38.アシュフォード公爵夫人①
『聖女が召喚された』と聞いた時、わたくしの胸に広がったのは、安堵と心苦しさだった。
――ヴィーネ王国の第一王女として生まれ、聖女の子息であるアシュフォード公爵に嫁いだ。
聖属性のわたくしに求められたのは、ただ一つだけ。
次世代の聖女を産む事。
けれど、わたくしが産んだ子は2人とも男だった。聖女にはけしてなり得ない。
元王女で公爵夫人の立場もあり、目に見えて落胆する者は居ないけれど、その空気は肌に刺すように感じていた。
(わたくしが女を産めば、魔素を祓える聖女が産まれるかもしれないのに…)
そんな驕った考えをしていたからなのか、三子には恵まれる事が出来ず、この日を迎えてしまった。
「――聖女の他にもう1人、召喚に巻き込まれたそうだ。こちらをアシュフォード家で預かると、ユリウスから連絡がきた」
「巻き込まれた…。……そう、ですか。丁重にもてなさねばなりませんね…」
不幸にも巻き込まれた子がいる。わたくしが役目を果たせなかったから。
ただ、申し訳なかった。
(ユリウスは、きちんと対応出来ているのかしら。
まぁ…あの子、表面だけは丁寧だから、それで満足してくれるような方なら良いのだけど……)
そんな事を思いながら、タウンハウスから届いた報告書に目を通し――
「はぁっ!?膝に乗せて、手ずから食べさせていた!??誰が、誰に!?」
貴婦人としてあり得ない大声が出てしまった。
初めのうちはセバスが耄碌としたのかと心配していたけれど、その内容が事実だとわかると、報告書が重なる毎にエスカレートしてゆく行動に、今度は息子の頭が心配になってきた。
(自分の色を纏わせて登城って…どんな距離の詰め方よ…!?)
息子は『聖女の協力者』という立場を酷く軽蔑していた。まさかその延長線上で少女に利用価値を見出し、心を押し殺し、籠絡しようとしているのではないかと、不安になっていた頃。
――国王陛下から手紙が届いた。
そこには、少女は聖女トウコ様とまた違った強さを持ち合わせているという事、その少女をユリウスが殊更大切に扱っているという事が書かれていた。
『小川のせせらぎは、永冬さえも溶かしたようだ』
その一文にそっと指を滑らせる。
……ユリウスが、変わった…?
◇
「初めまして、リコと申します。アシュフォード公爵家でお世話になってます」
そう言って頭を下げる小柄な少女。
召喚直後に鑑定され、聖属性は微弱、スキルは無しと判定されたと聞いている。
けれど、わたくしはスキル【オーラ感知】を発動して驚いた。
(――お義母様と同じ…?このオーラは、聖女ではないの…!?)
彼女の周りを包む小川のせせらぎのように清廉なオーラは、聖女であったお義母様とよく似ている。
【オーラ感知】は、ユリウスのように人の感情を見たり、心の声を聞いたりする強いスキルではないのだけど、その人が纏う本質を薄っすらと見る事が出来るものだ。
わたくしの力では、彼女の本来のスキルが何かまでは断定できない。しかし、お義母様と酷似したオーラを放つ彼女がもしスキルを得ていたのならば、それは浄化のスキルであったのではないだろうかと、容易に想像が出来てしまう。
(それに、微弱と評価されるほど薄いオーラではないわ…)
何かがおかしい。…あの鑑定の時に何があったのか。
(彼女は無意識のうちに力を制御して閉じ込めていた…?だから鑑定にも引っかからなかったし、スキルが覚醒しなかったんだわ…。
…でも、どうして?)
それほどまでに聖女になりたくなかったのか。もしくは自分は聖女に相応しくない、力なんて存在しないと信じきっていたのか。
理由はわからないけれど、彼女は自ら覚醒しなかった。だからスキルが何も無いのだ。
(巻き込まれたわけではなく、召喚されるべくして召喚されたのね…)
リコ「私は絶対モブ!!聖女とかあり得ない!!」
聖属性「え、そうなん?ちょい消しとく?」
浄化スキル「ほなワシいらんやん…」




