44.人より少し得意だと思うよ。
――デビュタントとはいえメインは聖女のお披露目のため、私に課せられている事はあまり無い。
入場さえしてしまえば、あとは挨拶してくる人たちと会話するだけ、の筈だ。
ユリウスさんに連れられて数人と挨拶をした後、ファーストダンスで透子さんとテオドール様が中央で踊っているのを見て感動する。
現代日本でダンスなんて習う機会は少ないだろうに、透子さんの足運びは優雅だ。こちらに召喚されてから練習したのだろうか、浄化の修行もしていると言っていたのに、素直にすごいと思った。
2人のダンスが終わり、他の人たちもフロアに広がる。
本当なら私もユリウスさんと踊った方がいいのだけど…
(私は結局、踊れるレベルまで到達しなかったからなぁ…)
心持ち肩を落としていると、その様子に気づいたユリウスさんはクスリと微笑み、私の耳元に顔を寄せた。
「帰ったら二人だけで踊ろうか。君の上達を間近で見られるのは僕だけの特権だからね」
ヒヨコの可愛らしいダンスと評された私が上達しているのかはさておき、そう言われると少しホッとしたような、恥ずかしいような。ううん、人様に見せれるくらいにもっとダンス頑張ろう…。
「あらぁ!ユリウス様ではありませんかぁ。せっかくのダンスタイムですのに踊りませんの?」
聞き馴染みのない高い声で呼び止められ、足を止める。羽飾りのついた扇をもった女性がユリウスさんを見つめていた。知り合いというほどではないのか、先ほどまでの挨拶まわりと違い、特に紹介はされなかった。
「ああ、今日は遠慮しておくよ」
そうサッパリと返すユリウスさんの言葉に、女性がチラリとこちらに視線を向けて、どこか失笑するような表情を扇で隠す。
「あぁ…ご婚約者様が……」
言葉は最後まで紡がれなかったけれど、そうです。私が踊れないからです。それにしても谷間が凄いな。
そんなボリューミーな胸部を強調するようなポーズで、女性はユリウスさんに上目遣いをむけた。
「ですが…ダンスのひとつもなさらないなんて、ユリウス様が退屈ではございませんの?」
代わりにわたくしを誘ってくださってもよろしくてよ、な空気をムンムンに出す女性を前に、ユリウスさんはぐっと私の腰を自分の方へ寄せた。
「まさか。愛しい婚約者と未来について語り合っているんだ。退屈な時間なんて存在しないよ」
そう言って私の額に軽く唇を落とすユリウスさん…ちょ!公衆の面前!なにしてんですか!!なんて思っていたら、――パキッ。女性が持っていた扇が悲鳴をあげた。
「そう……ですか。
聖女様はまるで創世記に出てくる女神様の様にお美しい方ですわね。…ご婚約者様も、お姉様によく似てとーってもお綺麗でいらっしゃること…ふふふ」
口では褒めているくせに、明らかにこちらを見下したような視線だ。私の左手の婚約指輪を見て、少し目つきが鋭くなったので、ユリウスさん絡みの妬みなのだろう。
(あー。これは多分あれですね?
『お姉さんは美人だけどお前はそうでもないな』って意味ですね。わかります)
謙遜文化な日本人としては「そんな」「私なんて」「貴女の方が」とかなんとか言いたくなるけれど、
(私は一言だけ――)
「ありがとうございます」
そう、にっこりと笑って返した。あとは何も言わない。私が何か反応することを期待していたのか、女性は私の言葉がそれで終了したのだと判断するのに、少し時間がかかっていた。
「………は?…それだけ、ですの?」
「ふふ、いつもリコは愛らしいけれど、今日は特に綺麗だからね。
…それではご令嬢、我々は挨拶まわりの途中なので、これで失礼」
そう言って呆然とする女性を置いて、ユリウスさんは私の背中に手を回したまま歩き出した。
先ほどの女性が我に返り地団駄を踏んでいる様子が、遠目で確認できた頃、給仕から受け取ったジュースを渡してくれた。
「さっきは、リコが上手に受け流すとは思わなかったよ」
「公爵夫人がおっしゃっていたんです。貴族社会は言葉の裏を読み取る力が必要だって。
…でも、私は聖女の妹で、ユリウスさんの婚約者です。なので…」
――言われてもない裏の意味まで、親切に読み取ってやる必要はありません。「綺麗」と言われたら「綺麗」。そのまま受け取っておしまいなさい。貴女はそれが許される立場なのですから。
「『本音を暴くのは息子に任せておきなさい』と。…ユリウスさんは得意なんですか?」
「くくっ!母上…!!……うん、そうだね。本音を見破るのは人より少し得意だと思うよ。だから君は言葉の裏なんて考えずに、そのままでいて」
何がツボにはまったのか、ユリウスさんはとても楽しそうに笑っていた。
少しどころじゃないだろ…




