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閑話 とある国のとある姫③

「ハハッ! やったぜ!」

「調子に乗りすぎるなよ。受け渡すまでが仕事だ」

「わかってるって。だがもう成功したようなもんだろ。追ってもないしな」

「そうだね。あの女には見られちゃったけどあの怪我じゃ追ってこれないだろうし」

「だよな! わかってんじゃねーか、新人!」

「痛い、痛い! 叩かないでよ」

「……お前ら」


 ……どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。

 今までこんなことは一度もありませんでした。

 この国は犯罪の最も少ない国として有名なのです。

 なのに、お父様がなくなった途端にこんなことになってしまいました。


 目隠しをされ、手足を縛られた状態で私に何ができるというのでしょうか。

 私はいつも無力です。

 お父様が苦しんでいるときも何もできませんでした。

 ライラが私のことを思ってくれていたことにも全く気がつきませんでした。


「……どうして、こんなことを」


 思わずそんな言葉がこぼれました。

 理由はいくつか考えられます。

 今となっては私はこの国の女王です。

 そんな私が誘拐されたとなれば女王としての器を疑われますし、民達も動揺するでしょう。

 身代金を要求される可能性もあります。

 そんな考えが頭に浮かび、血の気が引く思いでした。


「意外と気丈なんだな。もっと泣き叫んだりすると思ってたぜ」

「……私を誘拐したところであなた達はすぐに捕まります。すぐに衛兵達が私を」

「と、思うだろうが、残念だがそれは無理だな」

「なぜそんなことが言えるのですか」

「それは衛兵達は動かないからだ」

「どうしてーー」

「おい、喋りすぎだ」

「へいへい」


 衛兵達が動かない? どういう……、まさかっ!


「この誘拐を企んだのは……エルーア、ですか」

「……」


 エルーアはこの国の兵士を束ねています。

 彼なら衛兵達を動かせないようにするのも容易いでしょう。

 ですが理由は? どうして私を? 私を誘拐して何をしようというのでしょうか。


 それから数十分して車は止まりました。

 一体なぜ私を誘拐したのか。そればかり考えていたせいで、私の精神は擦り切れていました。

 お父様なら、こんなときどうしたのでしょうか。


 車から降りると水の流れる音が聞こえました。近くに水路があるのでしょう。

 私は男達に連れられて建物の中に入ったようです。

 というのも、大きな扉を開ける音がしました。どこかの工場、でしょうか。


「やぁやぁ、待っていたよ」


 私は私を誘拐した男達の一人に目隠しを外されると、目の前には私が想像していた男が立っていました。


「……エルーア」

「あれ? 驚いてないねぇ。誰か言ったの?」

「悪りぃ、俺がヒントを出しちまった。別に答えは言ってないんだけどな」

「へぇ、そうなの」


 気持ち悪いです。あのエルーアの笑顔。

 どこか狂っているような、そんな気がします。

 そんなことを考えていたときでした。突然銃声が響いたのです。

 私には目の前で起きたことが理解できませんでした。


「な、なんで」

「馬鹿だねぇ、君は。なんで言っちゃうのかな。楽しみが一つ無くなったじゃないか」

「ガハッ!」


 ど、どうして? なぜ? あの人はエルーアの仲間ではなかったのですか?

 私の動揺を見透かすかのようにエルーアは気味の悪い笑みを浮かべました。


「リエラ、僕が怖いの?」

「……どうして、殺したのですか」

「どうして、って。あいつは僕の楽しみを奪ったんだよ? なら殺さなきゃ」

「仲間ではなかったのですか?」

「仲間? 僕とこいつらが? な訳ないじゃん。こいつらは使い捨ての道具。仕事だけしてればいいんだよ」


 道具? 同じ人なのに?


