39.アシュフォード公爵夫人②
――聖女は二人召喚されていた。その事実に唖然とする。
きっと誰も知らない。もしかすると再び鑑定をすれば、聖属性が強くなっている事には気づかれるかもしれないけれど、長年、義娘として先代聖女のオーラを見続けたわたくしだからこそ気づいた事実なのだろう。
(この事を、誰かに……)
旦那様?国王陛下?
…ああ、でも彼女に政治的価値が生まれてしまい、下手すると外交カードとして他国に嫁がされる可能性もある。
それでは本人?それともユリウスに…。
愛しそうに見つめられて、はにかむように微笑むリコさんと、その小さな手を大事そうに握りエスコートするユリウス。
…そんな二人の姿を見て、思いとどまる。
(……先代聖女様とオーラが酷似していた、というだけの話だわ。
事実はどうあれ、わたくしの胸に秘めておきましょう)
わたくしはそっと旦那様の腕に手を絡めながら顔を寄せて、幸せそうな二人の姿を目に焼き付けた。
せっかく息子が掴んだ幸せを、誰にも邪魔されたくないもの。
◇
「ところで、婚約式はいつ頃にするのかしら?」
公爵家の重要なイベントですもの、早くから準備をして豪華にしなくては。
逸る気持ちを押さえつつそう聞いてみると、当のリコさんは何故か首を傾げてキョトン顔。そしてその横の席でユリウスが内緒だとでも言うように、人差し指を唇に当ててウインクをしていた。
(……っまさか…!??)
嫌な予感に背中を冷や汗が伝う。わたくしはガタリと立ち上がると、息子を無理やり部屋の外に連れ出して問いただした。すると、ユリウスは「婚約の件はリコには伝えてません」と全く悪びれない態度で平然と言ってのけたのだった。
「婚約はまだ成立してないにしても、来月のお披露目会で婚約を発表するのではなかったの!?」
「全体に発表したあとに婚約してしまおうかと。
リコが逃げてしまわないように、まずは退路を完全に塞ぎます」
絶句。思わず目を見開いて息を飲んだ。
息子はいつからこんな執着が強くなってしまったのだろうか。
(リコさん、こんな息子で本当に良いの…?)
聖女のお披露目会で、ほとんどの貴族が集まっている中での婚約発表。それを覆すことは不可能に近いだろう。
情熱的というにはギラついた、本気で外堀を埋めにかかっている息子の様子に不安を覚えてしまう。
けれど、ドアの隙間から伺いみたリコさんは、懸命に旦那様にユリウスの良いところをアピールしており、全力で息子を慕ってくれているように見えた。
「…リコはいつも、まっすぐな言葉を僕に聞かせてくれるんです。それが温かくて、眩しくて、何にも代えがたい」
心を暴くその特殊なスキルゆえ、人が口から出す言葉と、心から出る声の乖離に傷つき、「人を信じる事が出来ない」と飼い猫を抱きしめながら静かに泣いていたのは、ユリウスが何歳の頃だっただろうか。
いつも他人に冷めた一線を引いていたあの子が、今や愛おしそうに目を細めている。
「…良い方に出会えたのね……」
「はい」
かみしめるように深く頷き、慈しみに満ちた穏やかな瞳でリコさんを見つめる息子を見て、わたくしは心からこの出会いに感謝したのだった。
(リコさんが聖女として目覚めていたらきっと王城で手厚く保護されて暮らしていたでしょうから、ここまで親しくはなれてなかったでしょうね)
彼女の何が覚醒を妨げたのかはわからないけれど、母としては『聖女ではないリコさんの姿』がありがたかった。
「…少し独占欲が強すぎるのは頂けないけれど、しっかりとリコさんと心通わせているなら、わたくしが口を挟むことではないのでしょうね」
「まぁ…リコの気持ちはスキルで聞いてしまっただけで、直接伝えられてはないのですが…」
「………つまりリコさんは、ご自分の気持ちを明かしてないうちに勝手に囲い込まれてる、と」
「はい。もちろん僕は全力で口説いている最中です」
「………」
リコさん、こんな息子で本当に良いの…?(2回目)
肉食獣と肩を組む小動物に「逃げてー!」とも言えない。母だもの。




