三
ドルフの家は、森の縁から畑を二枚越えたところにあった。
石を積んだ低い壁に、藁の屋根。戸口の脇に、屋根の庇に届くほどの薪の山があった。割った面を外に向け、太さを揃えて、石垣のように積んである。
老人は家に入る前にまずその前で立ち止まり、孫に何か言いつけた。少年は薪の山の端から端まで歩き、戻ってきて数を答えた。老人が首を振る。少年はもう一度歩いた。
「何を数えているんです」
「積みの数でございます。両手を広げた幅で、胸の高さまで積んだものを、ひと『たな』と申します。冬の入りに六たな無ければ、春まで保たない。いまは四たな半だそうで」
「六たな」
真壁は帳面を開いた。老人がそれを見て、今度は笑わずに、ゆっくりと話した。ユストが追いかけて訳す。
「煮炊きに二たな。暖に三たな。残りの一たなは、パン焼きと、病人が出たときのため。年寄りと赤子のいる家は七たな要る。村は四十二戸でございます」
四十二戸に六たな。二百五十たなあまり。真壁はその数字の横に線を引き、もう一つ訊いた。
「枯れ枝を拾うだけなら、ひと冬でどのくらい集まりますか」
ユストが訳すと、老人は声を上げて笑った。それから戸口の脇の、薪の山とは別に置かれた粗朶の束を足で示した。子どもが抱えられるほどの束が、十ばかり。
「焚きつけにしかならぬ、と。枝だけで冬を越せるなら、誰も斧など研がぬ、と申しております」
家の中は暗く、暖かかった。
炉は部屋の真ん中に切ってあり、煙は屋根の梁のあいだへ昇って、どこからともなく抜けていく。梁は真っ黒に煤けていた。炉端で、老人の息子の嫁らしい女が鍋をかき回しながら、ときどき袖で目を押さえている。
老人は真壁を炉のそばの腰掛けに座らせ、奥から木靴を一足持ってきた。それから、頼んでもいないのに椀が出た。豆と蕪を煮た、塩気の薄い粥だった。
「孫の靴は小さかったので、死んだ息子のを、と」
ユストの声が少し低くなった。真壁は礼を言い、ユストがそれを訳し、老人は手を振って、もう別の話を始めていた。
木靴は、真壁の足にほぼ合った。
粥を食べ終えるころ、老人が炉の火を見ながら何か言った。それまでの調子とは違っていた。問いかけだということは、語尾でわかった。
ユストはすぐには訳さなかった。
「ユストさん」
「……卿は、わしらに枝を拾えと仰せだそうだが、と。坊さま、あんたはこの村の生まれだ。枝でこの鍋が煮えるかどうか、卿に申し上げなんだのか、と」
女が鍋をかき回す手を止めた。
「私は」ユストは都の言葉のまま、真壁に向かって言った。「卿のお言葉を、書き取っただけでございます」
それは老人への答えではなかった。老人にもそれはわかったらしい。彼は若い書記の顔をしばらく眺め、それから、森でしたのと同じように肩を叩いた。責める叩き方ではなかった。
真壁は椀を置いた。
「ユストさん。さっき森で、最後に訊いてもらったことを、整理して聞かせてもらえますか。かえりぎを『もってきた』というのは、結局どういうことなのか」
ユストは息をひとつ吐いた。助け舟だと気づいた顔だった。
「三つのことを、一語で申しておりました。一つは、伐ること。十二の冬ごとに、順に。二つめは、伐ったあとの株の世話でございます。芽が出たら、鹿に食われぬよう茨で囲う。込みすぎた芽は間引く。三つめは、伐らずにおくこと。まだ早い株、弱った株には手をつけない」
「伐ることと、伐らないことが、同じ一語に」
「はい。ですから『持つ』と訳せば、卿のお耳には、村の者が森を我が物と申しているように聞こえます。『使う』と訳せば、世話のことが落ちます。『守る』と訳せば、伐っていることが落ちる」
ユストは指の墨の染みをこすった。
「私はこれまで、その場その場で、三つのうちのどれかに訳してまいりました。卿の前では、たいてい『使う』と」
炉の中で、薪がひとつ崩れた。
真壁は帳面に書いた。
二、「もつ」=伐る+世話する+伐らずにおく。訳語なし。
三、村の必要量 約二百五十たな/冬。枯れ枝では不足。要検算。
それから少し考えて、もう一行足した。
四、領主はこの数字を知らない。
顔を上げると、老人の孫が横から帳面を覗き込んでいた。字は読めないらしい。けれど、株の絵は指さして、祖父と同じことを言った。
今度は、訳してもらわなくてもわかった。