「なんで、そんなことを言うのですか」

「君はインクの出なくなったペンを使い続けるの? 捨てるでしょ?」

「違います! どうして同じ人間をそんな目で見ているのですか!」

「同じ人間? 違うでしょ? こいつらは僕の下僕だよ? それにこの国の人間だって」

「何を、言っているのですか?」

「ハハッ! まだわからないの? 僕がこの国をもらうんだよ。この国の人間に何をしようと僕の勝手さ!」

「そ、そんなことができるとでも思っているのですか!」

「できるよ。君は僕のお嫁さんになるんだから」


 ……そういうことですか。

 エルーアは私を王妃にして、自分が国王になろうと言うのですね。

 もしくは、私が女王のまま自分を操り人形にでもしようと言うのでしょう。


「なりません。そんな要求は絶対に飲みません!」

「いいや、君は僕の言う通りにするさ。絶対にね」

「そんなことはーー」

「僕の要求を飲まなければ、この国の人間を殺すよ?」

「っ! 下劣な!」

「ふふっ、楽しみだなー。君みたいな可愛い子をおもちゃにできるんだから」

「や、やめてください! 近寄らないで!」


 近寄るエルーアから逃げようとしましたが、誘拐犯に拘束されて動けません。

 そして、エルーアの手が頬に触れ、首筋へと降りていきました。

 気持ち悪さのあまり、その場から逃げようともがきますが、


「や、やめて!」

「ふふっ、可愛いなぁ。君は僕のもの。この国の人間も僕のものだ。君に選択肢なんてないんだよ」


 耳元で囁かれ、私はただただ絶望しました。

 お父様が支えたこの国を私も支えたいと小さな頃から思ってきました。

 この街に住む人たちが、私は大好きなのです。

 なのに、私は民を守る力がありません。私は無力です。

 私にできることなんて、無いのです。


 その時、私はふとライラの言ったことを思い出しました。

 私一人で背負えない分は、ライラも一緒に背負ってくれると。

 そうです、私一人では何もできない。

 だから、私はだれかに頼らなくてはならないのです。


「……だれか、助けてください」

「無駄だよ。ここには誰も来やしない。衛兵達に手出しできないようにしてあるからね」


 そんなの関係ない!

 私にできること。それは、だれかに助けを求めることです!


「私は無力です。私にできることなんてほとんどありません。ですが、私はこの国の人たちを守りたい。お父様が守ってきたこの国を、この国に住む人たちを守りたいんです! だから、神様だって悪魔だって構いません。誰か、助けてください!」


 最後の最後まで私はあがきます。それが、私にできることですから。


「ハハッ、そんなこと言っても無駄だよ! この近くに人なんて誰もーー」

「キミ、面白いね。そんなモブっぽいセリフを吐く悪役をリアルで見るなんて思わなかったよ」


 その若い少年のような声を聞いた瞬間に、私の視線が突然切り替わりました。

 隣を見れば、その声相応の少年が立っています。

 上下黒の服を着てリュック背負っているその少年は、私の方を見て微笑み、背伸びをしながら私の頭を撫でてくれました。


「よく勇気を出して頑張ったね」


 その撫で方はどこかお父様の撫で方と似ていて、私は思わず涙をこぼしてしまいました 。


「なんだ、貴様! 僕の邪魔をするな!」

「まるで駄々っ子だね。よっぽど甘く育てられたのかな?」

「なんだと! ガキのくせに!」


 危ない!

