33話 ホラー
「リュー、僕達は明日この街を出ようと思う」
「えっ! 随分と急な話だな。俺たちが何かしたか?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただそろそろ行こうと思っただけ」
「そっか」
そんな素っ気ない言葉とは裏腹に、リューは悲しそうに笑った。
リューと話したのはこの数週間だけ。だけど、その間僕はリューの師匠で、リューは僕の弟子だった。
「ねぇ、リュー」
「なんだ?」
「僕はキミたちに弟子になることを強制してない。でもなんでキミは弟子にして欲しいって言ったの?」
「なんで、か」
いつでも思ったことを口に出すリューにしては、珍しくはっきりしなかった。
「俺、さ。小さい頃魔物に襲われて死にかけたことがあるんだ」
「魔物に?」
「ああ、小さな村じゃよくある話さ。辺鄙な村には冒険者も来てくれない。魔物がきたらみんな命がけだ」
「村に戦える人はいないの?」
「俺の村には一人だけいた。昔はもう少しいたみたいだけど、歳や病気で死んじまったらしい。で、そんな中一匹の狼のような魔物が俺の村を襲った。門番がやられて村の中に入ってきたんだ。その時に逃げ遅れた俺が襲われた」
「でもキミが今生きているってことは助かったんでしょ?」
「……ああ、俺は無傷で助かった。ニーナが俺をかばってくれたからな」
「ニーナが?」
「ああ、そのせいであいつの体には一生消えない傷が残っちまった。あいつが長袖しか着ないのはそのためだ。俺に気を使って傷が見えないようにしているんだ。本人はそんなこと一言も言わないけどな」
そういえばニーナは訓練の時も常に長袖だった。以前走りこみの授業の様子を見学した時があったけど、その時もニーナだけは上着を脱いでいなかったな。あれは傷を見られないようにするためだったのか。
「それで、リューはニーナを守りたくて僕の弟子になったと」
「……それもある。けど、実のところ俺は師匠の腕に惚れたんだ。初めて師匠の剣さばきを見た時、この人みたいになりてぇ、って思ったんだ。だからかな」
……そっちの理由の方がよっぽどキミらしいよ。
でも、少なからずニーナに罪悪感は持ってるんだろうね。そうでなかったらこんなこと言ったりしないだろうし。
「リューは僕みたいに強くなったらどうしたい?」
「俺は師匠みたいになれる気がしないぞ?」
「もし、なれたらの話だよ」
「そうだな。……もっと強くなりたい」
「ニーナを守りたいとは思わないの?」
「思うぞ。でも、強くならなくても守るから」
「……そっか」
強くなくても守る、か。早死にしそうな言葉だね。
僕としても基礎とはいえ、初めて剣術を教えた弟子を死なせたくはないな。
「リュー、打ち込んでおいで。出発の準備もあるからあまり時間は取れないけど」
「いいのか! なら頼む、師匠!」
僕にできるのは、少しでもリューが強くなるよう手助けをするくらいだ。
リューに稽古をつけた僕は、忘れないうちに服屋へと向かった。
リンが随分と静かだからどうしたのかと思ったら、どうやらまたいつものようにフードの中で眠っていたようだ。
いつから眠っていたのやら。少なくともニーナと一緒にいる時には起きていたはずなんだけど。
などと考えていると、小腹が空いてきたのを感じた。周囲の屋台から漂う匂いがそれをより一層掻き立てる。
「何か食べながら行こうかな」
屋台で買い食いしながら服屋へと向かっていると、何やら見覚えのあるシスター服が見えた。
「まずっ」
すぐにその場から離れ、屋根の上へと飛んで避難した。すると、その数秒後に例のシスターが僕のいた場所を嗅ぎつけてきた。
「チッ、気のせいか」
危ないところだった。っていうかあのシスターは犬か。なんで僕の居場所がわかるんだ?
「あのどクソチビ、俺をあんなところまでとばしやがって。つーか転移が使えるとかやっぱりやるな。ますます気に入っちまったぜ」
僕は気に入って欲しくなかったよ。正直あの暴力シスターに構っている暇はない。さっさと退散しよう。
「ねーねー、おかーさん。あのお兄ちゃん何してるのかな」
「しっ! 見ちゃダメよ」
あれ、もしかして飛ぶところ見られてた? しかも暴力シスターがこっちを見ているような……。
「ミーツケータァァァー!!」
怖い怖い! 何あれ!? 幽霊の方が百倍可愛いんだけど!
「【止まれ】」
「ヒャッハアアアア!!」
なんで!? って、いつの間に神力を纏ったんだ?
「キカネーゾォォォ!」
壁を蹴りながらジグザクに建物を駆け上がってきた。くそっ、これじゃ転移させるのは難しい!
「オトナシクシロヤァ」
この前の人型の方がまだマシだよ!
