7.ユリウス②
屋敷に到着して少し時間を空けて、遅めの昼食を取ることになった。
侍女達にぶん取られた2時間でしっかり磨かれたのか、ガゼボに現れたリコは、先ほどよりも肌艶が良く見えるが、どことなく居心地が悪そうにしていた。
「あ…あの、実は、何か誤解があったようで、私の部屋がすごく豪華で、侍女さんが私の事お嬢様みたいにお世話をしてくれるんです…!!」
(…うん?)
当然の待遇だと思うのだが、何が誤解なのだろうか。
必死に説明しようとするリコの次の言葉を待つ。
「は、働きにきたのに、メイド服はダメって言われるし、使用人部屋にも行かせてくれないんです!!!」
(あー…働くつもりで来てたのかぁ……!!)
食客として丁重にもてなすべき少女から、謎にメイド服や使用人部屋を所望され、さぞ侍女達も困惑しただろう。
双方のすれ違いに思わず笑うと、リコはきょとんとしていた。
その様子が可愛くて、でも再び出てきた不安の色が気に入らなくて、ちょっとした悪戯心から指先にキスすると、リコは顔を真っ赤にして「何も返せない」と狼狽えた。
(返すもなにも、君は被害者だ。補償を受け取る当然の権利がある)
その事を伝えると、リコは少し呆然としたあと、その目からポロポロと大粒の涙を流し始めた。
「リコ…」
「…この、世界…でも、生きてて良いの…?…私に、居場所があるの…??」
か細い悲鳴のような声に、ギュッと胸が掴まれた気持ちになった。
「勿論だよ。…リコ、ここにいて」
僕がそう言うと、リコは糸が切れたように声をあげて泣き出した。
震える小さな身体を抱きしめて包み込むと、僕の背中に必死にしがみついてくる。
(あぁ…彼女の恐怖と孤独が、少しでも溶けて失くなればいいのに…)
そう祈りながら、僕はリコの背中を静かに撫で続けた。
◇
どれくらい経っただろう。ようやくしゃくりあげる声が収まり、小さな身体から力が抜けた。
体勢を崩して床に座り込みそうになっていたので、抱き上げて自分の膝の上に座らせる。その軽さと、服越しに感じる細い体に驚いた。
「…落ち着いた? リコ」
『なんでッ!??』
膝上に居た事への心の叫びと共に、ハッと目を見開いた彼女は、慌てて腰を浮かせようとしたが、逃げないよう回した腕に力を込める。
なんだか無性に世話をしたくなり、冷ましておいた蜂蜜入りの紅茶を差し出したり、ハンカチで顔を拭ってやると、すごく恥ずかしそうにしながらもリコは受け入れてくれた。
その様子があまりに可愛くて、僕は小さく切ったサンドイッチをそのまま彼女の口へ運んだ。
『なにこの羞恥プレイ!』
心の声で変なことを言いつつも、頬を膨らませて一生懸命食べる姿に笑みが抑えきれなかった。
「…リコの目下の仕事は、しっかり食べて、のびのびと成長する事かな」
リコを解放した後、あまりに細い身体を案じての言葉だったが、彼女は「私、もう19なので」と困ったように笑った。
(もっと幼いと思っていたが、19歳…)
庇護対象の子供のように接するつもりだったが、19歳なら十分大人だ。
(この距離感は失礼だったか…。
………いや、むしろ都合がいいのか…)
胸の奥で芽生えた熱に気づかれないよう、リコの質問は適当な話題ではぐらかしておいた。
(あぁ、でも一度くらいは、エドガルドとシルヴァン様には会わせないといけないな…。それは…あまり面白くないし、どうにか予定を調整して…)
そう考えていると、リコが僕の瞳をじっと見つめてきた。その真っ直ぐな視線に恥ずかしくなり、思わず手で視界を遮ると、
「はちみつみたいな目が綺麗で、暖かくて素敵だなって見とれてました」
と不意打ちを食らわせられた。
(ッ…!…これは天然か…。タチが悪い…!!)
年甲斐もなく赤面してしまい悔しい気持ちもあるが、リコを囲む黄緑と薄いオレンジ色の光を見て、ホッとする。
こちらに信頼と関心を寄せてくれている。そして、不安が消えた。
それが堪らなく嬉しくて、両手で頬を包み、リコの熱を持つ耳たぶにそっと唇を押し当てた。
「っひいいいいいい!!!」
『っひいいいいいい!!!』
心の声までそっくりそのままの悲鳴で、思わずフフッと笑ってしまう。
「…君がアシュフォード家に来てくれて嬉しいよ、リコ」
フラフラの足取りで侍女に回収されていくリコの背中を見送りながら、僕は唇に残る熱をなぞり、甘く笑みを浮かべたのだった。
何があってフラフラになってるかは知らないけど、とりあえず回収する侍女ABC。




