28話 黒の人型
「……それは置いといて。あれって元に戻せるのかな?」
「ユートならできると思うけど、……戻すの?」
どうしようか。
戻せるのであれば戻した方が、ウォルとしても助かるかもしれない。
ウォルに引き渡した後どうなるかなんてもう目に見えているようなものだけど。
そして何より、
「あんなのは僕、殺したくないな」
「だね〜」
僕はそもそも殺生を好まない。
もちろんそうしなきゃいけない時は迷ったりはしないんだけど、あんな変な生物を殺したんじゃ夢見が悪くなりそうだ。
ただでさえ悪夢として出てきそうな姿してるのに。
「いっそ転移させてなかったことにするっていうのは……」
「この前それでしっぱいしてたのだれだっけー?」
うん。僕だね。
一歩間違えれば大惨事だったよ。
ちなみに恐竜のことはウォルには伝えていない。
もうあれは時効だよ。一週間は経ったから。
「キサマ……キサマキサマキサマキサマキサマアアアアア!」
「おっと」
図体にしては割と速い巨人の拳を後方へ飛んで避ける。
巨人の拳で地面が陥没し、蜘蛛の巣状にヒビが入った。
「結構な力してるね。あんな黒っぽい小石一つでこんなにも力が手に入るんだ」
「キサマ! イツモイツモワタシノジャマヲシオッテ!!」
ガトナー伯爵の意識がまだあるのか。
あんなに叫んでばっかだからもう話すら通じない化け物になっちゃったのかと思ったよ。
「キミが僕の気に食わないことをするからでしょ? いやだと思ったから止めたまでだよ」
「クソックソックソックソッ!! ワタシノケイカクハカンペキダッタノダ!」
前言撤回。
まともな思考してないね。会話も成り立たないし。
それにリンが言ってたっけ。悪感情が強すぎるって。
つまり、もうほとんど意識のバランスが憎悪とかに傾いてるってことなのかな。
「……ソウダ。オマエサエイナケレバ。オマエサエイナケレバ!!」
次から次へと飛んでくる拳を足さばきで避ける。
僕に戦い方を教えてくれた人の一人が言ってたな。
「戦いは踊りよ」って。
でもこれが意外と難しい。
始めの頃は転んでばかりだった。
もちろん今ではそんなことないけど。
「ナゼダ! ナゼアタラナイ!」
「さてね、キミが遅いからなんじゃない?」
「クソッ! モットダ、モットチカラヲヨコセ!!」
すると巨人の体がより黒く、そして細く小さくなり始める。
「……なにこれ」
巨人はその体を成人男性ほどまで小さく変えた。
元の体型などまるで無視した細身の男に。
鼻や目などは一切なくなり、まるでのっぺらぼうのようだ。
「ユート、気をつけて」
……リンが警戒するっていうことはかなり危険ってことだね。
これは少しまずいかな。
「リン、ちょっと離れててくれる?」
「……わかった」
流石にリンを守りながらだと厳しいかもしれないからね。
僕はリンが離れて行くのを感じながらも、闇夜のように真っ黒な人型から目を離さないように気をつけた。
……いや、気をつけていたのに、それを見ることはできなかった。
「っ!」
気がついた時にはもう目の前に拳があった。
とっさに腕を間に挟みながら、後方へと飛んだ。
けど、腕へとダメージがまずい。
これは完全に折れてるね。
「随分と様変わりしたものだね」
「……」
もう言葉すら発せなくなったか。
人とは言えないね。
「【癒せ】」
これで腕はなんとか治ったけど、あんな力まともに受けてたらいずれ死んじゃうよ。
流石にもう一度折れるのは勘弁してほしいから、とりあえず神力を纏う。
これで折れることは無いと思いたいんだけど。
「……冗談でしょ」
思わずそんな言葉がこぼれても仕方がないと思う。
まさか、相手も神力を纏うなんて考えもしてなかったよ。
というか、なんで神力を纏ってるんだ?