僕と暴力シスターは屋根の上で対峙する。その距離十メートルってところか。
「はぁ」
「ヨウヤクアキラメタカァ」
「いや、本当、キミって面倒だね」
「ナンダトォ?」
「初めて会った時も思ったけど、どうして僕なの? 他にも強い人はたくさんいるでしょ?」
「……俺は孤児だった。教会では馴染めず、いつも一人だった」
「どうして?」
「昔から喧嘩っ早くてな。ムカつく奴は片っ端から殴ったんだ」
それは自業自得でしょ。言ったら話が進まないから言わないけど。
「そんな時だ。俺を育ててくれた姉さんが貴族のクソに攫われたのは」
「攫われた?」
「ああ、姉さんは俺なんかと違って綺麗だったからな。貴族の野郎が妾にしてやるって言って強引に攫ったんだ。だが他の奴らは誰一人として動かなかった。クソ貴族が怖かったんだろうな。だから、俺は姉さんを助けるために一人で貴族の館を襲撃した。館には用心棒がわんさかいてな。俺は死ぬ気で戦ったよ」
一人で頑張ったんだな。僕にも姉さんがいるから少しわかる気がする。きっと僕も姉さんがそんな目に会ったら死ぬ気で戦うだろう。
「そして思ったんだ。なんて楽しいんだろうってな」
そうそう。僕もなんて楽しいんだろ……ん?
「あの自分よりも強い奴に戦いを挑む時の感覚。俺は忘れられねぇ。それ以来、俺は強いと感じた相手に喧嘩を売るようにしてんだ。お前からはその強者の気配がすんだ」
「……えっと、キミの姉さんはどうなったの?」
「ああん? 攫った貴族の***を****して、唾を吐きかけて帰ってきたぜ」
もしかしてキミの姉さんはキミと同じような人なのかな? 他の奴らは誰一人として動かなかったって、貴族が怖かったんじゃなくて、その姉さんが怖かったからだったりする?
「……もう付き合いきれないよ」
「アァン? なんだって?」
「できればもう会いたくないね……【転移】」
暴力シスターが殴りかかってくる姿を最後に視界が切り替わった。
そう、相手が速すぎて転移させられないのなら自分を転移させればいいっていう話だね。
「っていうことで、お邪魔するよ」
「……とりあえず机の上から退いてくれるか? 坊主」
ちょっと転移の位置を間違えたみたい。でも、これで服屋にはたどり着いた。にしても疲れたな。精神的に。
「退け、坊主」
オスカさんの視線が痛いので机の上から飛び降りる。
机の上に服が置いてなくてよかった。危うく汚すところだったよ。
「それで、何の用だ」
「以前この店で働いている人にリンの服を頼んだんだけど、まだ届いていないんだ」
「誰だ?その依頼を受けたのは」
「えっと、普段人形の服を作っているって言ってたかな」
「ならマリーだ。そういえばずっと部屋に篭って出てこなかったな」
「いや、普通心配にならないの?」
「別に? よっぽどのことでなければ俺らは部屋にこもりっぱなしだからな」
「ご飯は?」
「さぁ? 俺は腹が減ったら街へ出かけているが」
「……まさか餓死とかしてないよね?」
「……確認しよう」
否定して欲しかったよ。
ここで話をしていても進まないので、そのマリーの働く部屋へと向かう。
「いいか、開けるぞ」
「うん」
何やら異様な雰囲気の漂う扉を、オスカさんが恐る恐る開けると、
「ふふふふふふ、精霊様にはきっとレースの服も似合うわよね。そうね、きっとそうだわ。また作る服が増えちゃったわ。そうだ、ウェディングドレスも作っておきましょう。きっと着る時が来るはずだわ。おっと、下着がまだ五十着しかできていないわね。まだまだ足りないわ、あと百着くらい作っておきましょう。そうよ、下着にレースを付けるのはどうかしら。想像しただけでよだれが……。あとは帽子もいるわね。まだ二十しか作っていないし、あと三十は必要ね。色んなパターンを考えなくちゃ。そういえば寒い時に備えた服が三十着しかないわ。もっと作っておかないと」
……なんていえばいいかな。
もしかして任せてはいけない人に任せてしまったのかな。
僕は隣で固まるオスカさんに視線を向ける。すると、オスカさんは僕を見て首を横に振った。
『オスカさん、なんとかしてくれない?』
『無理だ。諦めろ。そしてお前が頼んだんだからお前がどうにかしろ』
『そんなこと言わないでさ。僕、あれに声をかけるのは嫌なんだけど』
『俺も嫌だ。俺は何も見なかったんだ。そうだ、これは悪い夢に違いない』
『現実逃避しないでよ。オスカさんの部下なんだからオスカさんがどうにかしてよ』
『知らん。俺にあんな部下はいない』
『ちょっと、よく見てよ。目を逸らしてちゃ見えないでしょ』
『知らんもんは知らん』
以上、無言のやり取りでした。
「ねぇ」
「「ひっ!」」
「貴方達、見ましたね?」
なんで今日はこんなにも恐ろしいものを見る日なのかな。
「ゆっくり話し合いましょう?」
「ふぁー」
「……」
「おはよう、ユートー。あれ、その手提げ袋は何?」
「……リンの服だよ」
「わーい! ありがとう! ユート!」
「……うん。……どういたしまして」
僕は疲れ切った心と体を癒すために、宿屋へと帰った。




