閑話 とある国のとある姫④
暗い暗い、真っ暗な世界の中。私はもがき続けていました。
『国王様はとても優秀な方でしたのに』、『まだ十六歳なのに王が務まるのかしら』、『この国はどうなってしまうんだろうな』。
そんな言葉が私を追い詰めます。
逃げても逃げても追ってくる。耳を塞いでも聞こえてくる。
お父様が亡くなってから、そんな夢を見るようになったのです。
私の心はもう限界でした。
「……誰か、誰か助けてください」
早くこの悪夢から覚めて欲しい。早くここから出たい。
……私は、女王になるべきではなかった。
「そんなことありません!!」
この声は、……ライラ?
「姫さまには夢があったじゃないですか」
夢?
「姫さまは小さい頃から言っていました。将来お父様の跡を継いで、民を、街のみんなを笑顔にしたいって。悲しむ人なんていない、みんなが笑顔の国にしたいって。そう言っていたではありませんか」
ですが、そんなものは夢でしかありません。私がそれを実現するなんて……。
「無理です」
そう、無理です。不可能なんです。
私はお父様みたいにはなれないんです。
「確かに姫さまのお父様は偉大な方でした。あの方なら姫さまの夢も叶えられたのかもしれません」
もういいんです! 分かっています。そのくらい。
だから、もう……。
「姫さまは、一人で何もかもできると思っていませんか?」
えっ?
「私が無理だと言ったのは、姫さまがお一人で何もかもなそうとするからです。あなたのお父様、前国王だって一人では何もできません。あの方を信頼して動く人達がいるからこそ、できることなのです」
……私だって指示を出してーー
「指示を出すだけでは真に人はついてきてくれません。人形を操っているのと同じです」
っ! でも、私についてきてくれる人なんて一人も。
「私が、いるじゃありませんか」
……ライラ。
「私はいつもあなたの味方です。あなたの友人です」
……。
「だから、信頼して。リエナ。私はあなたのことを信頼してる。あの時から、ずっと」
涙を拭うと、真っ暗だったこの世界にライラが立っていました。
そして、ライラを中心に世界が色づいていきます。
「行こう、みんなが待ってるよ」
ライラの伸ばした手を取って光の先へと駆け出しました。
「……あれ、ここは」
目を覚ますと自室のベットの上に寝ていました。
隣を見れば、私の手を握ったライラの姿があります。
「ようやく目が覚めたみたいだね」
「誰ですか!」
声のする方を見てみれば、そこには上下黒の服を着た少年が立っていました。
「あなたは確か、私を助けてくださった……」
「唯斗だよ。呼びにくかったらユートでいい」
「あ、あのユート様はーー」
「様なんてつけなくていいよ。キミは今や一国の王。そんな人が僕なんかに様をつけたら示しがつかない」
「ではユートとお呼びしてもよろしいですか?」
「いいよ」
あまり敬われるのは好まれない方のようだったので、呼び捨てで呼ぶことにしました。私としては様をつけたかったのですが。
「それでユート、いったいどうなったのでしょうか」
「どこまで覚えてる?」
「ユートともう一人の男が私を助けてくださったところまで覚えています」
「ならほとんど覚えてるね。あのあとキミが気絶して、僕たちは一度キミのお付き、そこで寝ているライラのところにキミを連れて行ったんだ。約束だったからね」
「ライラのところへ? それに約束ってなんですか?」
「約束っていうのはキミをライラのところへ連れて行くこと。その子、拳銃で足を打たれたのに必死でキミを追いかけようとしていたんだよ? もう少しでもう足が動かなくなるところだったんだから」
ライラがそんなことを……、って、
「ライラは無事なのですか!!」
「そんなに慌てなくてももう大丈夫だよ。怪我も治したし」
「そう、ですか」
よかった。ライラが無事で本当に良かった。
