32話 成長する弟子二人
この世界に来てから一ヶ月ほどが経過した。
ここ最近はほとんど学園の中の図書館に通って、この世界のことについて調べていた。
知らないと今後どうするか方針が立てられないからね。
今僕がいるこのエルムス国は、大きな大陸の南部に位置する。
そして北部には、神に全てを捧げる人族主義の国、ウェステリア。
東部には、獣人と呼ばれる種族の住む国、ガルバントラ。
西部には、主にドワーフたちの住む国、ゴルタル。
北西部には、竜人の住む国、エスカトス。
あと、この大きな大陸のどこかにエルフという種族が住んでいるらしい。
他にもいくつも国はあるけど、この大陸の大きな国はこの五つが有名のようだ。
以前フィリアから聞いた精霊もどこかに住んでいるのだろう。残念ながら本には書かれていなかったけど。
「リン、そろそろ次の国に行こうと思ってるんだけど」
「えっ、師匠。もう行くの?」
僕のことを師匠と呼ぶのはニーナだ。
あれからというものの、こうして図書館に本を読みにきたときには魔術を教えている。
そしたらいつの間にか懐かれて、いつからか僕のことを師匠と呼ぶようになった。別に強制はしていないんだけどね。
本人曰く、魔術を教えてくれるのだから敬わないとおかしい、のだとか。
「まだまだ学び足りないんだけど」
「あとは自分で頑張って。あんまり教師を泣かせないようにね」
「……あれは私のせいじゃないわ。あいつが師匠の悪口を言うから」
僕がニーナに魔術を教えているのを知った教師が、僕のことを馬鹿にしたことがあった。
確か、僕みたいな子供に何が教えられる? だとか、どんなことをして取り入ったんだ? とか言ってたかな。
僕は気にしてなかったんだけど、ニーナはかなり気にしていたみたいで決闘することになった。
一応止めたんだけどね、やるって聞かないからやらせておいた。魔術の危険性もきちんと教えたし、心構えも教え込んだから相手をむやみに傷つけることはないと思って。
ニーナへの指導を手抜きしたりしてないから、この学園では教師すらも上回る魔術の腕前になっている。
そんなニーナの腕前を身を以て知った教師は泣きながら謝ってきたっていうわけだ。
「ユートー。何かわすれてないー?」
「なにかあった? 特には思い出せないんだけど」
「うー! リンの服は?」
あ、そう言えばそうだった。
でもおかしいな。一週間で完成するから宿に持って来てくれるっていう話だったと思うんだけど、まだ届いてない。
「ごめん、忘れてたよ。帰りに寄って行こうか」
「ふんっ」
「拗ねないでよ。リンの気に入ったあの果物買ってあげるから」
「……二個ね」
「わかったよ」
あれ地味に高いんだけどな。確か名前はメルムリだったっけ。一個で宿代一週間分はするんだよ。
「師匠、いつ出るの?」
「そうだねー。明日、かな」
「明日!? なんでそんな急に」
「思い立ったが吉日ってね。それにもうここでは十分楽しんだから」
街中回ったし、王城にも忍び込んだ。実は宝物庫なんかも侵入したりしてる。別に何か盗ったわけではないけど。
地球では見なかったものがたくさん置いてあってかなり楽しかったよ。ただ、この国は警備がゆるすぎだと一言言いたい。
流石にリンの幻惑で見えなくなった僕を見つけろとは言わないから、せめて忍び込んだ僕に気づくくらいはしてほしい。
誰にも構ってもらえなくてちょっと悲しかった。
腹いせにウォルの顔に落書きしてやったんだけど、翌日兵士が僕を呼びに来た。
なんでバレたんだろうね。痕跡は一切残さなかったのに。
あの時のウォルはかなり怖かった。ウォルって怒るときは静かに怒るんだね。あの無言無表情の威圧の前には僕も耐えられなかった。気がついたら謝ってたよ。
ちなみにフィリアはウォルの顔に書いた落書きを見て、笑いすぎて倒れたらしい。
フィリアの母さんにも会った。綺麗な人で、とてもフィリアによく似ていた。
