三
ベルトラムは、羊皮紙を窓の光にかざした。
表を見て、裏を見た。綴じ穴の数を数え、拇印の位置を確かめ、それから机に広げて、指で押さえた。真壁が封土状を初めて見たときと、同じ手順だった。違うのは、この男がそれを何千回とやってきたことだ。
「読みます」
古語だった。ユストが、村の言葉に移してマティスに伝えた。
——ローデ村のマティス、穀物商エーベルより銀十二枚を借り受く。聖マルタンの日までに、これを全額返済すべし。
——もし期日までに全額を返済せざるときは、ローデ村川下の畑三枚、すなわち柳の境より石の境に至る地を、エーベルの所有に移すべし。
——借主は、本証文の文言を読み聞かされ、これを了承したることを認む。
——代書人ホルツ、これを記す。証人、エーベル家の手代ヨハン。
読み終えて、ベルトラムは顔を上げた。
「よく書けています」
真壁も、そう思った。法規担当の目で読んでも、穴が見つからない。金額は明確で、期日は特定され、担保の土地は境まで書いてある。了承の文言も入っている。日本の金銭消費貸借契約書としても、そのまま通りそうだった。
「証文どおりなら、畑はエーベルのものになります」と法務官は言った。「酷な話ですが、私は同じような証文を、王都で何百と見てきた。借りた者は皆、聞いていなかったと言う。それを一つ一つ認めていたら、誰も金を貸さなくなります。来年の春、マティスのような男が種籾を買えなくなる」
真壁は頷いた。
「それは、その通りだと思います」
ユストが驚いた顔をした。マティスは、ユストの顔色だけを見て、何が起きているかを悟ったらしい。帽子を握る手が白くなった。
「取引の安全、と私の国では言います」と真壁は続けた。「署名した者は、署名した内容に縛られる。そうでなければ、紙に意味がなくなる。ベルトラムさんの言うことは正しい」
「では」
「ですから、文言を争うつもりはありません。文言は完璧です。私が知りたいのは、この最後の一文のほうです」
真壁は、羊皮紙の下のほうを指した。
——借主は、本証文の文言を読み聞かされ、これを了承したることを認む。
「読み聞かされた、とあります。どの言葉で、でしょう」
ベルトラムは答えなかった。
「古語のまま読み上げたのなら、マティスさんには一語もわからなかったはずです。村の言葉に訳して聞かせたのなら、それは代書人の訳です。その訳が何だったのかは、この紙のどこにも書いていない」
真壁は、自分でも意地の悪い読み方だと思いながら続けた。
「つまりこの一文は、古語の読めない人が、古語で書かれた紙について、何かを聞かされたことを、古語で認めている。何を聞かされたのかは、誰にも確かめようがない」
書庫が静かになった。
ベルトラムは、もう一度その一文を読んだ。声に出さずに、唇だけで。真壁はそれを見て、九十七年前の裁定の欄外を読んだときのユストを思い出した。
「……了承の文言は、形式です」と、やがて法務官は言った。「どの証文にも入っている」
「どの証文にも入っているなら、どの証文についても、同じことが言えますね」
「顧問どの」
法務官の声が、少し硬くなった。真壁は言い過ぎたと思い、口をつぐんだ。
けれどベルトラムは、怒ってはいなかった。彼は羊皮紙を見下ろしたまま、指で文言の並びをなぞっていた。条から条へ、ではなく、行の頭を縦に。
「この書式は」と彼は言った。「王都の書式集の、第十四番です。商人どうしの貸し借りに使うものだ。担保の条項も、了承の文言も、この順番で、この言い回しで、全部そのまま載っている」
「ご存じなんですか」
「若いころ、書き写して覚えました。法務官府に入る前、代書人の見習いをしていたので」
彼は、羊皮紙から指を離した。
「第十四番は、字の読める商人が、字の読める商人と交わすために作られた書式です。読めない者に使うことは、想定されていない。想定されていないから、了承の文言が形式で足りた」
それから、羊皮紙の一点を指で叩いた。
「もう一つ。川下の畑三枚、柳の境より石の境まで。マティス、この畑は、村でいちばんよい畑か」
ユストが訳した。マティスは、なぜ知っているのかという顔をして、何度も頷いた。水がよく、土が深い。親父の代から、村でいちばん麦が穫れる三枚だ、と。
「金を貸す側が、借りる者のいちばんよい畑を、境の名まで知っていた」ベルトラムは淡々と言った。「証文を作る前に、誰かが見に来ている」
真壁は、背筋が冷たくなった。七軒か八軒、とマティスは言っていた。
「ベルトラムさん。エーベルと、代書人のホルツを、ここへ呼べますか」
「卿の名で呼び出せば、来るでしょう」
法務官は立ち上がり、窓の外を見た。
「呼ぶなら、一つ、やってもらいたいことがあります。ホルツに、マティスに読み聞かせたときと同じように、もう一度この証文を読み聞かせてもらう。この場で、同じ言葉で。私は村の言葉がわからないが」
彼はユストを振り返った。
「あなたが聞いていれば、わかるでしょう。ホルツが、何を言い、何を言わなかったか」
ユストは、すぐには答えなかった。
代書人の口が何を言い落としたかを検めるのは、通訳の口だ。そしてその通訳の口を、この部屋で検められる者は、誰もいない。
若い書記はそれに気づいている、と真壁は思った。気づいたうえで、指の墨の染みをこすらずに、頷いた。
「お引き受けいたします」




