43.逃れるわけがなかった
真紅のカーテンの向こうから会場のざわめきが聞こえる。
緊張のあまりスカートを握ってしまいそうになっていた手に気づき、慌てて力を緩めた。
意識して手をパーに広げると、私の左手薬指にスッポリ嵌められた指輪がキラリと輝く。
今朝、ユリウスさんが私の指に嵌めてくれた、こっ、婚約指輪、だ。
(…なんだか、恥ずかしい…。
この宝石、インペリアルなんとか…??名前からしてすっごく高そう)
温かみのあるハニーカラーの大きな宝石の周りを、小さなダイヤモンドがぐるりと囲っており、リング部分にまで小粒のダイヤモンドがついている。装飾品には疎い私にでもわかる、これは非常に豪華な指輪だ。
「…緊張している?」
シャンデリアの輝きを反射する指輪に意識を奪われていると、耳元に甘い声が落とされた。
ユリウスさんは、今日は髪をキッチリとまとめ上げた正装姿で、すごく貴族っぽくて、語彙力無くなるくらいにカッコいい。
「緊張…してます…!」
「ふふ。大丈夫、僕が側にいるよ」
そう言って私の左手を持ち上げて、指輪の近くに唇を寄せるユリウスさん。そのまま甘い視線に捉えられ、頬が熱くなった気がして、慌てて別の話題を振る。
「こっ……、この指輪!!…私のサイズにピッタリなんですが、いつから用意してたんですか??」
「ん〜………いつからだったかな?石の加工には時間が掛かった気がするけど…」
「……どう考えても、私が告白した日より前ですよね…?」
少し誤魔化すような言い方のユリウスさん。つい半目で聞いてしまうが、にっこり笑って流された。
(サイズ変更だけならまだしも、石の加工って言った…。いったいいつから用意してたの…!?)
私が逃げてたらどうするつもりだったのか、と思ったけど、着々と外堀を埋めていたお方だ。そもそも逃れるわけがなかったのかもしれない。
「莉子、もうすぐ呼ばれるみたいよ」
そう透子さんに呼ばれてそちらに顔を向ける。
レースやパールで飾られた、白いマーメイドドレスを着こなす透子さんは女神の様に美しい。
私のオフショルダーのドレスにも同じレースやパールが使用されているけど、輝きが全く違って見えてしまうのは着ている人の差だろう。
ちなみに私のアクセサリーは指輪も含め温かな橙色、透子さんは私のよりも黄色が強い黄金色の宝石がメインで使われていた。
それはまるで、透子さんの本日のパートナーであるテオドール様の瞳のようで…
「…違うわよ?用意されてたものを使ってるだけだから。
リコみたいに特別な意味は無いからね」
「違うんですか…」
「……トウコも、そろそろテオドールに絆されたらいいのに」
「ゆっ!ユリウス!!何をっ!?」
ユリウスさんの言葉にテオドール様が慌てた様子だけど、透子さんはまるで出来の悪い弟でも見るような視線で「年下は趣味じゃないのよ」の一言。確か、たったの1歳差だったと思うのだけど。
これは長期戦になりそうだなぁと、気楽な第三者は思うのだった。
◇
「大階段の上に、ご入場になります!
我が国に降り立ちし神聖なる光、聖女トウコ・カワスミヤケ様!そしてテオドール第一王子殿下で御座います!」
まるでお芝居かのような言い回しでアナウンスされ、開いたカーテンを抜けて、2人が会場へと足を踏み入れる。
「続きまして、聖女様の妹君リコ・カワスミヤケ嬢!そしてそのご婚約者であられます、アシュフォード公爵ご子息、ユリウス・アシュフォード様で御座います!」
――視線、視線、視線…!!!
それまで聖女の透子さんに集中していた視線が、『婚約者』という声に反応してこちらに集まってきた。
(ひぃッ!怖い…っ!!!)
緊張感、恐怖心、いろいろな感情で、階段から足を踏み外してしまいそうになる。
けれど、しっかりと握られた手に支えられ、その温かな眼差しに見守られ、ふっと息を吐き出す。
(…ユリウスさんが居てくれる)
なんとか平常心を取り戻し、公爵夫人の教えを思い出しながら背筋を伸ばした。
このお披露目会でユリウスに近づこうとしていた婚活女子を、一気に敵に回したリコ…!




