5.子供の養育方針…?
「ごっ、ごめんなさい!!!」
慌てて降りようと腰を浮かせかけるけど、お腹に回されたユリウスさんの腕はぴくりとも動かない。
彼の膝上で無闇に暴れるわけにもいかず、どうにか降りれないかとオロオロしていると、そのままの体勢で「どうぞ」と紅茶のカップが差し出された。
はちみつが入っているのか、甘い香りがする。
泣き疲れてカラカラになっていた喉の存在を思い出し、有り難く受け取って飲むと、少し冷ましてあったのか、ぬるくて飲みやすかった。
口に広がる控えめな甘さに、気持ちが落ち着いてほぅと息を吐いていると、今度は上質な白いハンカチで目元や頬をそっと拭かれた。
至近距離で見つめてくる整った顔立ちに、心臓が跳ね上がる。
(なんか…すごくお世話されてる…!!)
子供みたいに大泣きした上に、イケメンの膝に乗ってお世話されるなんて、恥の上塗り感がすごい。
小さい子なら微笑ましいワンシーンだけど、私はこれでも一端の大学生なんですよ…!!
「あの…ユリウスさん…もう大丈夫ムグっ…」
言いかけた口に、今度は小さく切られたサンドイッチを食べさせられた。少し厚めのハムとシャキシャキの野菜が美味しいけど、出来ればあちらのアイアンチェアで一人で座って食べたい。
ごくんと飲み込むと、私が次の言葉を発する前に、今度はたまごサンドを口に運ばれた。
(ダメだ…!なんか逃げれない…!!なにこの羞恥プレイ)
頬を膨らませて食べる私を見下ろすユリウスさんは、何を考えているのか分からないけど、すごくニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべている。
その姿を見たら、私の羞恥心なんて少々いいかと思えてきて、もはや無になって彼からの給餌を受け入れるのだった。
◇
「…リコの目下の仕事は、しっかり食べて、のびのびと成長する事かな」
そんな話が出たのは、私が「もう食べられません!」と手で口をガードして、やっと羞恥給餌が終わった時だった。
ようやく1人で座らせてもらえるようになり、スプーンでフルーツゼリーを口に運ぶ私を見つめながら、ユリウスさんがポツリと呟いた。
(子供の養育方針…??)
きっと先ほどの膝抱っこで、私の痩せこけた体に気づかれてしまったのだろう。
ろくに食べ物を与えられなかった生い立ちでも想像してるのか、ユリウスさんの表情は至極真剣だ。
(これはあれです、一人暮らしを始めたらご飯が適当になったと言うか、疎かになっていった結果なんです…!)
食材の買い物が面倒くさくなって、家にあったドーナツ1個で1日過ごす日もあったっけ。
私の怠惰の結果がこれなので、居心地の悪さに話を逸らす事にした。
「えっと…私、もう19なので、成長って年齢でもないんですが…」
「思ったよりレディなんだね…。それは朗報だ」
朗報?首を傾げたが、その意味するところは深みある笑顔ではぐらかされ、代わりにユリウスさんと王子は二人とも25歳で、従兄弟なのだと教えてくれた。
髪色は違うけど、確かに王子も黄色系の目をしていた気がするなと、ユリウスさんの黄がかった橙色の瞳をじっと見ていると、何故か大きな手のひらで視界を遮られた。
「そんなに見つめられたら、照れるよ…」
色気を含むような少し掠れた甘い声に、思わず肩が跳ねて、慌てて顔をそらした。
視線を外す前、指の隙間から見えたユリウスさんの耳元が、僅かに赤かったのはきっと見間違いだろう。
「ぶ、不躾に見てしまってごめんなさい!ユリウスさんの、はちみつみたいな目がキラキラして綺麗だなって、暖かくて素敵だなって、思わず見とれてしまいました…っ!!」
「…それは無意識なの?」
「え…?無…?」
少し呆れたような声と共に、顔の前にあった手が私の頭へ移動する。
2、3度頭を優しく撫でたかと思えば、今度は両手で頬を包まれそっと上を向かされた。
すぐ目の前にキラキラと輝くはちみつ色の瞳。
「……ここ、アシュフォード家でのリコの仕事は、しっかり食べて、のびのび成長して、楽しく毎日を送る事」
「ひゃいっ…!」
子供の養育方針のようなものが1つ増えたけど、近すぎるイケメンにどぎまぎするしか出来ない。
「…それから」
ユリウスさんがさらに前かがみになり、私の耳元で吐息ごと囁いた。
「甘えて?」
「――――っッ゙!?!?!?!?」
「…どうやら僕は、君に甘えてもらうのが嬉しいみたいだ」
甘い声でそう言って、熱を持つ私の耳たぶに、フニって…フニって…柔らかい何かが…
「っひいいいいいい!!!」
キャパオーバーで、ついに情けない悲鳴が出てしまう。
それを聞きつけた侍女さんたちが慌ててガゼボへ集まってきたことで、昼食会は終了となった。
私はといえば、真っ赤になった顔で片耳をギュッと押さえ、「異世界イケメンこわい…」と呪文のように呟きながら、ふらふらと自室へ逃げ帰るのが精一杯だった。
「…君がアシュフォード家に来てくれて嬉しいよ、リコ」
背後から聞こえたその呟きすら、パニック状態の私の耳にはもう届いていなかった。
聖女様ー!この人セクハラしてますー!!




