翻弄される
無言のまま、居酒屋に入る二人。
カウンターに通され、並んで座る。
「テーブルじゃなくて良かったかも」
そうボソッと呟く泰生に、実希は少し悩んでから声を掛けた。
「何で?」
実希がそう聞くと、泰生がバッと実希の方を向く。
「え、今の聞こえてた?」
「うん。この距離だしね」
「そっか……そうだよな」
「うん」
カラオケのときとは、また違う雰囲気の泰生。
今まで見た、無神経で自分勝手で妙な自信家な姿は、どこにもなかった。
飲み物が運ばれてきて、一気に飲む泰生だが、よく見るとオレンジジュースだ。
「それ、オレンジジュース? もしかしてアルコール苦手?」
「あぁ……うん。苦手。でも居酒屋の飯は好きなんだよ」
「美味しいもんね」
「それに実希ちゃん、お酒好きって言ってたからさ」
言ったっけ……
実希の記憶には無いし、いつの会話かも分からない。
でも、そんな些細なことを覚えていてくれたらしい。
「ありがとう」
実希は、嬉しさを素直に伝えた。なのに――
「実希ちゃんって素直になれば、可愛いよね。素直になれば、だけど」
いつもの泰生節が始まる。
結局はこれか。そう思い、実希も呆れてしまった。
「はいはい。素直になれば、ね。ありがとうございます」
「ほら可愛くない」
「あんた、最後の最後でまたそんな感じに戻るわけ?」
“最後の最後”。実希がそう言った瞬間、泰生の表情が曇った。
「最後……だった、そうだよね」
「どういうこと?」
「いや……勝手に、実希ちゃんとこのまま友達になれると思ってた」
実希は、困惑する。
そんなこと言われてもないし、どのタイミングでそんな思考になっているのだろう。
困惑して会話が止まる実希に、泰生はお構いなしで話を続ける。
「俺、確かに会社は最後って言った。でも、実希ちゃんに会うのも最後とは言ってない」
実希はさらに困惑する。
そして、来たメールを読み返した。
メールには、『明日だけでいい』とか『最後だしさ』と、しっかり書かれている。
実希はメールを泰生に見せて、問いかけた。
「この、『最後だしさ』って何? 『明日だけでいい』とか」
「仕事最後だから、同期として打ち上げに付き合ってもらう。あと、確かに飲みはそう言ったけど、実希ちゃんと会わないなんて、俺送ってないよ」
屁理屈だ。
今まで見てきた、無神経で自分勝手で妙な自信家な姿の泰生が、ちゃんとそこにいた。




