4.メイド服はダメって言われるし
「2時間後ですか…お忙しいんですね…?」
「いえ、ユリウス様は今すぐにでもと言われておりましたが、わたくし共がぶんどった2時間でございます」
「へ?」
「さあリコ様。たった2時間しかございません。準備の為にお部屋にお入りください」
「へ?あ、ちょ、私…中には…」
「たった2時間でどこまで磨けるかしら?マッサージは外せないわね」
「ドレス合わせも時間が掛かりそうね。お肌も少し乾燥気味だわ」
「髪は少し整えましょうか…。メイクは何系でいく?」
「ちょーーーーっ!?????」
私の抵抗も虚しく、素敵な部屋にポイと入れられ、綺麗なお姉さま方に服を剥ぎ取られて、私の悲鳴が響き渡った…
2時間後―――
「ふふ、よく似合ってる」
「んぐっ…!…侍女さんたちの、おかげです…」
少し甘さを含む優しい声のユリウスさんに褒められて、変な声が出た。
メイド服を着させてくださいと泣きついたものの却下され、なんとか空色のシンプルなワンピースに落ち着いたのだが、普段の服装がズボン100%なだけに、ひらひらした足元がとても落ち着かない。
傷んでいた髪の毛も器用に切り整えてくれて、緩く編み込みをしてもらった。髪飾りは丁重にお断りした。
(これから働こうとしてる人が磨き上げられて、こんなおしゃれしちゃって、いくら優しそうなユリウスさんでも調子乗ってるって思うのでは…!?)
「あ…あの、実は、何か誤解があったようで、私の部屋がすごく豪華で、侍女さんが私の事お嬢様みたいにお世話をしてくれるんです…!!」
私の言葉にユリウスさんが不思議そうにきょとんと見つめ返してきた。私より年上だとは思うが、この表情は少し幼く見えて可愛らしい。
(伝わってない?ええと、もっと端的に…)
「は、働きにきたのに、メイド服はダメって言われるし、使用人部屋にも行かせてくれないんです!!!」
はっきりそこまで言うと、ユリウスさんはゆっくりと瞬きをした後、肩を震わせて笑い始めた。
「くくく…、メイド服も似合うだろうけど、僕は今のような服のほうが良いかな。それに、使用人部屋にはいく必要はないよ」
笑みを残したままのユリウスさんに手を引かれて、イスに腰掛ける。白いアイアンテーブルには美味しそうなサンドイッチやカップケーキが並んでいた。
「まず、僕は君をここで働かせるつもりはないよ」
「えっ」
雇われてなかった。職無しだった。
(それじゃ泊めてくれるだけで、職探しは自分で…。
そして、そのうち家も自分で見つけてこないと追い出されて…)
「何考えてるか分からないけど、多分違うかな。
君はアシュフォード家の食客……大事なお客様として迎え入れているよ。
勿論、公爵家として恥じぬよう最高の衣食住を無期限で提供いたしますよ、お嬢様」
「おじょ…ッツ!!?」
流れるような優雅な動きで、私の手を口元に寄せ、僅かに唇を当てるユリウスさん。
突然の行動に、先ほど青くなっていた顔が一気に赤くなった。熱を持った手から、全身に火がつきそうだ。
「ででで、でも私、何も返せませんッ!
スマホ無いと料理も作り方わかんないし、あっちの世界の物作りとかも知識ないし、健康保険とか学校とか提案できるほど理解してないし、現代知識チートなんて出来ませんッ!!!」
焦るあまり早口でまくし立てると、ユリウスさんは驚いたように目を丸くしたあと、ふっと目元を緩めた。そして、編み込みを崩さないよう優しい手つきで、私の頭をそっと撫でる。
「…何も返さなくていいんだよ、リコ。見返りなんて求めていない」
「へ…」
「こちらの都合で理不尽に巻き込んだのだから、手厚く保護し、生活を保障するのはヴィーネ王国の正式な方針だ。それを、都合の良い能力がなければ捨て置くなんて、国の恥だろう? 」
穏やかで、けれど迷いのない確固たる響きを持った声。
「君がここで何不自由なく健やかに暮らせること。それが国として当然の責務であり、君の権利なんだから」
その言葉が、私の鼓膜を優しく揺らす。
「私の…権利…」
呆然と呟いた私の脳裏を、今まで読んできた、冷酷な異世界テンプレが駆け巡る。
(役に立たないからって捨てられない?蔑まれて追い出されない?殺されない?
頼れる人もいなくて、これから先一人で生きていかなきゃいけないなんて事もない…?)
ずっと胸の奥にあった「私は聖女じゃないから、この世界に必要とされていない」という思いが、静かに解きほぐされていく。
ぽっかり空いていた胸の中が温かな物に満たされ、気づいた時には、視界が歪んでボロボロと大きな粒の涙がこぼれ落ちていた。
「…っあ…」
「リコ…」
指先で目元を拭うが、涙は止まることなく溢れてくる。
「ちが、違くて…っ、泣きたいわけじゃなくて…、ほっとして…私……っ」
うまく声にならない息を吐き出しながら、ずっと誰にも言えず一人で抱え込んできた不安を、絞り出すように口にしていた。
「…この、世界…でも、生きてて良いの…?…私に、居場所があるの…??」
――こんな何の力もない自分が、ここにいていいのだろうか。
震える声で問いかけた私に、ユリウスさんは少しもためらうことなく、どこまでも優しく頷いてくれた。
「勿論だよ。…リコ、ここにいて」
「う、うううぅ…うわぁぁあん…っ!」
限界まで張り詰めていた糸がぶつりと切れ、溢れ出す涙をもう止められない。
優しく抱きしめられ、ふわりと漂うウッディ系の香りに包まれると、私は堪らずその背中に縋りついてしまった。
見知らぬ世界への恐怖も孤独も全部溶かしていくように、長い時間、子供みたいにわんわん声をあげて泣いて……
「――落ち着いた?リコ」
気づけば私は、ユリウスさんの膝の上にすっぽりと乗せられていた。
(なんでッ!??)
それはラブロマンスマジック…




