24話 迷い
エルムス国。
ユーリツィア大陸の南部に位置する、大国の一つである。
森からは果物が豊富に取ることができ、王都には流れてこないものの南の方では海から魚が豊富に取れる。
かつては人族以外の種族、例えばドワーフやエルフ、龍人といった種族もいたが、先王の貴族主義、人種主義によってその姿を消してしまった。
今では交流すらない。
それを危機と感じた現国王が色々と改善したため、以前よりも暮らしやすくはなっている。
だけどまだまだ問題は山積みである。
というのが、先日ウォルから聞いた話だ。
この国はミルがいるから食料などに困ることがあるはずがない。
なのに、庶民には飢えに苦しむ人がいる。
これははっきり言って異常だ。
豊穣の神と名乗るほどだから作物の育ちは悪くないはず。
なら、なぜこんなことが起きているのか。
単純に考えて貴族が独占しているからだろう。
どうせ近隣の国に売ってお金に換えているんじゃないかな。
そしてこれからどうするか、なんだけど。
「本当にそれでいいの? ウォル」
「ああ、構わない」
ウォルが一体何をしようとしているのか。
最初それを聞いた時は、僕は思わず耳を疑ったよ。
「この国の貴族主義の貴族を全員辞めさせるなんて、普通なら考えないよ」
「膿は取り除いた方がいい」
やっぱり信じられないね。
そんなことをすればこの国は国として形をなさない。
「それで、どうする気なの?」
「……私は十年の間、ずっとこれを計画していた。だが決定打がなくてな。あと一つ何かあればすべてがうまくいくはずだったのだ。そして、それが今私の手の中にある。……爺!」
ウォルの呼びかけでおじいさんが部屋に入ってきた。
あれ? この人って確か、姫が暗殺されかかった時に僕が犯人だと思って攻撃してきた人か。
「ここに」
「あれを持ってきてくれ」
「そうおっしゃると思い、すでにお持ちしております」
おじいさんが箱の中から取り出したのは、僕がウォルに返した豊穣の短剣だった。
「この短剣さえあれば、すべてが丸く収まるのだ」
「どうして?」
「唯一の問題は、次の王を継ぐ者がフィリアしかいなかったことだったのだ」
「確か、この国は初代以外はみんな男が王だったっていう話かな」
「そうだ。優秀な貴族たちも、フィリアが国王になるのはよしとしなかった。だが、この短剣さえあれば、その者たちを納得させることができるのだ」
「この短剣ってそんなにすごいものなの?」
「うむ。国を豊かにするだけでなく、魔物からこの国を守る効果もあると聞く。これがあるのであれば、次期王はフィリアしかあり得ないのだ」
なるほどね。
初代女王もこれを持っていたみたいだし、反論できるものはいなくなる、か。
「でも、そんなに一度に多くの貴族を辞めさせて大丈夫なの? それに、フィリアは女王になりたいと言ってるの?」
「……前者は問題ない。十年前から後釜だけは育成しておいたからな。だが、問題は後者だ。今まではフィリアは女王になりたがっていたのだが、この前から急に意見を変えてな。女王にはなりたくないと言い出したのだ」
「どうして?」
「訳を聞いても話してくれないのだ。私の妻は何か知っているみたいだったが」
「ウォルの奥さんはなんて言ってたの?」
「もう少し考えさせてあげて、と言っていたな。だが、もう引くに引けないところまできてしまった。後戻りはできないのだ」
やっぱり王や姫っていうのは大変だね。
国というものに縛られている。
だから僕は王や姫っていう立場が大っ嫌いなんだ。
「少し姫と話をしてくるよ。話したいこともあったし」
「説得してくれるのか?」
「説得なんてしないよ。姫がどうするかなんて姫が決めることであって、僕が決めることじゃない。姫が女王になりたくないというのならそれでいいと思ってる」
「……そうか」
「まぁ、この前引き受けた姫の護衛はちゃんとするよ。きっと狙われるのもその時だろうしね」
言いたいことはいい終えたので、ウォルの執務室から出て姫の部屋へと向かう。