神の加護を受けているとでもいうのだろうか。
って、今はそんなこと考えている余裕はない。
もうあの人型の何かは神だと思って戦うしかない。
そうでなければ死ぬのは僕だ。
「仕方ない、【解】」
僕は神力を持っているためか、神力が眼に流れ込んで眼が見えすぎる。
度のキツすぎるメガネをかけているのと同じで、目への負担が大きい。
だから、僕は眼に神力が流れないようにいつもは制限をかけているんだ。
「ーー」
人型が僕へと飛ぶように向かってくる。
神力を纏ったことでさっきよりも速いはずだけど、今度はしっかりと確認できた。
人型の拳を紙一重で避ける。
「……ふぅ」
「ーー」
苛立っているのか、次から次へと拳を振り抜いてきた。
それを全て紙一重で避け続ける。
「っはぁ」
流石にきついな。
避けるのもしんどいんだけど、何より眼への負担が大きい。
本来であれば眼に神力を流して使うらしいんだけど、僕は元が普通の人間の眼だから負担がかかるって天照さんが言ってたな。
でも、こんなに速いのは本来の神眼の使い方でもしないと見えないよ。
「……でも、防戦一方っていうのもまずいよね」
いつかは体力が尽きてしまう。
あの人型に体力なんて概念があるのかはわからないけど。
「ーー」
「……ふっ!」
殴りかかってきた人型の腕を掴んで地面に叩きつける。
見事に技が決まったけど、効いている様子はない。むしろ、僕を倒そうと引っ張られた。
神力の量も身体能力も向こうの方が上だからね。当然力は負ける。
腕を掴んだままだと危険だと判断した僕はその手を離して後方へと飛んだ。
「なんでこんな時にミルがいないのかなぁ」
でも文句は言えないな。
今ミルは神々に僕のことを伝えに行ってるんだから。
「ーー」
「ユート!!」
「まずっ!」
こんなこと考えている余裕なんてなかったのに!
すでに人型は僕の胸部を殴りつけるところだった。
流石にここまで懐に入られたらガードは間に合わない。
「がはっ!」
ほぼ地面と平行に僕の体が吹き飛び、両手ほどの数の木にぶつかりながら吹き飛んだ。
「ユート!」
「ゲホッ! ……だい、じょうぶ」
口ではそんなこと言っても体はそうはいかなかった。
たぶん骨は肺に突き刺さっているし、意識が朦朧としてきた。
普通なら数分も経たず死んでしまうだろう。
「ゲホッゲホッ!」
「ユート!!」
……心配しなくてもいいよ。
大丈夫なことくらいリンだって知ってるでしょ。
「ばかぁ……大丈夫でも心配だもん」
あれ、また顔に出てたかな?
「ゲホッ……ふぅ。ごめんね。また顔に出てた?」
あれほど酷かった傷は跡形もなく消えた。
まだ口の中にはさっき吐いた血が残っているけど。
うぅ、鉄の味がする。
「ばか」
「バカだよー」
「ばかばかばかばか!」
「ごめんごめん……それより、あの人型をなんとかしないと」
随分と飛ばされちゃったから、急いで戻らないと。
「っ! ユート! 急いで! あいつ街の方に向かってる!」
「なんだって!?」
それはまずい!
あんなのが街に入ったら大勢死人が出る!
「急いで行かないと」
「ユート! 転移して」
「おっと、そうだった。……【転移】」
僕が街に転移すると、人型が兵士たちを吹き飛ばしてウォルとフィリアに手をかける瞬間だった。
「っせい!」
僕はウォルたちと人型の間に入り込んで全力で人型を蹴り飛ばした。
「ごめん、ウォル」
「……ユート、か? お主、その血」
「ああ、大丈夫。もう治ってるから。それよりも」
僕の蹴りが効いているようには見えない。
やっぱり神と同じくらい強い。
僕の力だけじゃ勝てっこないね。
「ユート、あれは一体なんなのだ」
「あれは元ガトナー伯爵だよ」
「しかし、大きさが……」
「戦ってたら突然小さくなってね。もう強いのなんのって」
「そうだ! 兵士たちは!!」
「おっと、確かにこのままだとまずいね。……【癒せ、癒せ。吹く風は癒し、癒しを運び、癒しを届ける】」
僕を中心ににやわらかな風が吹く。それはだんだんと広がり、やがて消えていった。
「なんてやさしい風……」
フィリアは気持ちよさそうに呟いた。
「これで大抵の傷は治ったはずだよ」
「……お主は本当に人間か?」
「一応ね。……ウォル、下がってて」
瓦礫の中から人型が出てきた。
どうやらウォルたちを狙ってるみたいだね。
他の兵士たちには見向きもしない。
……目はないけど。
天照さんの力を借りようにも、そんな暇がない。
僕が行動を起こそうとした瞬間にあの人型は僕を殺しにくるだろうからね。
……やっぱりこの方法しかないかな。
「リン、後のことは頼んでいいかな」
「……わかった。ちゃんとユートはリンが守る」
なら安心だ。
「ウォル、フィリア。これから起こることは他言しないでね」
「なにをーー」
それはコインの表と裏のように。
それはオセロの白と黒のように。
それは電気のスイッチを切り替えるかのように。
パチリと入れ替わる。
僕が……我と。