「それから、事情を話したらキミを誘拐した奴らと主犯は即逮捕。今頃牢屋の中じゃない?」
「衛兵達がエルーアを逮捕したのですか?」
「主犯のこと? そうだよ。姫様を誘拐するなど言語道断! この手で打ち滅ぼしいてやるわ! って、止めるの大変だったよ」
「……どうして」
「うん?」
「どうして私なんかのために?」
「それはキミのことが大切だったからでしょ?」
「ですが、私には王の器ではないのです。いつも迷惑かけてばかりで。今回のことだって」
「あたりまえだよ」
「え?」
「迷惑をかけるのは当たり前。迷惑をかけない人間なんてどこにもいないさ。それに、僕だったら迷惑かけない人間なんてつまらないと思うな」
「どうしてですか?」
「考えてもみなよ。何もかも成功ばかりで誰にも頼らない。そんなの自分だけを信じて周りは信じてないのと同じだよ」
「っ!」
「誰かに迷惑をかけるっていうことは、誰かを頼るっていうことと同じだと僕は思う。全部自分でできるのなら一人で生きているのと同じなんじゃないかな」
私は、ずっと一人で生きようとしていたのですね。
自分で何もかもできると、そう思い込んで。誰かを頼ろうともせず、誰にも迷惑をかけない。そんなつまらない生き方を、私は……。
「ありがとうございます。ユート」
「別にいいよ。僕が助けたいと思っただけだから」
「いえ、その件についてもそうなのですが。今ならできる気がするんです。一人じゃないと分かったので」
「……そう。それは良かった」
大丈夫。私は一人じゃない。
ライラだけでなく、この国の民達がいる。
もう、私がすべきことは見えました。
「ユート、あの方にもお礼を言いたいのですが」
「あいつ? あいつはもうどっかに行ったよ。ほんと、何しにきたんだか」
「お友達ですか?」
「まぁ、そんなところかな」
「住んでいるところはわかりますか?」
「さぁ、僕と同じでいろんなところに行ってるからね」
「ユートも住んでいるところはないのですか?」
「うん。僕は旅人だからね」
「旅人ですか。今の時代には少し珍しいですね」
「そうだね。でも旅は面白い。キミとも出会えたしね」
「そうですね。黒の死神さま」
「……その呼び名はやめてほしいな」
ユートはそう言って子供のように口を尖らせました。
随分と可愛らしい死神さんがいたものです。思わず抱きしめてしまうところでした。
「是非ともお礼をしたいのですが」
「いいよ、別にお礼なんて」
「ですが、王が命を救われて何もしないわけには」
「それはわからないでもないけど、別にいらないしなー」
「ご家族はいらっしゃらないのですか?」
「いるよ。日本に」
「でしたらそのご実家にお礼の品をお送りしましょう。いずれお帰りになるのでしょう?」
「……そう、だね。そうしようか」
「わかりました。そのように後で手配しておきます」
帰ると言ったとき、ユートはどこか悲しげな顔をしましたが、私の見間違いだったのでしょうか。
「うう、ん。姫、さま?」
「はい。ライラ」
「姫さま……、姫さまー!!」
むぐ、苦しいです。ですが離してくれとも言いずらいです。
ライラは私のことを心配してくださっていたのでしょうから。
「本当に、申し訳ございません。私が外にお連れしたせいで」
「いいえ。ライラのせいではありません。全ては私の責任です。だから泣き止んでください」
「ですが!」
「私はあなたのおかげでこうしていられるのです。本当にありがとうございます。ライラ」
「う、うわあああああああ!」
私はライラが泣き止むまでずっと頭を撫で続けました。
これからも私はライラに迷惑をかけるでしょう。その度にこうして泣かせてしまうかもしれません。
ですが、ライラとならどうにかできそうな気がします。
私の夢であるみんなを笑顔にすること。
それも実現できる気がします。
とりあえず今は私も泣きましょう。ライラと一緒に、この涙が枯れるまで。




