26話 姫
「あれはなんですか? 」
姫の視線の先には屋台があった。
おじさんが忙しそうに次から次へと串焼きを焼いている。
「ああ、あれは屋台だね」
「屋台?」
「そう、ああやって串焼きとかをその場で調理して販売してるんだよ」
「そんなものがあるのですか」
「フィリアは食べたことないの?」
「はい。私はずっと王城の中で暮らしていましたから」
ずっと王城の中か。
僕には到底無理な生活だな。
「一度食べてみたいです」
「なら買ってきてあげるよ」
「いいのですか! でも、食べるところを見られるわけには……」
「大丈夫。リン、頼むよ」
「いいよー。【あなたはあなた。みんながみるのはいつものあなた】」
「……もう大丈夫。フィリアはそこに座っているようにしか見えていないはずだから」
「そうなのですか。すごいですね、精霊様は」
「ふふー」
リン、褒められて嬉しいのは分かるけど僕の頭を叩くのはやめて。
「それじゃあ、ちょっと買ってくる」
「はい、お願いします」
僕は馬車から飛び降り、串焼きをしているおじさんから二本串を買って戻った。
もちろんそのままでは姿を認識されないからリンに言って少しだけ幻惑を解いてもらった。
「はい、フィリア」
「ありがとうございます。……これはどう食べたらいいのでしょうか」
「そのままかぶりつくんだけど」
「そのままですか!? は、恥ずかしいです」
「大丈夫、誰も見てないから」
「で、ですが、ユート様が」
「僕は見えてるね」
「はうぅ」
そんなに恥ずかしいかな?
僕は顔が真っ赤になったフィリアを見ながら一口串焼きをかじる。
「あ、おいしい」
なんの肉かはわからないけど、鶏肉っぽい感じはするね。
タレの味がいい。肉の旨みを引き出している。
しばらく僕が食べているのを見ていたフィリアは、決心がついたのか小さくパクリとくちにした。
「……おいしい」
「だよね。屋台って当たりハズレがあるけど、あそこは当たりだったみたい」
一口食べて気にしなくなったのか、フィリアはパクパクと食べ進め、あっという間に全部食べてしまった。
そして食べ終わると、僕の視線に気がついたフィリアが顔を赤くしながら俯いた。
「す、すみません。今日はお昼に何も食べていなくて」
「どうして?」
「緊張してしまって。女王になろうって人がこのようなことではいけないとは思うのですが」
プレッシャーか。
国民全員の生活がかかってるんだから緊張もするよね。
それに大勢の前に顔を出すのも初めてみたいだし。
「誰だって初めてのことは緊張するものじゃないかな」
「そう、でしょうか」
「僕だって初めて旅に出たときは緊張したものだよ」
「ユート様はいつから旅に出ているのですか?」
「十五さいのときかな。だからもう五年になる」
「えっ、ユート様は二十歳なのですか!?」
もういいよ。
その反応にはもう慣れたから。
「すみません、年上だと思ってなくて」
「いいよ。いつものことだから」
「ユートは小さいからー」
リンには言われたくないな。
キミなんて手のひらサイズじゃないか。
腹が立ったのでリンの額を指先て軽く突いてやった。
本人は構ってもらったと思ったみたいで、喜んでいたけど。
それからゆっくりと数時間かけて街を一周した。
襲撃は一度もなかった。
常に兵士が目を光らせているから向こう側も手が出しにくいのだろう。
ウォルの話では、貴族街に入る前に一度フィリアが挨拶をするらしい。
狙われるとしたらそれが行われた直後だろう。
一番気の緩むところを狙ってくるはずだ。
貴族街の境界にある広場にはフィリアの言葉を聞こうと、多くの人が集まっていた。
庶民だけでなく、貴族やウォルも集まっていた。
おそらくここで決着をつけるつもりなのだろう。
「フィリア、頑張ってね。僕はそばにいるから」
「……はい」
広場の中央に姫と僕を乗せた馬車が止まる。
そして、兵士の一人が宝石のように輝く玉をフィリアに渡した。
フィリアがそれに向かって声を出すと、声が大きくなって響いたことから、これはマイクのような役割を果たしているのだろう。
「皆さん、初めまして。私はウォルス・リフィト・エルムスが娘。フィリア・エルムスです。本日はこれほど多くの人が集まってくださったこと、感謝申し上げます。始めに言っておきます。私は女王になりたくありませんでした」
おっと、いきなりすごい発言だね。
周りの人がざわついてるよ。
「先日、私は何者かに暗殺されかけました。なんとかその時は通りすがりの優しい人に助けていただきましたが、それからというものの、本当に私なんかが女王になっていいのか。そう思うようになりました」
身分の高いものが命を狙われるのはどこの世界でも同じだね。
フィリアだからというわけじゃない。姫だから狙われるんだ。
「私が女王になれば、救える人がいるでしょう。ですが、逆に私が女王になったせいで死んでしまう人も出てきます。そう考えると、怖くて怖くて仕方ありませんでした。だから私は女王になりたくないと思いました」
一国の王っていうのはそういうものだからね。
大のために小を捨てなければならない。
それはフィリアにとって辛いことだろう。
「ですが、ある人が言ったのです。自由にしなさいと。逃げても立ち向かってもいい。自分自身で決めなさい。たとえどんな選択をしたとしても必ず後悔するものだから。そう、言われたのです」
僕が言ったことだけど、こうして改めて言われると恥ずかしいね。
「みなさんはどうでしょうか。そんな決断に迫られたことはありますか? 後悔しましたか? ……私もおそらくこの選択に後悔するときがくるかもしれません。いえ、きっとくるでしょう。ですが、ここに宣言します。私、フィリア・エルムスは、エルムス国女王になります。今は私の父、ウォルス・リフィト・エルムスに任せきりですが、いつかは女王になって、みなさんが幸せな生活が送れるよう、私の持てる力全てを使いたいと思います」
……誰かが襲ってくるような気配はないけど、さっきから殺気が飛んできている。
ここで仕掛けてくることに間違いはないね。
でも、なんだかおかしな殺気なんだよね。
威圧するための殺気で、本当に殺すという殺気ではない気がする。
「ーー以上で、私の話は終わりです。短いですが、話を聞いていただきありがとうございました」
フィリアの話が終わると同時に大きな拍手が送られた。
気持ちがよく伝わってくる演説だったよ。
僕も周囲を警戒しつつ拍手を送っていると、人混みの中から黒服を着た人が飛び出してきた。
顔は目以外を覆い隠しているからわからないけど、体格からして男だろう。
右手にはナイフを持っている。
「きゃ!」
フィリアが小さく悲鳴をあげた。
以前襲われたときのことを思い出したのだろう。
「奴を止めろ!」
兵士の一人がそう声をあげるが、対応が遅い。
もうすでに男は馬車の上へと飛び乗り、フィリアの心臓へとそのナイフをーー
「【止まれ】」
「っ!!」
突き立てさせるわけがないよね。
僕がいるんだから。
さて、ここからはウォル。
キミの出番だよ。
僕がウォルに視線を向けると、ウォルはニヤリと笑みを浮かべながらこちらへと向かってきた。




