら心からか、リンは僕のフードの中に隠れていたみたいだ。急に飛び出してきたものだから、驚きのあまりベルは金魚のように口をパクパクとしていた。


「……精霊様? なんでこんなところに?」

「リンは僕と旅しててね」

「もしかして、エルムスで噂に聞いた精霊様を連れた少年って」

「僕だね」

「マジかよ。どこぞの誰かが流した偽情報だと思ってたぜ」


 ウォルが冒険者ギルドで出した依頼を見たら信じたかもしれないけど、タイミング的に見れなかったのかな。


「ベルはゴルタルに行くんだよね」

「おう。ユートもゴルタルに行くのか?」

「うん、武器を作ってもらおうと思ってね」

「ならゴルタル一択だな。あそこの武器はすげぇぞ。どれも一級品だ」


 ベルは子供のようにはしゃいだ。武器っていうのは少年心をくすぐられるからね。僕も小さい頃は自分で考えた武器を想像して遊んだっけ。


「ユート、護衛はどうした? まさかお前と精霊様だけじゃないよな」

「僕とリンだけだけど?」

「はぁ!? 何言ってんだ、お前! ゴルタルまでには多くの危険があるんだぞ。精霊様はともかく、お前はどうすんだ?」

「大丈夫だよ。戦いにはそれなりに自信があるし」

「お前俺よりも年下だろ?」

「これでも二十歳なんだけど」

「……若返りの薬でも使ったか?」


 またか。また若返りの薬か。ニーナといいベルといい、どうして人は僕が若返りの薬を使ったって言うんだろう。


「そんなの使ってないよ」

「本当か? 言っとくけど、若返りの薬は違法だからな」

「どうして?」

「あー、詳しいことは知らんが、確かものすごい副作用があるって聞くな」

「副作用ね」


 どんな薬にも副作用がつきものか。世界はそう簡単にはできてないものだね。若返りの薬なんて使う気はさらさらないけど。でも身長が伸びる薬なら話は別だ。


「そんなことはいいとして、お前、流石に一人は危険だぞ。ここならまだエルムスに近いんだから、誰かを雇って出直すんだな」

「心配してくれてありがとね。でも大丈夫だよ」

「つってもな」

「そういえば、壊れた車輪は大丈夫なの?」


 必殺、話題そらし。これでいくつもの困難を乗り越えてきた。勝率は7割くらいだけど。


「ああ大丈夫だ、って言いたいところなんだけどな。ちとまずい。車輪だけじゃなくて車軸も壊れちまったからな。もう街でしか修理できねーな」

「馬車の中には何か乗ってるの?」

「ああ、エルムスで買った日持ちのする加工品が積んである。俺らはゴルタルの商人なんだが、ゴルタルの商品をエルムスで売って、エルムスの加工食品をゴルタルで売ってるんだ」

「それじゃあ、この馬車の荷物は」

「ああ、ここに置いてくしかないだろうな。仕方ねーさ。こういうこともある」


 口では仕方ないと言いつつも、ベルは納得している様子ではなかった。どれほど積んでいるのかは分からないけど、相当な損害なんだろうね。


「大きな損害とか思ってねーか?」

「なんで分かるの?」

「なんとなく顔に出てるぞ」


 またか。ほんと、時々顔に出てしまうみたいなんだよね。


「確かに損害っていうのもあるんだが、これを作った人に申し訳ねーって思うんだ。これらだって時間をかけて作ったものだろうからな。ま、商人としてはそんな考え方じゃ甘いんだろうが」

「そうかな。どう感じるかは人それぞれでしょ。ベルはベルの考え方でいいと思うけど」

「そうか?」

「うん。それに、そう思うことは悪いことじゃないと思う。それだけ物を大切にできるだろうし。商人は物を大切に扱ってこそでしょ」

「……確かにそうとも言えるかもな」


 ベルの考え方はいいと思うけどね。自分が買ったものだからどう扱おうと自分の勝手だ、っていう人もいるけど、僕はどっちかといえばベル寄りの考え方だ。

 野菜一つ育てるのにだって、時間と労力とお金がたくさんかかってる。中学生の時に趣味で育てた野菜を食べた時にはベルと同じようなことを考えた。


「車輪の予備はあるの?」

「ああ、だが車軸が壊れているからもうだめだ。あー、馬車の買い替えか。随分と出費しそうだ」

「車輪があるなら作る手間が省けたね。ベル、少し離れてて」

「なんだ?」


 この馬車を直すには、ひとまずこの車体を浮かせなきゃならない。

 というわけで、


「【浮け】」


 まず言霊で車体を浮かせる。


「おお!? 浮いたぞ!」


 そして次に車軸なんだけど、折れたものを元に戻すこともできないことはない。でも、もう新しく作ったほうが楽だ。

 だから、その辺に生えている丈夫そうな木を神術で加工して車軸の形に切り取る。切り取った木は生木だからこれまた神術で乾燥させ、ついでに強化もしておいた。

 あとはそれを壊れた車軸と取り替えて、予備の車輪をはめ込んで終わりと。


「これで大丈夫でしょ。……って、ベル、どうしたの?」

「……お前やっぱり若返りの薬でも使ってるだろ」

「ないよ」

「なら別の何かを」

「ないよ」

「……常識ってなんだろうな」

「それは本当に難しい問題だね。僕にも答えは持ち合わせてないよ」


 さっきまでのベルはどこに行ってしまったのだろうか。ベルの目を見ると、遠く、はるか先を見てるかのようだ。


「もういいや。お前に関してはそういうもんだと思っておく」

「なんだか失礼なことを言われた気がするけど気にしないでおくよ」

「まぁ、なんだ。ありがとな。馬車を直してくれて」

「別にいいよ。僕が勝手にやったことだし」

「お礼と言ってはなんだけど、ユートもゴルタルに行くんだし乗ってけよ。歩いてだと結構かかるぞ」


 そうだね。歩いて行ってもいいんだけど、話し相手が多いことに越したことはないか。しばらくは同じ景色で飽きてくるだろうし、リンも寝てる時間の方が多いし。


「ならお言葉に甘えさせてもらおうかな。リンもそれでいい?」

「いいよー」

「なら決まりだ。早速出発するぞ、って言いたいんだが、悪いけど爺ちゃんが帰ってくるまで待ってくれ。多分すぐに帰ってくるだろうから」

「そう? 迎えに行かなくてもいい?」

「大丈夫だろ。爺ちゃんだし」


 それだけ言い切れるお爺さんって一体どんな人なんだろ。ベルとお爺さんの二人だけみたいだし、それだけお爺さんが強いってことかな。

 ベルも弱くはない感じがする。でも強いとは感じないんだよね。


「あ、爺ちゃん」


 そんなことを考えていたら本人が帰ってきたようだ。

 僕は挨拶をしようとベルのお爺さんに視線を移して、そして言葉を失った。

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