五
裁定は、三日目に見つかった。
探し当てたのはユストだった。年代順に並んでいるはずの束が、じつは代々の書記の癖でばらばらに綴じられていることに、彼は二日目の夕方に気づいた。四代前の頃の書記は、訴えの種類ごとに綴じる人だった。森に関する束は、粉挽き場の争いと、迷い豚の届けのあいだに挟まっていた。
「顧問どの」
呼ぶ声が掠れていた。真壁は梯子を降りた。
羊皮紙は端が鼠に齧られていたが、本文は無事だった。古語で、荘園裁判の型どおりに書かれている。日付は九十七年前の秋。
真壁は声に出して読んだ。
——ハルデンの家は、村の者が森に入り、薪を採ることを許す。村の者はその代わりに、年に六日、森の道を普請し、また交替で森番を務むべし。
「対価がある」
真壁は思わず日本語で呟き、都の言葉で言い直した。
「恩恵ではなく、取り決めです。村は義務を負って、その代わりに権利を得ている。ユストさん、道普請と森番は、いまも」
「続いております」ユストは静かに言った。「夫役の帳簿は、私が毎年清書しておりますので」
そう言ってから、彼は自分の言葉の意味に気づいたようだった。顔色が少し変わった。真壁はそこには触れず、先を読んだ。
——村の者は、森の木を、
その次の一語で、目が止まった。
古語ではなかった。古語の文字で書かれてはいるが、綴りが古語の音の並びをしていない。召喚の術が与えてくれた読む力は、その語の上だけ、何も返してこなかった。
「ここが読めません」
ユストが覗き込んだ。唇が動いた。音にしてみている。
「……『もつ』でございます」
「え」
「村の言葉を、音のまま写してあります。綴りは少し違いますが、百年前の訛りでございましょう。『村の者は、森の木を、もつべし』と」
二人はしばらく、その一語を見ていた。
堅い古語の文の中に、そこだけ土のついた言葉が置かれていた。書いた者は、たぶん何度も迷ったのだろう。語の上に、薄く削り取った跡がある。一度は古語の動詞を書き、それを消して、書き直したのだ。
「欄外に何かあります」
頁の余白に、本文より小さな字で、びっしりと書き込みがあった。同じ手だった。真壁が読み、ユストが目で追った。
——書記記す。村の者の申す「もつ」は、古語に当たる語なし。「有す」と書けば卿の権を侵し、「用う」と書けば村の務めを落とす。よって音のままに記し、その意をここに注す。
——一、順を定めて伐ること。二、伐りたる株を養い、芽を獣より守ること。三、時至らざる木、弱りたる木を伐らずに置くこと。この三つを併せて「もつ」と言う。三つは分かつべからず。一つを欠けば、森は十年にして荒る。
——後の書記に願う。この語を、みだりに古語に改むることなかれ。
ユストは、最後の一行を二度読んだ。それから、三度目を、声に出さずに唇だけで読んだ。
「同じでございます」
「ええ」
「私が炉端で申し上げた三つと、同じです。順も」
「百年前に、同じ人から聞いたんでしょう。ドルフさんの、祖父の祖父あたりから」
ユストは僧服の内側に手を入れ、自分の帳面を出した。開いて、羊皮紙の横に置いた。二年前から空いたままの欄が、九十七年前の注の隣にあった。
「私は」と彼は言った。「これを、自分の学が足りぬせいだと思っておりました」
真壁は何も言わなかった。言うべきことは、欄外の書記がもう言っていた。
しばらくして、ユストは鵞ペンを取った。自分の帳面の空欄に、古語の訳語は書かなかった。代わりに、羊皮紙の束の番号と、頁と、日付を書き入れた。
出典だった。
「署名があります」と真壁が言った。裁定の末尾、領主の印の下に、証人の名が並んでいる。村の側の証人は三人。名前の代わりに、それぞれ違う形の印が墨で描かれていた。斧、麦の穂、それから、切り株から芽が伸びている小さな絵。
真壁は自分の帳面を開き、森で描いた株の絵と見比べた。
「こっちのほうが、うまいですね」
ユストが笑った。目が赤かった。
真壁は帳面に書いた。
五、「もつ」は訳さない。先例あり(九十七年前裁定、欄外注)。定義は注の三項をそのまま用いる。
六、薪採りの権利は夫役と対。夫役は現在も履行中。帳簿あり。
それから、もう一行。
七、これを、卿にどうお見せするか。
封土状は領主の手もとにある。この裁定は、領主の代官所の書庫にあった。どちらもハルデン家の文書だ。一方は「すべて」を授けると言い、もう一方は、その「すべて」のうちの何かを、すでに村に渡したと言っている。
そして、その両方を清書し、保管し、読める人間は、この領内に一人しかいない。
「ユストさん」
「わかっております」
若い書記は、羊皮紙を丁寧に巻き直した。
「卿にお読みするのは、私の務めでございます。欄外も、省かずに」




