七
たたき台は、一晩で書けた。
書けてしまうことが、真壁には少し怖かった。二十年やってきた仕事だ。定義を置き、権利と義務を対にし、手続きを決め、例外を塞ぐ。手が勝手に動く。
一、森の地はハルデンの家のものとする。
二、のこしぎはハルデンの家のものとする。村の者は、家の建て直しに要るとき、願い出て受けることができる。
三、かえりぎは、村の者がこれを「もつ」。「もつ」とは、九十七年前の裁定の注にいう三つのことをいう。
四、みずのきは、何人もこれを伐らない。
五、枯れ木、茸、木の実は、村の者がこれを採る。
「六からが、新しい部分です」と真壁は言った。
机の向こうにはユストと、ドルフと、孫がいた。老人を書庫に呼ぶと言ったとき、ユストは驚いたが、反対はしなかった。老人は羊皮紙の棚を珍しそうに見回し、樫の机を掌で叩いて、何か言った。
「よい木だ、と」
「でしょうね」
真壁は続きを読み、ユストが村の言葉に移した。
六、かえりぎの森を十二に分け、年にひとつずつ伐る。
七、その年に伐ったかえりぎは、まず村の薪に充てる。一戸につき六たな、年寄りと赤子のいる家は七たな。
八、残りは、ハルデンの家が炭に焼いて売ることができる。炭焼きは村の者の賃仕事とする。
九、村の者は、これまでどおり、年に六日の道普請と、森番を務める。
老人は目を閉じて聞いていた。一条ごとに、小さく頷く。六のところで、頷きが止まった。
目を開けて、訊いた。ユストが訳す。
「十二に分ける、とは、どう分けるのか、と」
「広さで、等しく。測量は代官所でやります」
老人は首を振った。怒ったふうではなかった。孫に物を教えるときの顔だった。机の上に指で線を引きながら、長く話した。
「森は、畑ではない、と申しております。南の斜面は陽がよく当たって育ちが早く、北の谷は遅い。尾根は土が薄い。広さで等しく切れば、ある年は薪が余り、ある年は村の分にも足りぬ。村ではいまも、十二に分けてはいる。ただ、広さではなく」
ユストは老人に訊き返し、確かめてから続けた。
「薪の出る量で、分けているそうです。南は狭く、北は広く。境は、どの株からどの株まで、と、覚えている」
真壁は自分の六条を見下ろした。
等しく、と書いた。等しく、は公平に見える。図面に線を引けば、誰が見ても確かめられる。そして、北の谷を伐る年に、村の誰かが冬を越せなくなる。
見ないで書いた文章がどうなるかは、よく知っている。そう言ったのは、自分だった。
「……ありがとうございます」
彼は六条に線を引いて消した。
「ユストさん。こう訊いてください。その十二の境を、ドルフさんと一緒に歩いて、境の株に印をつけ、紙に写してもいいか」
老人は訳を聞き、こめかみを指で叩いた。ここに書いてある、という、あの仕草だった。
「わかっています。でも、ドルフさんの頭の中は、卿にも商人にも見えない。お孫さんの代になって、誰かが『境はそこではない』と言い出したとき、お孫さんは何を見せればいいですか」
ユストが訳した。老人は孫を見た。少年は、自分の話をされているとわかって、居ずまいを正した。
老人はしばらく黙っていた。この人が黙るのを、真壁は初めて見た。
やがて、ぽつりと言った。
「紙は、燃える、と」
「はい」
「頭は、死ぬ、と」ユストの声が低くなった。「……両方に書いておけ、と申しております」
真壁は六条を書き直した。
六、かえりぎの森は、村の古くからの分け方に従い、十二に分ける。境は、村の者と代官所の者がともに歩いて株に印をつけ、図に写す。図は二通作り、一通は代官所に、一通は村に置く。
老人は訳を聞いて頷き、それから、もう一つ言った。今度は七条についてだった。
「六たなは、冬のきつい年には足りぬ。軽い年には余る。数を決めてしまうと、きつい年に困る、と」
「では、どう決めればいいでしょう」
老人は答えかけて、やめた。ユストの顔を見て、にやりとした。
「坊さまに訊け、と。坊さまも、この村の冬を知っておろう、と」
ユストは鵞ペンを持ったまま、動かなかった。
それから、ゆっくりと言った。都の言葉でも、古語でもなかった。真壁には三割しかわからない言葉で、老人に向かって、何か提案をした。老人が言い返し、ユストが言い直し、孫が口を挟んで両方から睨まれた。
真壁は待った。
「……聖マルタンの日に」と、やがてユストが都の言葉に戻って言った。「寄り合いを開き、その年の冬の見込みと、各戸の薪の積みを確かめる。六たなを目安とし、足りぬ見込みの年は、寄り合いの決めで増やすことができる。ただし増やした分は、翌年の卿の取り分から返す。これで、いかがでしょう」
真壁は、それをそのまま七条に書いた。一字も直すところがなかった。
「ユストさん。いま、起草しましたね」
「は」
「私が書いたのは枠だけです。中身は、あなたとドルフさんが書いた」
若い書記は、自分の手を見た。中指の墨の染みを、今度はこすらなかった。
老人が立ち上がり、腰を伸ばして、戸口のほうへ歩きながら何か言った。
「何と」
「卿は、炭を千俵と仰せだそうだが、と。この決めで回せば、炭に回せるのは、よい年で四百俵。それより多く焼けと言われても、森が出さぬ、と」
四百。
真壁は帳面に書いた。
八、炭に回せる量 年四百俵(ドルフ見積り)。商人の求めは千俵。
その下に、線を一本引いた。
九、差の六百俵を、誰が諦めるのか。




