6.ユリウス①
「僕はこの部屋で待っているから、用事があれば呼んで。
予定通りなら、聖女様は城に滞在する事になるから、公爵家の出番はないとは思うけど…」
「いや、何かあった時の為にいてくれると助かる。お前のスキルで、聖女の感情も少しはわかるだろう」
「感情視を買いかぶりすぎだ。ただ怒っているとか、困っているとか、色で見えるだけで、大したスキルじゃないよ」
そう言ってスキルを発動しながらテオドールの顔を見上げると、黄緑と薄い緑の光が見えた。
(僕に対しての信頼と、召喚の儀に対しての不安、か…)
「大丈夫、きっと上手くいくよ」
ソファから立ち上がり軽く肩を叩くと、テオドールは硬くなっていた肩から力を抜き、迎えに来た魔法使い達と部屋を後にした。
扉が閉まり、貼り付けていた笑顔をしまって、ソファに深く身体を沈み込ませる。
(聖女召喚か…。
……くだらない)
先代聖女である僕の祖母が亡くなって半年。魔素を浄化できず、魔物は今も増え続けている。
(いくら浄化のスキルを有する者が生まれないからと、よその世界から攫ってきて何になる?
違う世界に急に連れて来られて、はいわかりましたと従う馬鹿がどこにいるっていうんだ?)
そこまで考えて、自分に託された役割を思い出して失笑した。
(ああ、聖女を馬鹿に仕立て上げるのが僕らの役割だった…)
アシュフォード公爵家嫡男の自分、第一王子のテオドール、騎士団長の息子のエドガルド、そして王弟シルヴァン。
いずれも、聖女にあてがうよう用意された貢物だ。
聖女が自らこの国に留まるよう、この国の為に力を使うよう、言葉を選ばないのであれば、誑かす役目が与えられている。
(…聖女が、テオドールあたりを気に入ってくれたら良いなぁ)
そんな事を考えながら過ごしていると、魔法使いの1人が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
「ユリウス様、召喚の儀で聖女様の他に、もう一人――――」
◇
(聖女の感情は赤と濃い青、それから緑か)
部屋で対面した聖女に浮かぶ色は、怒り、悲観、そして恐れ。まぁ、想定通りである。
そして、このスキルにはもう一つ、限られた人間にしか言ったことがない秘密がある。それは…
「聖女とかどうでも良いのよ。私とこの子をさっさと帰して!!」
『わけ分かんない!こんなの誘拐じゃない!!なんなのここ!』
――強い心の声が聞こえてしまうという能力だ。
これは、王子であるテオドールや、国王でさえも知らない。
心からの声を隠すことなく、堂々と態度に表す聖女は、腹芸が苦手で真っ直ぐな性格なのだろう。
(それで、問題のもう一人は…)
15歳くらいだろうか、黒髪の小柄な少女だった。
白目がちで鋭い目つきをしているが、意外にもこちらはあまり発言をせず、静かに成り行きを見守っている。
感情視のスキルで見てみると、薄い緑色と薄い黄緑の光が見えた。
(…不安と、受容?怒りの感情はないな…。不安がありつつも、この状況を受け入れている?
見た目とは裏腹にこの子の方が計算高く、上手に立ち回るタイプなのかもな…)
随分と肝が据わった子なのだろうと観察していると、少女は考え事をしているのか、少しうつむきながら不安の光を濃くしていった。
そして次第に顔色も悪くなっていく。
咄嗟に声をかけると、気にしないでくれと無理に作った笑顔を見せて…
『怖い、怖いよ…!だって私には何も無い。こんなんで幸せになれるわけがない…ッ!!!』
――少女の心からの悲痛な叫びに、頭をガツンと殴られた気がした。
(…計算高いなんてとんでもない。この子は、不幸になることを受け入れているだけだ…!)
聖女のように交渉する手立てもないから、ただ一人で不安を抱えて現状を受け入れるしか出来ないんだ。
気づいたら自然と体が動いていた。
「…心配しないで」
震える小さな手をギュッと握って、この力の無い少女を、リコを、助けたいと心から思った。
◇
『莉子に手ぇ出すんじゃないわよ、このロリコン野郎!!』
「……」
(やっぱりこの能力、あんまり使えないな…)
とにかく聖女からの心象が悪いのはわかった。
テオドールや聖女達と別れて、アシュフォード家へと馬車を走らせる。
物珍しそうに車内でキョロキョロと視線を動かすリコは、その髪色や目つきと相まって、昔飼っていた猫を彷彿とさせた。
(一度、アシュフォード家で保護して、教育を施して…リコは数少ない聖属性者だから、このまま貴族と縁付かせるのが良い。年回りからすると、18歳のエドガルドが近そうだけど……)
聖属性者の血を取り込んでいくと、浄化の力を持つ子が生まれることが稀にある。
そういった理由で、国は聖属性者の保護管理に力をいれているのだが…。
スキルを発動させると、リコの周囲にはまだ不安と物思いの色が浮かんでいた。
(……どうせなら…僕が、この子から不穏な色を消してあげたい)
きっとそれは庇護欲とか、そういった感情なのだろう。
窓から見える景色に、街の説明を付け加えると、リコは真剣な表情で頷いていたが、心の中では楽しんでいたのか、『わぁ!』とか『やばい!』といった感嘆詞が聞こえてきた。
思わず頬が緩む。
先ほどは落ち込んでいたので分からなかったが、リコは平時では心の声が強く出てくるようだ。
『……お尻が……』
(ん…?)
突然聞こえてきたワードに、頭の中で首を傾げる。
『お尻が、痛い…ッ!!!』
「―――ッく…!!」
「…?ユリウスさん、どうかしました…?」
「な、なんでもないよ。気にしないで」
つい溢れてしまった笑いを隠すように、左手で口元を覆う。
リコは少し不思議そうにしたあと、もぞもぞと座る体勢を調整していた。
(なるほど、馬車に慣れていないのか…。次はクッションを多めに持ち込むようにしよう…)
常時展開で使い勝手が悪いと思っていたこのスキルも、こんな可愛い声を聞かせてくれるのなら悪くないと、僕は小さく口元を緩めた。
そうだ!作者のお尻の肉を分けてあげよう!