なんというか、フィリアが成長したらああなるんだろうなというような、まるで未来のフィリアを見ているようだった。
娘をもらってくれないかしら、と笑顔で言われた時にはどうしようかと思ったよ。
無言無表情で威圧するウォルと、笑顔で威圧するフィリアの母さん。
お似合いの夫婦だと思ったね。
フィリアによるとウォルはフィリアの母さんには敵わないんだとか。
どこの世界でも尻に敷かれるのは男の方ってね。
「師匠、もう少しだけここにいない?」
「ダメ。もう決めたから」
「……そう、分かったわ。なら止めない。次に会ったときは師匠が驚くほど成長しておくわ」
「そうだね。楽しみにしているよ」
この世界から離れるまでにきっと会えると思う。
地球でもそうだった。別れても同じ世界にいれば案外再会できる。
今はその時を楽しみに待つとしよう。
「じゃ、僕は行くね」
「あ、師匠。リューにも会っていってよね。あいつは師匠に懐いてるんだから」
「あいつも、の間違いじゃないの?」
「……バカ師匠」
あーあー、顔を真っ赤にしちゃって。
思わずニヤニヤと笑みを浮かべていると、ニーナに本で叩かれた。
「痛いんだけど」
「うるさい。さっさと行って」
「はいはい。……またね」
この世界にいる間はさよならは言わない。言葉には力がこもるから、言葉に出したことが現実に干渉してしまうかもしれない。
だから僕はさよならは言いたくないんだ。
「……また会いましょう」
図書館から出る瞬間そんな言葉が聞こえて来た。
素直じゃないね。まったく。
僕はそっと扉を閉めて、リューのいる訓練所へと向かった。
訓練所は二ヶ所ある。なぜ二ヶ所に分かれているのかと言えば、魔術を使う場所と同じでは事故が起きる可能性が高いかららしい。
確かに納得のいく理由だ。制御の甘い魔術師はどこに飛ばすか分かったものじゃないからね。
僕も初めて魔術を使った時に、辺り一帯を消しとばして冷や汗をかいたことがあった。
あのときは焦ったね。危うく友達を殺しかけるところだった。
僕にも魔術の師匠がいるけど、師匠には散々怒られたよ。
そんな懐かしい記憶を思い出しつつ、リューのいる訓練所までやって来た。
中に入るとリューが長剣を振っていた。最初に比べたら随分と上手くなったものだ。
「あ、師匠!」
「お疲れ様。かなり上手くなったね」
「ほんとか! やったぜ。これも師匠のおかげだ」
リューが羨ましそうに僕とニーナの魔術の訓練を見ていたので、リューにも剣術を教えることにした。
飲み込みが早く、最初に比べたら剣を振る鋭さも増して日に日に良くなってくるのが分かって、僕としても教え甲斐があった。
「僕はただ基礎を教えているだけだよ」
「これで基礎なんて未だに信じらんねー。もう教師だって俺に勝てなくなったんだぜ。師匠には手も足も出ないが」
剣術に関しても僕には師匠がいる。ただ、剣術や体術などを教えてくれた師匠は強さの次元が違った。
ある時は剣を振っただけで海を割り、ある時は剣を振っただけで雲を断ち切り、そしてある時は拳で山を砕いた。
そう、剣術や体術の師匠は神だ。
だから剣術や体術にはそれなりに自信がある。ただ、普段剣術を使っていないのは僕に合った剣が見つからないからだ。
師匠は、これだと思った武器を自分で見つけろ、と言っていた。
それ以来僕は武器を探し回ってるんだけど、しっくりくるのが未だに見つからない。だから僕は無手なんだ。
「約束は覚えているね?」
「おう。それが教えてもらう条件だったからな。破ったりはしないって」
魔術だって剣術だって、何かを傷つける。それは物だったり、動物だったり、人間だったり。
この二人が悪用するとは思えない。でも、人は心変わりをしてしまう。
だからこそ僕は基礎しか教えない。教えてはならないんだ。過ぎた力は身を滅ぼすだけでなく、周囲も滅ぼすからね。
どうかこの先も二人が道を誤らないよう、祈っているよ。