すると、後ろからあのおじいさんがついてきていた。
「ユート殿」
「えっと、確かあの時のおじいさんだよね」
「ええ。姫を助けてくださりありがとうございました」
「別に構わないよ。それよりも何か用かな」
「まずは謝罪を。あの時は攻撃してしまい申し訳ございませんでした」
「ああ、別にいいよ。怪我もなかったし」
「感謝します。……して、姫についてなのですが、どうか説得してはもらえませんか」
「……どうして?」
「姫はこの国の王になって、民を束てねもらわねばなりません。その力が姫にはあるのです」
「でも、本人にその意思がなければ意味はないでしょ? 力があったとしてもそれを行使するかは本人の自由だよ」
「そう、かもしれません。ですが、この国を存続させるには姫に立ち上がっていただく他ないのです」
だからと言って何かを強制させることを僕はよしとしない。
おじいさんの瞳に揺らぎはない。
姫を女王にするという決意が伝わってくる。
「僕は僕個人として姫と話をする。ウォルやおじいさんに言われたからじゃなくてね。それでどうするかは彼女次第だよ。これは絶対に譲れない」
「……左様ですか。わかりました。もうこれ以上は何も言いません」
悪いけど僕にだって譲れないものがあるんだよ。
僕はおじいさんの後ろ姿を見送った後、姫の部屋へと向かった。
部屋自体は国王の執務室からそれほど離れてはいない。
「姫、ユートだけど、少しだけ話をしてもいいかな」
女の子の部屋を尋ねるというのは意外と度胸がいるものだね。
ちょっとだけ緊張している自分に少し驚いているよ。
「……はい」
「中に入ってもいいかな。別にここで話してもいいんだけど」
「入ってきて、もらえますか。そこではだれかに聞かれてしまいますから」
確かに。
廊下にはよく声が響く。
だれかに聞かれていてもおかしくはないね。
僕はゆっくりと扉を開け、中に入ってそっと扉を閉じる。
部屋の中はカーテンが閉められているため薄暗い。
姫の場所を確認しようとして、横からだれかに抱きつかれた。
確認するまでもない。
姫だ。
「どうしたの? そんなに泣きそうな顔をして」
「……私、私、どうしたらいいのかわからないんです」
「何がわからないの?」
「……女王になって、みんなを幸せにしたい。ずっとそう思っていたのに、わからなくなってしまったのです」
「どうして?」
「私はだれかに暗殺されそうになるような、そんな人間なんです。きっと死んで欲しいと思われているのでしょう。そんな人間が本当に女王になってもいいのでしょうか」
「……」
「ユート様が持ってきてくださったあの短剣があれば、私にも救える人はいると思います。ですが、私の行いによって死ぬ人もたくさん出てくるでしょう。本当にそれが正しいのでしょうか」
「……僕から言えることは一つだけ。自由にしたらいい。キミがここで逃げ出すのも、真正面から立ち向かうのもキミの自由だ。キミだけが決められる、他の誰にも決められないことだ。よく後悔しない選択をしなさいという人がいるけれども、それは無理だ。人間は必ずどんな選択をしたとしても後悔する」
「……」
「だから、キミがしたいと思った道を選んだらいいと思う。選択肢はいくらでもあるよ」
「なら、私と一緒に生きてくれませんか?」
……それは予想外だったよ。
でもね、
「ごめんね、それだけはできない」
「……どうしてですか?」
「キミが嫌いだからじゃない。僕がだれかと付き合ったら、僕はその時点で自由ではなくなる。つまり、僕が僕じゃなくなってしまうんだよ。僕の本質は自由だからね。だから誰とも付き合うこともできないし、共に生きることはできない」
「そう、ですか。……なんとなくわかっていました。ユート様とお付き合いするなんて夢物語叶うはずないって。だからいいです。……でも、でも、今だけは少しだけ時間をくれませんか?」
「……いいよ」
「うぐぅ……ああああ!!」
今は思う存分泣いていい。
どうするか決めるのは、その後でも遅くはないのだから。