 エルーアが少年に向かって拳銃を突きつけました。

 このままでは少年はライラや誘拐犯の一人のように撃たれてしまうでしょう。

 私は少年をかばおうとしましたが、少年に手で止められました。

 その瞳は「自分任せて」と言っているように見えます。


「死ね!」


 大きな発砲音が建物中に響きます。

 私は思わず目を塞いでしまいました。

 これ以上人が亡くなるところは見たくないのです。

 あの日、お父様が息を引き取った時のように。


「なっ!」


 エルーアの驚く声が聞こえて、恐る恐る目を開けました。

 すると、銃弾が少年の目の前で止まっているではありませんか。


「な、なんなんだ! 貴様いったい」

「……黒の死神」


 誘拐犯の一人がポツリと言いました。

 その名前には聞き覚えがあります。

 確か、様々な国で犯罪者グループが次から次へと逮捕されました。

 その時、逮捕された人達が皆口々に言ったのです。

『黒の死神』と。

 犯罪者を刈り取る正義の味方として、ニュースにも取り上げられたこともあります。

 ですがその正体は不明。ただその服装は全身黒だと聞きます。

 それがこの少年だというのでしょうか。


「その名前、中二病っぽくて嫌なんだけど」

「ならやはりお前が黒の死神か」

「自分から名乗ったことは一度もないけどね」

「そうか。なら手合わせ願いたい」

「嫌って言ったら?」

「お前にその選択肢はない!」


 誘拐犯が駆け出すと同時に少年も走り出しました。

 ですが、その速さは歴然。

 少年は人間とは思えないような速さで誘拐犯を翻弄します。


「くっ、お前本当に人間か?」

「一応ね」


 私にはわかりませんが、いくつものフェイントの応酬があるのでしょう。

 思わずその様子に見入ってしまいました。

 だから、エルーアが私に向かって拳銃を向けていることに気がついたのはその引き金が引かれた後でした。


 ……どれくらい経ったでしょうか。

 いつまでたっても痛みが来ません。

 それとも私はもうすでに死んでしまっているのでしょうか。


 そんなことを考えながら目を開くと、そこには少年の後ろ姿がありました。

 そして、胸元からは血が流れています。


「大丈夫ですか!」


 思わずそんな言葉が出ましたが、大丈夫なわけがありません。

 血が溢れているところは少年の心臓。撃たれて無事なはずがありません。


「ゲホッ、ちょっと、ミスっちゃった」

「喋らないでください! すぐに手当てを」

「あー、別に、いいよ。大丈夫、だから」

「大丈夫なわけありません!」


 すぐに病院に連れて行きたいところですが、ここがどこかもわからないのです。

 それに私は車の運転はできません。

 また自分の無力さが嫌になってきました。

 私はどうして……。


「は、ハハハハハッ! やった、やった! これで邪魔する奴はいない! これでこの国の王は僕だ!」


 悔しい、悔しいですよ……。

 こんな男に、この国はめちゃくちゃにされてしまうのですか。


「ゲホッ!……、あー、泣かなくていいよ。ごめんね、心配かけて」

「そ、そんな馬鹿な!!」


 死んでしまったとばかり思っていた少年は突然目を開け、私の目から溢れる涙を拭ってくれました。


「そんな……、死んだはずじゃ」

「大丈夫だって言ったでしょ。それよりもそこの誘拐犯。僕結構疲れてるんだよね。だからもう終わりにするよ」

「なんーー」


 何が、起こったのでしょうか。

 突然目の前の少年が消えたかと思うと誘拐犯の隣に現れ、誘拐犯は気絶したのです。

 私には全く見えませんでした。


「なんなんだ、貴様。一体なんなんだ!!」


 半狂乱になったエルーアが少年に拳銃を向けましたが、少年は動きそうにありません。

 ただ、エルーアを哀れむような目で見るだけでした。


「クソォ!!」


 しかし、エルーアが引き金を引くことはありませんでした。

 その前に、その背後にいたもう一人の誘拐犯が気絶させたのです。


「あーあ、全く。往生際が悪すぎるって」

「あなた、どうして?」

「俺? もともとこいつらの仲間じゃないしね。それよりもユートー、会いたかったぞー」

「僕は別に会いたいとは思ってなかったけど」

「そんなつれないこと言うなよ。遠いところからわざわざやってきたっていうのに」


 二人はどう言う関係なのでしょうか。

 誘拐犯は自分を偽っていたようで口調が違います。

 こっちの方が素なのかもしれません。


「あ、あの。どうして私を助けてくれたのですか?」

「うん? ああ、キミのお付きの人が必死に助けようとしていたからね。それに、キミ自身も助けてほしいって言ってたでしょ?」

「それ、だけですか?」

「それだけだけど?」


 ……すごいお人です。

 助けを求められたから助ける。それを実行できる人はいったいどれくらい居るでしょうか。


「昔っからユートって色々首突っ込むよな」

「別に自分のしたいようにしてるだけなんだけど」

「だからお前はお人好しなんだ」

「そうかな」

「いつか痛い目見るぞ?」

「その時はその時だよ。なに? 心配してくれてるの?」

「バッカ。んなこたねーよ」


 そんな彼らの会話を聞きながら、私は意識が落ち行くのを感じました。

 おそらく助かったので安心してしまったのでしょう。

 どこか夢のような一日でした。

 辛いこともありましたが、できれば夢であって欲しくない。

 そんなことを思いながら、私はまぶたを閉じました。


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